「君のいない世界」3話目
・松陽が囚われた後、救いに行く前の村塾組編
・つまり銀時まだ死んでない






高杉はやきもきしていた。
師が囚われてそろそろ半年も経つ。それを阻もうとして怪我をした銀時の怪我を含め高杉家で面倒をみていたがそれも疾うに治ってしまった。
銀時は当初、ずっと塞ぎ込んでいた。誰とも話さないし目も合わさないし、反応もしない。寝床に横たわりぼんやりと夢と現をさ迷う姿は決して怪我からの熱だけの所為ではないだろう。
初めて会った時以上に人形じみたこどもが、けれど夢の中でだけは父を求めて泣くのだから、彼の心中は高杉には計り知れない。
自分が師を好きだと思う以上に、銀時は松陽を必要としていた。感情が、ではなく、銀時が生きる為には、松陽という存在がまるごとひとつ、必要だったのだ。

時が経つにつれ、銀時は少しずつ話すようにはなった。それでも声をかければ一言二言を返すのみだ。
しかも大抵が否定という。いらない。食べたくない。会いたくない──いきたくない。
師から貰った刀を一時も放さず、部屋の隅でじっと縮こまっている。まるで手負いの獣のようだと思った。
きっと、それは間違いではないのだろう。彼の心の傷は深い。この世で大切なものが奪われてしまったのだから、なにを信じていいのか彼にはもう分からないのだ。
高杉が傍によっても、桂が傍によっても、門下生が、大人が、誰が傍いても、彼は変わらなかった。

銀時は怪我が治るやいなやさっさとあの今では誰もいない塾へ帰ってしまい、保護者の帰りを待っている。連れ帰ろうとしてもびくとも動かず、さながら忠犬といったところか。
先生の帰らぬまま春になり、春の盛りも過ぎると、暑さに弱いこどもが何度も倒れているのを見付けては桂と高杉が二人がかりで連れ帰り、良くなってはまた門柱の前で蹲る生活が続く。
年長二人組にとっても松陽は大切な人物であった。それでもやはり、銀時のように全てを捨てることは出来ず、また、失ったものが自分の親であったとしたらと仮定しても、きっと、こうはなれない。
それが良いこととは言えない。悪いこととも、言えない。
時間や血縁がなくともそれ程までに人を深く愛せることを彼らから学んだ。それを悲しく思い、また、安堵した。
ただ、

「…お前、なんなの?死ぬ気かよ」

ある日、生きようとしない銀時に高杉が言った。我慢の限界だった。
銀時の手に握り飯を握らせて無言の攻防。押し負けた銀時がもそもそと口に運び始める毎日のやりとり。
激昂する高杉を銀時は亡羊の嘆で見た。感情の窺えない瞳はまるで犬だか猫だかに話しかけているような気分になる。生きるのをやめて、人間をもやめてしまったこども。
目の前の綿毛の髪のこどもは正しく道端の草花と同じだ。ただ、そこにある。それに意味はない。それに意義はない。
生きているから死んでいないだけ。
死んでいないから生きているだけ。

「お前だけが松陽先生を大切だとでも言うのかよ!」
「おい、高杉」

窘める桂をうるせぇと一喝して、高杉は銀時の胸ぐらを掴む。引かれるままに身を任せ、小さな驚きを表に出した銀時に高杉は感情のまま怒鳴り付けた。


「お前がそんなんで先生が帰ってくんのかよ…!」


何の為か、睨む高杉の顔は紅潮している。自分の性格に合わぬことをしているという自覚があるのだろう。
目玉を落とすんじゃないかと心配してしまう程、紅色の瞳が見開かれる。感情の、人である情動が見える銀時に安心した等と遠い未来にでも言ってやるものか、そんなことを頭の片隅で誓う。

「ここで蹲ってりゃ先生が帰ってきてくれんのかよ。そうだってんなら俺も一緒にやらァ。いくらだってやってやるよ。
でもな、来ねェじゃねぇかよ。先生、来ねェよ。当たり前だろ。連れてかれちまったんだから!」

高杉だって桂だって、本当は不安だった。松陽は親しい人間だった。それが前触れもなくいなくなってしまったのだから当たり前だろう。
それでも彼らは自分たちが年長者だから──銀時のその余りにもな消沈ぶりも相成り、不安な様子を見せてはならないと気を張っていたのだ。
結果はご覧の通り、高杉の自爆だが。

「これで、先生が喜ぶってェのか!?喜ばねェだろ!ちったァ考えろよ!先生なら、絶対に悲しむだろうがよっ!」
「高杉!やめろ、」
「うるせェな!」

高杉と銀時を引き離そうとする細い腕を振り払うも、一瞬の隙に強く引かれてその手を放してしまった。
至近距離にあった紅色が、血の気の引いた白い顔の中で呆然とした光を宿して高杉を見上げていた。
憤りの筈が。漸くきちんと高杉を見た銀時に、たったそれだけのことが嬉しくなる。
そうだ、見ろ。
しっかりと見ろ。
ここにいるのは誰だ。
目の前にいる俺は、なんだ。

「俺たちが心配してんのが先生だけだと思ってんのかよ、テメェは!」

俺とお前が過ごした日々は一体なんだったというのだ。桂を引き摺り回し、喧嘩したりつまみ食いしたりして三人揃って先生に殴られたものだ。皮肉にしか笑わない白が大笑した時の感動をこれが知ることはないだろう。
分からぬのならそれでいい。しかし、今までのそれらをなかったことになどさせてたまるものか。
銀時は、人間だ。
松陽がおらずとも、高杉や桂がおらずとも、ただひとりで人間なのだ。
…そして、高杉にとって、桂にとって、銀時は。

「…俺たちァ友達ってんじゃあねェのかよ!なんなんだよふざけんなよ!俺だって悲しいんだよ分かれよひとりだけつらいって顔しやがって馬鹿野郎!ふざけんな!ふざけんな…っ!俺たちは、友達だろうが…!」

いつの間にか押さえつけていた桂の腕は外れており、勢い良く叫び喚いた高杉は荒く肩を上下させた。その頬が紅潮しているのは興奮故か、それとも。
桂も銀時と同じくぽかんとした顔で高杉を見上げた。高杉は唇を噛んで顔をしわくちゃにしかめて銀時を睨む。

「頼れよ…ちったぁよ。お前だけの問題じゃねぇんだ、自惚れんなバァカ。俺たちはまだこどもだが、待つ以外に出来ることだってなんかあらァ。なにもせずにただ待つなんてオメーのガラじゃねぇだろ。分かれよ馬鹿。オメーがそんなんじゃ、俺たちがどうしていいかわからねーだろ」
「高杉…」

睨むその目がじわりと光を滲ませる。
桂の呆然とした声に高杉は俯くと顔を強く腕でこすった。ごしごし、何度も強く。次いで顔をあげると顔は赤く腫れていたがその目には強い意思が宿っていた。

「立てよ」

座り込む銀時の腕を引く。

「立てよ。帰るぞ。一緒に帰る。…俺は十分我慢した。だからもうお前のウジウジなんか知らねぇ。俺は先生を取り戻したい。お前がが望もうが望まなかろうが関係ねぇよ。連れ戻すから、取り戻すから。だからお前を連れてく──ヅラ、お前もだ」

無理に引っ張られた銀時が思わず膝立ちになる。二、三歩進むそれによろけながらも立ち上がった。
不意に声を掛けられた桂は瞠目したが、けれどそこに自身が含まれていたことに胸が熱くなる。
しかし。

「ヅラじゃない、桂だ」

定番のそれを言い添えて「勝算はあるのか」と問うた。
松陽を捕らえたのは幕府方だ。つまりは国が相手なのだ。年端の行かない片田舎のこどもが三人寄り集まって出来ることなどなにもない。
言外のそれに高杉は足を止めると振り返る。短い黒髪に丸い頬。その中で燦々と緑の目が燃えていた。

「勝算?そんなもんあるめぇよ。だが、ここで動かにゃ男が廃るってもんだ。出来ねぇからしねぇなんて俺たちのガラじゃねぇだろ。なにかしてもしなくても変わらねぇなら動いて後悔した方がなんぼもマシだ──そうやって俺たちは生きてきただろ?」

勿論、俺は絶対に先生を取り戻すつもりだがな。
晴れやかに笑う高杉に、桂もつられるように鮮やかに笑った。

「そうだな、それが俺たちだ」

先生の元で何を学んだ。力を、知識を、縁を。必要なのはここにある。頭に、心に、頭の天辺から爪先までを真っ直ぐに貫く不屈の魂が。
今こそ、それは活かされる時だ。
成したいのではない、成さねばならぬのだ。
例え力不足だろうが三人揃えばなんとかなる。きっと、成れる。
桂は深く頷くと高杉が掴む方とは反対の銀時の手を取った。

「帰ろう、銀時。先生をお迎えに行くのだ。拗ねてる暇などないのだぞ」
「そうだ、拗ねていじけて人に迷惑かけてんじゃねぇよ、バァカ」

真面目な顔の桂と皮肉に笑う高杉に挟まれ、引かれるままに銀時は歩き出す。

「俺は、」

俯く綿毛の白が揺れる。

「俺はまだ、お前らといていいの…?」

鬼子はどこに帰ればいいのか。
居場所をくれた男は無為に奪われた。
松陽がいなければ銀時は人間ではいられない。しかし松陽がいない今も自身を構う高杉や桂の真意が読めず恐ろしかった。
彼らが帰ろうと言ってくれる度にどこに帰ればいいのかと詰りたい気持ちがいつもあった。
銀時には親がいない。頼るべき者も奪われて。

「帰っていいの?」

居心地の良いひだまり。慣れ微睡んだそこから離れたくなかったし、離れてしまいたかった。いつか鬼と蔑まれるのが恐ろしかった。
ふるり、銀時は震えた。
帰ろうと言われる度に甘えそうになる自分を自覚して、震えた。
断る自分を心配しつつも家族の待つ家へ帰るふたつの背中に寂寥と羨望を抱いて、震えた。
また明日も来るのかなと期待して、震えた。
松陽を助けるほどに力のない自身に。松陽を守れない自分の無価値さに。なくなってしまった居場所への執着と絶望にただ、震えて。

「俺はまだ、人間でいていいの?」

高杉に友達だと言われた時、ただただ驚いた。叫ぶ高杉の目に映る自分は未だ異形だというのに。先生もいないのに。彼の目には自分が未だ「ただの人間」に見えているようだった。
引かれた手が、両の手が暖かくて。
先生を迎えるという言葉に、連れ戻すという言葉に、胸が震えた。
震えて、震えて、喉がひくついて。

「あったりめぇだろ」
「当たり前だ」

呆れたように左右からどつかれて銀時はよろめいた。文句の言葉も出せないままに喉が鳴る。手を取られてるから拭えもしないまま鼻水が垂れた。顔面が熱くて、風に煽られスースーする。

「…絶対に取り戻すぞ、銀時。俺たちが帰るのは、先生がいるあの塾だ」
「そして、先生の帰る場所がお前の、俺たちのあの塾なんだ」

ぐすぐす鼻を鳴らす銀時に高杉も桂も声を掛けた。不安に震えていたこどもがようやく、前を向いたことが嬉しかった。
わかってらぁと応える震えた声に、高杉も、桂も、抑えきれない笑いと涙に、銀時が俯いていてよかったと心底思った。








君と歩いた世界














150104

ようやくですがまさかの過去編でまさかのハートフルストーリーになりましたまさかすぎる。
原作に過去が出てきましたが最初に練った設定と齟齬が出ちゃうのでなかったことに〜パラレルワールドに〜ってことでお願いします。

次は高杉と桂が松陽先生と再会します。ハートフルボッコされる高杉たちと男前松陽先生をお楽しみください(自分でハードル上げてみる)
気長にお待ち頂ければ幸いです



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