「過労だね」 老境に差し掛かったばかりと言った容貌の男性医師は、冷たくも優しくもない淡々とした口調でそう告げた。 「食欲もあまりないんじゃない?薬出しとくから今晩から飲んで」 こちらを見ないままカルテに何やら書きつけ、続いてパソコンに打ち込む。 それが済んでから、医師はようやく聖羅に向き直った。 「じゃ、とりあえず点滴打っておこうか」 ぽたん、ぽたん、と一定のリズムを保って落ちてくる点滴薬。 聖羅はベッドに横たわったままぼんやりとそれを眺めていた。 病院なのだから当たり前なのだが、とても静かだ。 カーテン越しに看護士が動いているらしい気配が伝わってくる。 何だか眠くなってきた。 何かそういった作用を及ぼす成分が点滴に入っているのかもしれない。 眠気に逆らわず目を閉じると、あっという間に意識が闇に飲み込まれていった。 ──どれくらい眠っていたのだろう。 目覚めた時も相変わらず周囲は静かだった。 消毒薬の匂いに混じって、何か鉄サビに似た匂いが鼻をつく。 悪臭ではないけれど、何となく不安な気持ちになる匂いだった。 「目が覚めましたか」 一人きりだとばかり思っていたので、直ぐ近くから聞こえてきた声に、一瞬どきんと心臓が跳ねる。 慌てて頭を横に向けると、黒いスーツ姿の男がベッドの傍らの椅子に座っているのが見えた。 あの老医師ではない。 もっと若く、美貌と呼んで差し支えない程の整った容姿の持ち主だ。 「気分はいかがです?」 「だ、大丈夫です…」 「目眩や吐き気は?」 「ありません」 「それは良かった。顔色も少しよくなったようですね」 点滴が効いたのでしょう。 耳に柔らかく響くテノールで告げた男が、そっと手を持ち上げる。 白い指が聖羅の頬にかかった髪を梳き流し、そのまま首筋に滑り降りて、頸動脈へと触れた。 脈を確かめているのだとわかっていても、そんな接触のされ方に慣れていないせいでドキドキしてしまう。 不安とときめきが入り混じった複雑な気分だった。 |