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十分後。
フロントの電話が鳴った。
先ほどの女性スタッフが出ると、それは客室係からの内線電話だった。

『鍵を忘れたお客様がいらっしゃるということでお部屋の前まで来たんですが、お客様の姿がなくて……部屋番号とお名前を確認して貰えますか?』

女性スタッフが部屋番号と宿泊客名を復唱する。
電話の向こうで客室係が困惑している気配が伝わってきた。

『間違いなく部屋の前に戻られたんですよね?』

「はい、こちらでご案内した後、エレベーターで宿泊階まで戻られました。──少々お待ち下さい」

内線を保留にして、女性スタッフはバックヤードへ向かった。
そこには、警備室と同じ数ではないものの、客室前などが映っている簡易モニターが何台か置いてあり、不審者や宿泊客の行動がチェック出来るようになっているのだ。

「今モニターを確認しました。ちょうど十分前にお部屋の前に戻られてます」

モニターを見ながら女性スタッフは内線を取った。
録画されていた画像を巻き戻してみると、確かに先ほどの宿泊客が部屋の前にやってきたところが映っている。

『そこから移動されたとか?』

「ちょっと待って下さい」

客室係の声を聞きながら少し早送りすると、画面の中で女性が何かに気が付いたように画面手前のほうを向いたのが見えた。
どうやらカメラに映らない場所に誰かが立っているらしい。
クリアな画像のお陰で、女性客の表情までよく見えた。
明らかに怯えている。
その何者かから逃げようとしたのか、慌てたように身を翻した彼女に向かって、カメラの死角から黒い腕が伸びていく。
腕に続いて画面の中に現れたのは、黒いコートを纏い黒い帽子を被った、背の高い男の後ろ姿だった。
白い手袋に包まれた男の手が彼女を捕らえる。
容易くその身体を抱き寄せた男は、再び画面の外へ消えていった。
あとは無人の廊下が映るばかり。
すべてはあっという間の出来事だった。

『もしもし?どうかしたんですか?』

客室係の怪訝そうな声にはっとしたフロントスタッフは、急いで別のモニターを確認した。
エレベーター前。
非常階段に続くドアの前。
しかし、映っていなければならないはずの男の姿はどのモニターにも映っていない。
まるで忽然と消え失せてしまったように。
宿泊客が事件に巻き込まれたらしいと警察に連絡した後も、フロントスタッフは、あの女性客は二度と見つからないのではないかという気がして仕方がなかった。
彼女は魔物に連れ去られたのだ。



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