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八番隊にいても、各新隊長の噂は絶えず流れてきた。三週間もすれば落ち着いてきたが、新入隊士たちは六車が男らしいとか平子がかっこいいとか鳳橋がキザで面倒だとか、いちいち楽しそうに話し合っている。昔の自分もそうだったろうかと懐かしい思い出を振り返る日々だ。
いつまでも懐かしさに浸っていたいが仕事は止まらない。回ってきた報告書を各班に供覧に出すため廊下の戸棚に入れ込んで、あとはもう定時を待つだけといったとき詰所が鳥かごのように騒がしくなった。なんだろうかと視線を投げると、よく目立つ金髪のおかっぱ頭が目に飛び込んできた。


「平子隊長…!」
「おったおった、探したで」
「お、お一人ですか?京楽隊長をお呼びしましょうか」
「いらんいらん。なあ、花火せえへんの」
「花火ですか?夏でもないのに」
「しとったやんけ。俺がおった頃」


まさか覚えてくれているとは。
なまえはやや間を開けて返事をした。


「久しぶりだし、やりましょうか」
「他も呼んでな」
「あ…そ、そうですよね、みんなも呼ばないと」
「二人きり狙っとったん?このスケベ」
「ち、違いますよっ。もうっ!違います!」


いつもと変わらない平子の態度が嬉しかった。“いつも”を覚えている自分自身も誇らしい。慣れ親しんだ様子の二人は注目の的だ。なまえは急に恥ずかしくなって、早速、売店に駆け込んだ。まだ残っている同期たちに声をかけ、念のため浦の耳にも入れておきたかったが現世出張で不在らしく、それを知った同期たちは「ちょうどいいじゃん」と意地悪く笑った。


「浦はお堅いし、面倒だから」
「まあそうだけど」
「いちいち呼ばなくていいって。どうせ来ないでしょ」


一番の出世頭は人気者というには程遠い。
堅物で気が利かず、歯に衣着せぬ物言いをする男だ、仕方のない評価かもしれない。しかしなまえはいつの間にか、そんなに悪い人じゃないんだよとフォローする役目を務めるようになっていた。


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夕方少し前、五番隊の中庭に着くと平子はもうそこにいた。


「平子隊長。まだ誰も来てないんですね」
「今日ヒマやってん。優秀な副官がおって助かるわ」
「久しぶりの隊長業務、お疲れじゃないですか」
「老人扱いしなや。余裕や、余裕」


カラフルな手持ち花火を選びとった平子は「隊舎燃やさんとけよ」とにやりとした。ひとつひとつアルバムを捲るようなやり取りはくすぐったいが、小さな優越感があるのも事実だ。いなくなった家族が戻ってきてくれたかのような喜びは、おそらく誰とも共有できないだろう。あたたかい独り占めがこのところの楽しみだった。


「…平子隊長が戻ってきてくれてすごく嬉しいです」
「そら良かったわ」
「それだけ?隊長は?」
「元部下がなんの成長もしとらんで情け無い限りですゥ」
「それは…」
「嘘やって。ガチで凹みなや」


七番隊の愛川や八番隊の矢胴丸、十二番隊の猿柿は現世に留まったままだ。つまり、そういう選択肢もあったというわけだ。平子が復帰を果たしてくれて心から幸福だったと思う一方、愛川たちを思うと寂しさも込み上げてくる。
戻らなかったのか戻りたくなかったのか。
彼らからすれば、仲間だった死神に裏切られたと思っていても不思議ではない。
いったい、どんな日々を送っていたのだろう、戻ると決めたきっかけがあったのだろうか。
名前を見たときはただ顔が見たいだけだったのに、顔を見ると聞きたいことが増えてしまう。質問責めは気を悪くするかもしれないし、話せないことの方が多そうだ。どう切り出そうか悩むうちに、足元に視線を投げたままの平子が手持ち花火をプラプラ揺らしながら「なあ」と先に声を上げた。


「誰に助けてもろたん」
「え?」
「ひとりで立てへんかったやろ、昔は。オドオドしとってどこ行ってもキョロキョロキョロキョロ。トキちゃんもおらんで、どないしとったん」
「…大変だったけど頑張りましたよ」
「ほーん。異動もしたらしいしのォ。希望出したんか」
「いえ…なんかそういうことになったみたいです。私も知らないうちに」
「さよか」
「な、なんですか」
「別にィ」


少し離れたところから向けられる刺々しい霊圧を感じてはいたが、平子はあえて何も言わなかった。



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