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『隊員たちが花火をするって言ってましたけど、聞きましたか』
『このタイミングでよう俺に言うたな』


にこやかな藍染に対して平子の声が尖る。
月末はなにかと忙しい。予算編成だとか承認待ちだとか討伐報告だとか、とにかく多種多様な書類が舞い込む頃だ。マメにこなしてもどうしても溜まる書類に埋もれ、長い間座り続けて痛めた腰を摩る。凝り固まった肩を回しながら、『書類でも打ち上げに行こか』と嘘のような本気のようなことを言う。
藍染はいたずらっぽい表情を浮かべた。


『裏庭の方でやるみたいですよ。花火といっても大きなものではなく、手持ちの小さな花火らしいです』
『ほーん』
『僕は呼ばれてるんですけど、隊長にお声はかかっていないみたいですね』
『隊長は忙しいんですゥー。そないな時間ありませーん』
『残念。では僕はそろそろ失礼します』
『はんっ』


平子は机に山積した書類を一瞥し、大きく鼻を鳴らした。
夕方、藍染の言うとおり裏庭が賑わいを見せ始め、焦げた臭いと軽快な音と隊員たちの歓声が執務室へ舞い込んでくる。廊下から覗き見ると、この春配属になったばかりの新人の顔も見えた。
その中で、膝を抱えて線香花火に見入っているなまえの姿もあった。先日と比べると顔色も良く、笑顔もある。どうやらうまく気持ちに区切りをつけられたらしかった。


『隊舎燃やさんとけよ』
『あれ、平子隊長!隊長もしますか?』
『はんっ。俺呼ばれてへんもーん』
『え?呼びましたよ。ねえなまえ。あんた声かけてくれたんじゃないの?』
『あっ』
『………』
『………平子隊長もいかがですか?』
『拗ねるで、俺』
『すみません……………』


顔いっぱいに冷や汗をかいたなまえが、せめてこれでもと小さな花火を差し出した。


『ま、まあまあ!隊長もぜひ。これは記念でもあるんですから。ねえなまえ』
『記念って何のや』
『なまえの不合格記念です。また斬魄刀の試験落ちたんですよ』
『オマエ……あんなん一発で受かるやろ』
『はは。そう気負う必要もないよ、みょうじくん。こういうのはゆっくりでいいからね』
『はいっ、藍染副隊長!』
『なに甘やかしてんねん。おいコラ、俺は優しないで』
『……はあ』
『何やねんその返事』
『やる気でないなあって』
『ドアホ。刀使えん死神がどこにおるかい』
『平子隊長、みょうじくんには鬼道の才があるんですよ。なかなか見どころのある子です。得意を伸ばした方が効率もいいでしょう』
『えへへ』
『甘やかさんとけよ惣右介ェ………』


ひと通り花火を終えてそれぞれが寮や隊舎へ戻る中、なまえは電灯が煌々と輝く道場に顔を出した。
こんな遅い時間までひとりで鍛錬を積む同期を心配して来たのだが、そんな気持ちを知ってか知らずか、浦松洞は無心で素振りを続けている。


『浦くん。もう夜遅いよ』
『お前に関係ない』
『もう帰ろうよ』
『放っとけ』
『無理したらだめだって』
『うるさい、黙ってろッ』
『そ、そんな言い方しないでよ』
『気楽なものだな、せいぜいぬるま湯に浸かって楽しく過ごせばいい。お前にはそれがお似合いだ』


霊術院を次席で卒業した浦は成績こそ優秀ではあるものの、プライドが高く馴れ合いを好まない性格のために今以上にコミュニケーションに難のある人物だった。
成績は華やかだが、試験でも演習でも何においても彼の前には常に前原トキが立ち塞がっていた。
彼は、トキが亡くなってから『勝ち逃げされた』という勝手な被害者意識に苛まれてる。
なまえとはベクトルの違う苦しみが彼の肩にものしかかっていた。平子がしてくれたようにその呪縛を解いてくれる者はいないようで、凄味のある後ろ姿はどこか痛々しく、苦しげに映った。
何か力になれたらと願うが、浦は浦で格下の相手から心配されることに何よりもプライドを傷つけられていた。二人のすれ違いはこの頃から始まっていたのだ。


『こういうのはさ、みんなで協力し合ったほうがいいと思うよ』
『俺はひとりでやる。誰の力も借りない』
『………あ、っそ』


不器用な男の力強い素振りを背中で聞き流し、冷えた夜の中へと逃げ込んだ。




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