ゼルダの伝説〜泡沫の帳の蝶〜



※サイト二周年記念にいただきました。ムジュラが舞台の、青い蝶を巡る幻想的なお話です。


それは、深く響く歌だった。少年との別れ、嘆いたのは、少年だけではなく。
誓おう。この音色にかけて。
雨粒より大きな、雨よりも綺麗な滴が落ちた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。それはやがて、綺麗な青に染まった。いつか、聴こえる誰かを待って、深く、深く、青に沈む。
歌が聴こえる。ずっと、ずっと、遠くまで。誰も知らない、そのままで。
誰かに届く、それを待って。




ゼルダの伝説〜泡沫の帳の蝶〜






夕焼け色は藍に染め上げられ、光は常から瞬きに変わった。暗闇時にまだ時間はあるにしろ、辺りにはじんわりとした昼間の暑さの名残を残して、薄暗く色を変え始めていた。海辺の風は肌寒さを増しながらも、一人歩く少年を静かに通り過ぎた。
少年は小さく身震いする。
ふと、空を見上げると、ぽつりぽつりと星が散り始めていた。
時間が過ぎる。それはとても自然な事だった。例え正しい流れから切り取られてしまったこの世界でも、間違いなく時間は変化しているのだ。
少年の名は、リンクと言った。リンクは捜す当てもない旅をしていた。この枠組みの中にいる人間の、誰に聞いても答えは返ってくることはないだろう、リンクは何処かでそう思っていた。それでも、捜さずにはいられず、足を進める。何度見ても変わらない景色に、今更思うことは無かった。
『…?』
チラリ、と光が舞った。リンクはそれに目を向け、どうしたのかと尋ねようとしたが、それよりも先に呟くように答えが返ってきた。明滅を少しばかり繰り返して、返ってきたのは確証のない疑問の言葉。
『歌が、聴こえる…?』
「歌?」
リンクの問いに、小さな妖精は答えない。音源を探すようにふわりふわりと飛び回るが、やがて不思議そうに瞬くだけで、分からなかったらしく、リンクの傍に戻ってきた。
「歌なんて、聴こえないな」
リンクは耳をすました。心地好い波のうつ音や、遠くの鳥の鳴き声はすれど、旋律のようなものは聴こえてこない。
「チャットの気のせいか?」
『気のせい?ううん、確かに聴こえたわ!』
答えるというよりは、自問自答に近いようにして、チャットは声を荒げた。リンクは未だに聴こえてこないそれに、まあいいか、と半ば投げやりな感覚を持ちながら、再び足を動かした。
その瞬間、何かが目の前を横切った。
「わっ…!」
慌てて後退ると、少し離れた場所で、その何かが風に舞うように飛んでいた。さながら、潮風で遊ぶように。
その様子を見て、リンクは言葉を失った。
深い深い、青い色。僅かな光の中でも映える、透き通った青。その体の全てが青で統一されているくせに、その青は決して同一には見えない。深い海の静かな青に染まったような、綺麗な青に、リンクは知らず目を奪われた。
『キレイ…』
チャットも思わず感嘆の声を上げている。どうやら幻の類いではないようだ、とリンクは理解した。
境界線を失いつつある、海と空の景色の中を、ゆらり揺らめく一匹の蝶。リンクは手を伸ばして掴んでしまいたいような、いつまでも見ていたいような、曖昧な気持ちのまま立ち尽くすしかなかった。
「あれ…?」
蝶に向いていた意識が、再び周囲に向けられた時、リンクは不思議なことに気がついた。
歌が、聴こえる。
先程までと全く変わらない景色に、当然のように馴染んでいる音。違和感のないそれは、確かな繋がりを持ってリンクの耳に響いた。
とても静かな歌だった。
リンクにもチャットにも、何を言っているかは分からなかった。むしろ言葉という感覚を取り去ってしまったような、音が言葉であるような、そこに改めて意味を求める事がおかしいような、そんな歌だった。リンクはまるでその歌自体が、海の生まれ変わりであるかのように感じて、優しく身体に染み込んでいくそれを、ただ静かに受け入れた。
「あっ…」
蝶は舞っていた。その歌に合わせるように、ひらりひらりと留まることなく。それを追おうとして、リンクは海へと近づいたが、それよりも早く、蝶は海へと溶けていった。そう、見えた。
「…あれは…?」
『ねえ、追ってみましょうよ!』
「いや…もう夜だ、危険過ぎる」
そう言い、納得のいかなそうなチャットを説得して、リンクは宿に戻ることにした。しかし、リンクは自分も、あの蝶を追いたい気持ちが膨れ上がっているのを、口にはせずとも感じていた。
海を何度か振り返りながら、リンクは宿へと向かった。



*******




「ここは…?」
不確かな足場の無い感覚に、リンクは覚えがあった。
それは、夢。
現実からかけはなれたそれは、夢を見ている人間の意識に深い関わりがあるらしい。視界に現れた青色の蝶は、海岸で見たものと同じだった。リンクは蝶の後を追う。蝶は自然に揺らぎながらも、進む方向を変えることはなく、まっすぐに飛んでいく。決してリンクを置いて行くことはなく、リンクも見失うことはなかった。
「お前は…何処に行くんだ?」
答えは期待していない。リンクはただ、浮かんだ疑問を吐き出しただけだった。曖昧な空間を静かに進む。大して時間が経たないうちに、何かの音が聞こえてきた。
「あれは…」
リンクはこのくぐもった声に聞き覚えがあった。幾度か会ったことのある、圧倒的なその姿。
いつかと変わらぬ巨人の姿が、そこにあった。
「一体何を…?」
リンクの周りをふわふわと舞い続ける蝶。しかし、それは何かに吸い寄せられるように飛んでいった。
リンクがいぶかしげに見上げると、そこには涙を流す巨人の姿があった。流れた滴は足元を濡らし、蝶はその周りを飛び回っている。
異様な光景だが、リンクがそれを理解する前に、違う音が聞こえてきた。
それは、確かに言葉だった。
「…え?」
リンクは、確かめようと耳をすましたが、その言葉に続くものは何も無かった。
途端、視界がぼやけていき、映像の全てが混じり合っていく。
「ま、待ってくれ!それは…!?」
リンクの言葉は届いたかどうか分からない。しかし、最後に響いたのは、先程の誰かの言葉だった。


【私を、見つけて】



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