月と星



 海賊の目線よりも高くに掘られた通気孔で、息を詰めて機会をうかがっていると、下っ端らしき女が駆け込んできた。ここに至るまでに何度も見かけた、海賊ゲルドの一般的な服装をしている。口元を紫の布で覆い、だぼっとしたズボンを着用。差異はほとんどない。驚くべき事に、海賊は全員が女だったのだ。

 ルビーを溶かしたような赤の髪を揺らし、女海賊の頭領がイスから身を乗り出す。

「待ちかねたよ! それで、残りのタマゴは見つかったのかい?」
「……いえ、それがまだ……」
「何やってんだい! 海賊様が、盗んだお宝なくしちまったなんて人に聞かれたら大笑いされるよ!」

(なくした? 七つのタマゴがみな砦にあるわけじゃないのか)

 驚愕を胸のうちに秘め、少年は呼吸を繰り返す。
 部下の海賊ゲルドは大げさな身振りを交え、弁解をはかった。

「ですが、アベール様。アタイらが海ヘビのヤツラに襲われた海は、へんなキリが発生していて……」
「おだまり! だから、ゾーラだって手が出せないんだろ! タマゴがなくなってゾーラたちだって、今ごろはチマナコになって探しているはずなんだ。急がないとゾーラたちに先をこされるよ!」

 アベールの一喝はなるほど、海賊の長にふさわしい力強い声だった。

 砦に残ったタマゴか、海に散ってしまった方を優先すべきか。思考を重ねつつ会話に耳を澄ませる。

「タマゴは今ここに四つある。残りの三つのタマゴを海ヘビのヤロウに食われる前に、早く探し出すんだよ!」
「わかりました……」
「お待ち」

 うなだれた部下を呼び止める。にやり、口角をつり上げたアベールは、打って変わって猫なで声になった。

「ゾーラのタマゴはね、あの沖に浮かぶ竜神雲のゆいいつの手がかりなんだよ。あのへんな仮面をかぶったヤツの言うことがホントなら、竜神雲の中の神殿に眠っているお宝を手に入れれば、アタイらは、一生遊んで暮らせるんだよ。
 だから、気合入れて探しな!」
「わかりました!」

 アベールの生気を分け与えられ、しゃっきり背筋の伸びた部下は勇み足で部屋を後にした。

『スタルキッドの奴……こんなところでも活動してたのね』

 チャットの口振りは苦い。「へんな仮面をかぶったヤツ」で、余計な噂を流す。思い当たるのは例の小鬼一人きりだ。

「さて、と」

 アベールが意味ありげに周囲を見回し、立ち上がった。豪華なしつらえの机(略奪の成果だろう)からカギを取り出し、すかすかの本棚の裏に隠された鉄の扉を開ける。彼女は躊躇無く室外へ出て行った。

(なんだ?)

 何はともあれ、タマゴは監視から外れた。チャンスだ。

 空っぽの部屋にそっと降りたち、水槽からタマゴを入手――しようとしたが、あいにく持ち運べる容器を持ち合わせていなかった。とんだ失策だ。どうにか代用できる物はないかと、机の物色を始める。

 そのとき、運悪く鉄の扉が再び開いてしまう。半瞬後。状況を把握したアベールの、怒りで沸騰した視線と、リンクの堂に入った眼光が交錯する。

「海賊のアジトに盗みに入るなんていい度胸だ! たっぷり、かわいがってやるよ!」

 壁を飾っていた曲刀を二本手に取り、アベールが躍り出た。少年が仕方なくフェザーソードを構えると。

「リンク、水槽の中へ!」

 何者かの声とともに空気を走った一条の矢が、蜂の巣を天井から解放した。自由落下ののち、蜂もろとも床に当たって砕け散る様が、スローモーションで目に焼き付く。「水槽の中へ」――正しく意図を汲んだリンクは、なりふりかまわずチャットをひっつかみ、満点間違いなしのジャンプを決めて水の中に飛び込んだ。

 直後、怒り狂った蜂たちによる暴風が吹き荒れた。アベールは「わあ〜」と情けない悲鳴を上げて、鉄の扉の向こうへとんぼ返りだ。哀れにもその途中であちこち刺され、露出した部分の皮膚はひどい有様だった。しかも、勢いよく閉まった扉は危険からシャットアウトする役目は果たさず、それどころかアベールと蜂だけを外へと隔離してしまう。

 安全を確認したリンクは潜水をやめ、濡れた前髪の間から乱入者を見据える。不本意にも、声だけで正体は特定できてしまった。

 その青年は、のんきに青い妖精と会話していた。

『思ったよりもうまくいきましたね』
「うん。あのゲルドの人には悪かったけど……あ」

 リンクに気がついた彼は、弓を片手に携えたまま歩み寄ってくる。

「よかった――また、会えたね」

 ゼロは手のひらを握手の形に差し出した。


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