3-1.ロマニー牧場 「座長の様子がおかしい」 ゴーマン一座のメンバーは異口同音に言った。 彼らは音楽と踊りで人々を楽しませ、各地を回る芸人一座だ。今回はクロックタウンにて、年に一度のお祭り「刻のカーニバル」での興行を頼まれていた。ゾーラ族の有名バンド「ダル・ブルー」の前座として。ゴーマンの名を売るまたとないチャンスに、座長は一も二もなく飛びついた。 そのカーニバルはもう明後日に迫っているのに、肝心の座長は昼頃ふらりと姿を消してしまった。一座のメンバーはまだ誰もステージの下見をしていない。おまけにメインの踊りを担当するローザ姉妹は、新作ダンスに行き詰まっている始末だ。「月が落ちてくる」と言う訳の分からない噂が町に流れていることも追い打ちをかけ、メンバーの雰囲気は最悪だった。 脳天気なものと言えば、音楽担当のグル・グルが手回し式蓄音機で鳴らすメロディだけ。 「こんな時の座長は〜、隠し事があるのよ〜、るりらら〜」 グル・グルが妙な節を付けて歌う。目が細いので常に笑っているように見える男だった。 ジャグリングや曲芸を得意とするアカとアオ(二人とも男)が息抜きにトランプをしながら腰をクネクネさせる。 「昨日からよねえ、機嫌悪いの」 「寝言で呻いていたわよ、『アンちゃ〜ん』って」 「なんで座長の寝言知ってるのよアオ……」 ローザ姉妹の妹マリラが呆れた。 「そりゃあ、耳元で聞いていたのよ〜」 「気色悪いから言わないでっ! ただでさえダンスが決まらないのに……ブツブツ」 町唯一の宿「ナベかま亭」の大部屋に、ゴーマン一座の総勢六名が肩を寄せて集まっている。いくら大部屋といえど、狭苦しいことこの上ない。 そんな中、一人の少女が立ち上がった。 「わたし、座長を捜してくるよ。理由を聞き出さなきゃ」 金の髪に青色の瞳。淀んだ雰囲気にも屈しない姿勢からは、強い意志が伺える。言い換えれば、事態を深刻にとらえていないようでもあった。 「ルミナ! もう夜も遅いだろ。座長だっていいトシなんだから、一人で帰ってくるさ」 ローザ姉妹の男勝りな姉ジュドが首を振った。ルミナと呼ばれた少女は頬を膨らます。 「でも。このままじゃ、みんなモヤモヤしたままでしょ」 「そりゃそうだけど」 眉を曇らすマリラ。ルミナはぐるりとメンバーを見回し、反論する者がいないことを確かめる。 「大丈夫だよローザねえさん! じゃ、行ってきます」 愛用の白コートを羽織り、ナベかま亭を後にした。ローザ姉妹はそろってため息をつく。 「いい加減名前覚えなよ……『ローザねえさん』で済ませないでさ」 姉妹は容姿がそっくりなため、ルミナはしょっちゅう二人を間違えるのであった。 * 夜の町を歩く人影は、極端に少ない。大工がカーニバルに向けて櫓を組む音だけが、垂れ込めた雲にぶつかって反響する。 「バーにいる可能性が高いよね」 大人が夜に行く場所と言えば、クロックタウンではあそこくらいしかない。ルミナは会員証である「ロマーニのお面」を用意する。それを被っていなければ、目的地である会員制のミルクバー「ラッテ」には入れないのだ。 「いらっしゃい」 「こんばんはマスター。ね、座長来てない?」 地下に存在するバーへの階段を下り、カウンター越しに話しかける。豊かな髭を蓄えたマスターは渋い顔で頷いた。 「さきほど夜風に当たると言って出て行かれました」 ルミナの脳裏にある考えがひらめく。 「じゃあそのうち戻ってくるか。ね、お願い、この裏に隠れさせてよ。飛び出して座長をビックリさせるんだ」 マスターは苦笑した。 店内にいるのは二人の他に、小太りのゾーラが一人。なにやら未練がましくステージを眺めている。ミルクに口も付けず何をしているのだろう。 カウンターの陰に隠れて、息を潜める。タイミング良くカランカランとベルが鳴り、ドアが開く。一歩一歩もったいぶるようなこの足音の主は、間違いなくゴーマン座長だ。 「畜生、ミルクなんぞで酔えるか! ヒック……」 自暴自棄の独り言が聞こえてくる。しっかり酔ってるじゃないか、と誰もが思った。 「ウチにはミルクしかありませんからね」 ぴしゃりと断りを入れられるが、 「おかわり」 座長は意に介した様子もない。すぐに空のグラスに乳白色の液体が注がれる。さすがのマスターも同情したのか、こっそりミルクにウイスキーを垂らしているのが、カウンター裏からはよく見えた。 ルミナは飛び出すタイミングをじっと計っていた。――その矢先。 「くそーっ、なんでわしらの舞台がキャンセルにならねばならんのだ。歌姫が声を失っただと? そんな訳の分からないことがあってたまるか!」 (え!?) 耳に飛び込んできた、聞き捨てならない単語に息をのむ。 ←*|#→ (49/132) ←戻る |