月と星






 夕暮れのクロックタウン西地区を歩くリンクは、ずっしりと重い財布を手にしていた。予想通り、マニ屋に持ちこんだ砂金がいい値段で売れたのだ。いつになく少年の心は浮き立っているようだった。

 嫌がることを予想しながら、チャットは楽しそうに水を差す。

『これだけお金があったら、あの妙ちくりんなオッサンの地図の代金くらい、払えばいいのに。まだ北地区に行けば、きっといるわよ』
「断る」

 案の定苦虫を噛みつぶしたような顔になるリンクに、妖精は忍び笑いをする。

『踏み倒すんだ〜。ずるいわねー”なかったことになる”からって』

 彼は殊更に無視をして、ずんずん歩いていく。白い光が慌てて追いかけた。

「銀行に寄ってから、コートを返しに行くからな」

 月が間近に迫っていようが、かまわず二十四時間営業している(リンクにとっては非常にありがたい)銀行に無事ルピーを預けた後。東地区にて、ナベかま亭の呼び鈴を鳴らした、のだが。

「……誰も出ないな」
『これ、入り口開いてるわよ』

 どうする? と期待を隠しもせずにチャットが尋ねた。仕方なく、足音を忍ばせて侵入する。

 ロビーにも廊下にも、人っ子一人いなかった。ムイムイの這う音や、落下する月の地響きだけが無闇にこだましている。

「どこにいるんだろう」

 そもそも、とチャットは反論した。

『そのニンゲンの女、町中で会ったんでしょ? なのに、何でここにいるって分かるのよ』
「地理に慣れていないようだから、カーニバルの見物客かと思ったんだが……」
『ふうん。でもハズレだったみたいね。
 もう避難してるのが普通だし、まあ、仕方ないわよ』

 それでも諦めきれず、散々客室をうろついた結果。少年は何の気無しに、二階のベランダの扉を開けてみた。

 夕焼けとは別の原因によって赤紫色に染まった、不気味な空の下。長い金髪をなびかせて、探していた人物がそこに立っていた。

「ルミナ」

 背中に向かって名前を呼ぶ。そこはかとない哀愁に彩られた表情で、少女が振り返った。

「あれ、誰だったっけ君は。えーっと……リンク?」
「そうだ。コートを返しに来た」
「ありがとう。――わざわざ、こんな日に来なくてもよかったのに」

 そのままルミナがふらりと行ってしまいそうになるのを、リンクはとっさに引き留めた。

「どうして、ここには誰もいないんだ?」
「牧場にでも逃げたんでしょ。アンジュも、座長もみんな」
『なんでアンタは逃げないわけ?』

 つまらなそうに少女が答える。

「だって、逃げても無駄でしょ。むしろ、早く終わらないかな、って思ってるよ」

 何が終わるのか、とはとても訊けなかった。

 そこでルミナがぱっと笑顔を咲かせて、

「ねえ、これからミルクバーに飲みに行くんだけど、一緒に行かない?」

 ミルクという単語に惹かれたが、彼は首を横に振った。

「遠慮しておく」
「そっか……そうだよね、リンクにはやることがありそうだもん」

 寂しげに目を伏せ、彼女は空に向かって嘆きの言葉を吐く。

「最近、ロマニー牧場からミルクが届かないらしくてさ。品薄なんだよね、シャトーロマーニ。残念」
「シャトーロマーニ?」
「舌がとろけるくらいおいしいミルクだよ。高いけど」

 思わず喉をならすリンクに、耳ざとく聞きつけるチャット。

(ちょっと、今はそれどころじゃないでしょ?)
(うん……)

 こそこそと内緒話をする二人をおかしそうに見つめてから、

「じゃあ、またね」

 受け取ったコートを軽く羽織り、ルミナは無人の町に消えた。その後ろ姿は、意外にも颯爽としていた。

 またね、と言ったということは、「次」があるのかだろうか――彼女には。

 リンクは沸き上がる疑問に苛まれつつ、青いオカリナに口をつけた。そこから流れ出るメロディは「前の三日目」にゼロが聴いた旋律と同じだった。

 時が逆流し、新たな三日が始まる。


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