月と星

2-8.ウッドフォールの神殿


 ウッドフォールの神殿。魔性のものが舌なめずりして獲物を待っている暗闇の、真っ直中にゼロは入っていった。敵意を一斉に向けられるような感覚に、かつてない恐怖を覚える。適度に明かりは採られているが、いかんせん大部屋なので、何かが潜んでいそうな暗がりがたくさんあるのだ。

 この有様も――スタルキッドのせいなのだろうか。

 神殿と言うからには、ここは本来神が住まうはずの場所だ。なのに、こうも魔物が巣くっているのは明らかにおかしい。誰かが手引きしたに違いない。
 フクロウの話によると、この神殿を荒らしていた親玉はすでに葬られたらしい。だがその影響を完全に拭い去ることは、まだできていないようだった。

 ここでゼロに出来ることは、魔物を駆逐することではない。大妖精の欠片――妖精珠を探すことだ。

 目をこらすと、かなり離れた場所にピンクの花びらが見えた。デクナッツの城で見たものと同じだ。足場だろうか。しかし、彼にはあそこまで渡る手段がない。
 しばし逡巡する。床はもちろんあるのだろうが、現在居る足場が高すぎて奈落にしか見えない。あそこに落ちるのは勘弁だ。

 ――と。

『お困りのようネ、お兄サン』
「はいっ!?」

 何とも言えない、甘ったるい声がした。見回すが、誰もいない。
 もしや幽霊の類だろうか?

「ど、どちらさまですか」
『こちらサマよん。アナタ、あれでしょ。お姉ちゃん助けてくれた人』
「お姉ちゃんって……あっ」

 オレンジがかった白いものが、視界を横切った。捕まえてみる。

『まあ大胆ネ』

 それは手の中でクネクネと動いた。
 人間を無理矢理二頭身にして、デフォルメしたような生き物だった。何が不満なのか唇をつきだし、他人を馬鹿にした表情をしている。頭には羽がくっついていて、それがパタパタとはためいていた。

 一言で形容する――ゆるい。

「あ、あの」
『うふん、分かんないの? なんとワタクシ、沼の大妖精ちゃんでーす!』
「……ええっ!?」

 仰天した拍子に放り出してしまう。自称大妖精は、プカプカと宙に漂った。

『レディを投げるなんて。ひどいわネ、失礼しちゃう。
 ほら、アタシのお姉ちゃん――海の大妖精もこんな格好だったデショ』
「違いますよ、人間の女の人みたいでした」

 アリスや海の大妖精しか見たことのないゼロは、妖精というものは真面目な生き物なのだ、とすっかり思い込んでいた。が、そうでもないらしい。

『それは力が戻ってからでしょう。バラバラの時はこんな姿だったはずヨ』
「その時は……声が聞こえてきただけなので、姿は見てません」
『あー、見栄張って隠れてたのネ』

 確かに、この姿を見ていたら威厳は半減するだろう。あの厳格そのものといった性格の海の大妖精なら、なおさら隠れたがるはずだ。

「それにしても、何故このような場所に?」
『いやあ、アタシも妖精珠探そうと思ってサ。自分の体だし。でも問題が生じちゃって……』
「問題ですか」
『アタシってば人気者だから、魔力の残滓にすら魔物がたかっちゃって。妖精珠がことごとく捕まっちゃって、妙な場所にばっかり隠されてるみたい。全然集まらないのヨ。ヘソクリ感覚みたいな?』

 なるほど、フクロウの言っていた通りだ。これは一筋縄ではいかない。

「オレは元々集めに来ましたから、いいですよ。手伝います」
『ありがと、嬉し〜い。場所はだいたい分かってるからヨロシクね』

 小さな大妖精は投げキッスをした。ゼロは苦笑するしかなかった。何はともあれ、心強い連れだ。


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