月と星






「水車のある家では、水車をまわしてなにかをしようとした形跡があるが、川が干上がって水車がまわらなくなっている」
「イカーナの丘の干上がった川がよみがえるには、わき水のホラ穴に行ってみることだ」
「わき水のホラ穴に入ろうとする者は、墓にかくされた歌を知らなければ、その者に災いがおこるであろう」
「丘の上の井戸とイカーナ城の中庭の井戸は、一つなり」
「イカーナ城で手に入れたモノは、ロックビルの神殿への道をひらく」

 これらの話を、リンクはガロたちから力づくで聞き出した。ガロのおきて――すなわち自爆すること――がなければ、しかばねがあたりに散らばっていたことだろう。
 チャットは聞き出した話を総括した。

『つまり、わき水のホラ穴にシャープがいるってことね』

 亡霊に届ける歌の譜面は、入手済みだ。「わき水のホラ穴」は村の北にあった。

「わき水のどうくつ
 亡霊出没につき、立ち入り禁止!」

 という親切な看板を無視して、リンクは妖精達を振り返った。

「よし、行ってくる。チャットとアリスはここで待っていてくれ」

 呪いの根源に、妖精の小さな体が耐えきれるかどうか。彼は大事な仲間を、むざむざ危険にさらす気は無かった。

『お気をつけて……』どことなく元気のないアリスが言った。未だ姿を見せないゼロを心配しているのだろう、とリンクは検討をつける。

 チョロチョロと流れる水に逆らって、奥を目指した。似たような場所に大妖精の洞窟があるが、あそことは違い嫌な気配に満ちている。足元にはこれ見よがしに朽ちた骸骨が転がっていた。今さら驚きはないが、胸がむかむかした。
 最奥にたどり着く。こんこんと水が湧いているはずの場所だが、今は底の方に申し訳程度に溜まっているだけだ。
 リンクの眼光が闇を貫くと、悪意に満ちた声が上から降ってきた。

『死者のみの生きる地、イカーナ王国になんの用だ』

 シャープが姿を現した。右手にランタン、左手にタクトを持っている。偉そうにたくわえた口ひげは、弟フラットそっくりだった。

『ここはお前のような生にみちた者の来るところではない。それとも、死者の仲間に入りたいとでもいうのか』

 リンクは黙りこくっている。

『それもよかろう……。ならば、この偉大な作曲家シャープさまの奏でる暗黒のメロディーで、安らかに眠り死者の仲間入りをするがいい』

 シャープがタクトを一振りすると、不協和音のみで構成された旋律がどこからともなく鳴り響いた。暗黒のメロディーが耳に入った途端、リンクの体に異変が生じる。

「ぐっ……」息が苦しい。喉を締め上げられているようだ。
 リンクは目の前がチカチカするのを感じながら、気力を振り絞ってオカリナを取り出し、嵐の歌を吹いた。
 洞窟の天井に暗雲が立ち込め、水滴が降り注ぐ。風は、目に見えない暗黒のメロディーすら吹き飛ばした。

『な、なんだこの曲は? まさか――』

 シャープは空中でもがき苦しんだ。同時にリンクを襲っていた圧力がなくなり、ふっと体が軽くなる。「っはぁ……」彼は肩を激しく上下させながら膝をついた。
 悶絶を終えると、亡霊は先ほどまでとは打って変わって落ち着いた声で、天に向かって語りかける。

『フラットよ、わが愛しき弟よ。死してなお、王家の復活を夢見たおろかな兄を、ゆるしてくれ』

 瞳の中には死に別れた兄弟が映っているのだろう。すっかり平静を取り戻したシャープは、次いで少年を見下ろした。

『……死者を恐れぬ者よ。弟の歌により、私にかけられた呪いは解けた。全ては、お前のおかげだ』

 リンクは喉をさすりつつ、立ち上がる。感謝されるのもいいが、まず先に謝るべきじゃないのか? と思いながら。

『我ら死した者は、この地によみがえってはならぬはず。それを狂わせたのは、全ては仮面をつけた者の策略である』

 やはり、スタルキッドが悪さをしていたのだ。今回は、とりわけ酷い仕打ちである。滅びた王国の死者を丸ごと蘇らせるなど――まるで邪神の仕業だ。

『お前がほんとうに死者を恐れぬなら、この地の神殿におもむき、我らを苦しめる呪いの根源を断って欲しい。
 そのためには……神殿に入る方法を唯一知っている、我が王に会うのだ。王は、滅びたイカーナの城で、呪いを解いてくれる者が来るのを待っておられるはず』

 巨人を封じた神殿に行くためには、イカーナ王との対面は避けられないようだ。

『……たのんだぞ』

 不思議なことに、最後の言葉は弟フラットと同じだった。
 たちこめていた重苦しい空気が消えるのと同時に、足元の水がどんどん嵩を増して行くのを見て、リンクは急いで洞窟の外に逃げ出した。

『案外早かったわね』
『ご無事で何よりです』チャットとアリスが弾んだ声で出迎えた。リンクは洞窟内の出来事を簡潔に説明した。
「シャープがわき水をせき止めていたんだろう」

 洞窟から出た水が向かう先には、例の怪しい家と、水車がある。大きな推進力を得た水車は、音を立てて回りはじめた。その動きと連動してからくりが作動し、屋根のラッパからは、この地にまるでふさわしくない陽気な音楽が流れる。

『な、な、何でしょう』

 アリスが珍しく戸惑っている。
 楽しげな音があたりを支配すると、どういうわけか、家のまわりを徘徊していたギブドたちが、苦悶しながら地中に沈んで行った。

『やったわ!』

 チャットが歓声を上げた。

「なるほど、さすがは亡霊研究家の自宅だな」

 リンクは水車の家――オルゴールハウスとでも呼ぶべきか――へ歩を進めた。
 突然、玄関扉が開いた。中からは栗色の髪の毛をした女の子が出てきた。声をかけようとしたが、

「!」

 彼女はびっくりして引っ込んでしまう。

『警戒されているようですね……』

 つい先ほどまでギブドに取り囲まれていたのだ、それも仕方ないだろう。

「かくなる上は」と、リンクは組んでいた腕をほどいた。
 適当な目標めがけてボムチュウをセットし、自分は石コロのお面を被って、息をひそめた。
 爆発音が鼓膜を震わせると、少女はおそるおそる扉を開け、何故か反対側の坂を上っていく。

『今のうち、今のうち』

 上空に逃れていたチャットとアリスが降りてくる。三人はこっそりオルゴールハウスに忍び込んだ。

「完全に不法侵入だな」

 アリスはもはや諦めているのか、無茶苦茶な行為も咎めなかった。
 一階にはそれらしい人物はいなかった。地下への階段が目に入る。

『下にいるのかしら』

 リンクはごく自然に足音を忍ばせながら、ステップを降りた。地下は居住空間ではないらしく、壁紙すら貼られていない。空気がひんやりしていた。どうも、オルゴールの機関部のようだ。

「ここにもいないか……?」

 何気なくクローゼットに近づいた、その時だった。
 前触れもなしに戸棚が中から開け放たれた。出てきたのは、ギブドそっくりのミイラ男だ。

「な!?」

 即座に剣を抜き放つリンク。ミイラは言葉にならない叫びを上げながらにじり寄る。だが、何かがおかしい。リンクは得物を構えながら、じわじわ後退していく。

『このミイラちょっと様子が変ね。きっとまだ、人間としての心がいやされぬまま残っているのよ』

 チャットから「なんとかしてあげなさいよ」という視線を感じた。

「そうだな」

 彼は納刀し、オカリナを構えた。うまく心だけが癒されてくれ――と願いながら。
 いやしの歌を聴いたミイラ男は頭を抱え、大声をあげる。
 一瞬しくじったかと思ったが、すぐに効果は現れた。顔からお面が外れ、白衣の研究者然とした男が現れる。

「――お父さん?」

 いつの間にか外から帰ってきた女の子が、信じられない、という顔をして後ろに立っていた。
 男は叫ぶ。

「パメラ!」
「お父さーん!」

 親子は固く抱きしめ合った。

「私は今まで何をしていたんだ……」ミイラ化していたパメラの父は、呆然としている。
「なにも、してないよ。悪い夢を見て、少しうなされていただけ」
「……パメラ」

 リンクは黙ってギブドのお面を拾い上げた。

『ギブドたちが見ても、間違うほどのリアルなお面ですね』

 アリスの感想に無言で頷き、立ち去ろうとする。親子の対面を邪魔するつもりはない。父親にも立ち直る時間が必要だ。それに、このお面は嵐の歌と同様、イカーナ攻略の役に立つだろう。
 階段を上がり玄関に来たところで、リンクの不在に気づいたパメラが一人で追いかけてきた。

「あの……お父さんのこと、ありがとう」

 リンクは軽く顎を引く。彼にしてみれば、大したことではない。

「でも、キミが助けてくれたことはお父さんにはナイショにするね。だって、お父さんはちょっと、フシギなことが起こるとすぐに研究研究って、ムチャなことばかりするから……。
 もう少しおちついたら、こんなキケンな場所で研究するのをやめて、町に帰るように説得してみようと思っているの。
 だから、お父さんが、キミを見たらきっと、また……。ゴメンね」

 小さなパメラは、精一杯申し訳なさそうにしている。

『そうね、早くここを出た方がいいわよ』

 チャットの勧めを首肯したリンクが、今にもドアノブを握ろうとしたとき。

「おおっ。妖精じゃないか! これはキミのか? 少年!」

 チャットが俺の所有物のわけないだろ、と心の中で言ってから、リンクは首を横に振った。パメラ父の登場だ。先ほどとは一転して、明るい声である。自失状態はあっという間に過ぎ去ったらしい。
 うつむく娘が視界に入らないのか、父は求められてもいないのに自己紹介を始めた。とことん話好きなようだ。

「私は妖精やゴーストその他、ありとあらゆるフシギなモノを研究している、高名な学者であ〜る。
 ちなみに、今オルゴールから流れている『さらばギブドのテーマ』は、長年ギブドを研究し続けて、ついにたどりついたギブドを追い払う曲なのであ〜る。
 まっ、ゴーストに関して私の右に出る学者はいないので、なんでも聞いてくれたまえ」

 と豪語する彼を、リンクは冷めた目で見た。先ほどまでそのゴーストと化していたのは、一体どこの誰なのだ。

「それにしても……こんな元気な妖精はひさしぶりだ。どうだ少年! 私にこの妖精のことを研究させてくれないか?」
「それはダメだ」

 少年は強く断った。『冗談じゃないわよ』とチャットも憤っている。

「そうか、それは残念だ」肩を落としたのも束の間、リンクが壁にかけられた絵にちらりと目を走らせたのに反応し、
「その絵にキョウミがあるのか? そいつは、ミイラ男で学名をギブドというのであ〜る。
 この先の丘の上にある井戸には、イカーナ王国に伝わる宝が眠っているというウワサがあって、お宝欲しさに井戸に入ってギブドにされてしまった者の魂が、ウヨウヨしているらしい。
 ミイラ取りが、ミイラになるとはよくいったもんだ!」

 自虐だろうか。

「私もいっぺんだけあの井戸に行ってみたことがあるのだが……。フシギなことに、あそこで起きたことをまったく、おぼえていないのだ。
 まあ、何が起こるかわからないので、近づかないほうが身のためだな」

 パメラに目線を合わせると、彼女は頭を抱えていた。
 アリスは順番に絵を眺め、その中にガロの絵が混ざっているのを発見した。

『リンクさん、これ……』
「おお、その絵にもキョウミがあるのか? そいつは、忍者のゴーストで学名をガロ・ローブというのであ〜る。
 もともとは、イカーナ城をさぐりに来たテキ国のスパイのなれのはて。生きていた時のことが忘れられず今もなお、魂だけがスパイ活動を続けてるらしい……」

 情報を得るためだけに撃破したガロだったが、そんな奴だったのか。スパイなら王国にも詳しいはずだ。
 しかし、イカーナが滅びた直接の原因は何なのだろう。ガロを送り込んだ敵国に攻め込まれたのだろうか。それとも――

「ウワサじゃ、そのガロが町向こうの牧場あたりに出没するらしいけどね。
 なれのはてといってもガロは、忍者のはず。人前に姿はあらわさない。なのにそれが、牧場でよく目撃されるなんて……ヘンなはなしだ」

 それがゴーマン兄弟の覆面だったわけだ。
 貴重な情報を入手できた件については感謝するが、あまり長居をするわけにはいかない。
 リンクはいかにも今から出かける、といった風に身支度を整えた。

「少年は、これからどこへ?」
「イカーナ古城だ」
「あそこは何百年も前に滅びたのに、立派な遺跡が残っているのだ」

(何百年前の話なのに、最近になってこの亡霊騒ぎ……誰もおかしいとは思わないのか?)

 リンクは眉をひそめたが、疑問を口にすることはなかった。
 三人はオルゴールハウスを後にした。相変わらず薄曇りの空だが、わき水が復活したことで少しマシになった気がする。
 村から歩いてすぐに、目的の古城はあった。

「イカーナ城正門
 いかなる方法をもってしても、封印された門は開かない」

 門の前にはこのような看板が立てられていた。なるほど、石作りの門はぴたりと閉ざされており、とっかかりもないので上ることも出来ない。

『防衛のためでしょうが……困りましたね、このままでは王様に会えません』

 アリスがそれとなく二人の意向を伺った。

『なら、枯れ井戸に行ってみたらどう? 確か抜け道があるとかなんとか、ガロが言ってたわよね』
「……また、井戸の底か」

 リンクは何故か、一人苦い顔をしていた。


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