月と星

5-2.嵐の歌をその胸に


 夜も更けたイカーナの墓地は、生あるものがいるべき場所ではない。亡霊――すなわち、かつてスタル・キータの指揮下にあった兵士たちが徘徊し始めるのだ。自らの死を認めようとせず、墓の周りを歩いたり、車座になって談笑したりしている。
 生前は分隊長を勤めていた一匹のスタルベビーは、背中側から「おい」と声をかけられた。

「うん?」

 聞き覚えのない声だ。不審に思って振り返れば、

「ああっ隊長〜どの! し、失礼しました」

 隊長スタル・キータのいかつい顔面がそこにあった。何百年経っても、見まごうことはない。
 反射的に敬礼を返しながらも、彼は違和感を覚えていた。

(隊長って、こんなに小さかったかな?)

 内心首を傾げつつ、しかし素直な分隊長は、

「みなのもの、隊長に敬礼!」

 と号令を発した。
 あたりでだらだらしていた兵士たちは、あわてて腰を上げた。
 スタル・キータ隊長はうむ、とひとつ頷く。分隊長である骸骨兵は、隊を代表して報告した。

「おひさしぶりです隊長どの。隊長の命令どおり、墓はしっかり守っておりました!」
「ああ、ご苦労だった」

 ねぎらいの言葉に、分隊長はじーんとする。数百の兵が皆、死後も命令に従っているのは、隊長と共にイカーナ王に仕えていた時代を忘れられないからだ。それほどにスタル・キータの人望は厚い。

「みな、隊長どのの次の命令を心待ちにしておりますぞ。どういたしましょう?」

 隊長は腕を組み、しばし思案した。そして。

「墓をあばけ」
「あ、あばけ?」

 これまで大事に守ってきた王家の墓を? 分隊長の、あるはずのない脳みそは疑問でいっぱいになったが、それでも表情を変えない隊長に気圧され、

「イエッサー! みなのもの、われに続け〜!」

 分隊長たちは墓石をすっかり破壊してしまった。その後には暗く深い墓穴が残る。
 スタル・キータの顔をした人物は、かすかに息を吐いた。

「……お前たちの任務は終わりだ。あとは、俺に任せろ」
「! 了解、しましたっ」

 ずっとこの瞬間を待っていた。丘の上のイカーナ王国へ訪れた長い夜に、スタルベビーたちは気づいていたが、任務を終えずに持ち場から離れることは出来なかった。
 これからは、隊長がなんとかしてくれる。兵士たちは魔物が消える時と同じような、青い炎に包まれた。

「隊長。イカーナ王国は呪いに縛られています。王を、救ってください……」
「分かった」

 リンクは隊長のボウシをとり、胸に手を当て黙祷を捧げた。





 スタルベビーに壊させた墓の下には、巨大な空洞が広がっていた。妖精たちは飛び込むのを躊躇したが、リンクは、

「こういうところにこそ、秘密が隠されているんだ」

 と自信満々に言い放った。立派な墓荒らしの発言である。
 問答無用で先を行く彼に、『……仕方ないわね』と妖精たちは従った。中は確かに、棺桶をしまうには広すぎるようだ。用心しながら奥に進むと、一体の魔物が待ち構えていた。

「秘宝を守る騎士、と言ったところか」

 鎧をまとったそいつを、リンクはよく知っていた。舐めてかかれば返り討ちに遭う強敵だ。

『アイアンナックね。大ダメージを与える斧に注意する。後はよく見てスキを見つける』

 リンクはうなりを上げて迫る斧の一撃を、横っ飛びでかわした。
 何度も敵の攻撃を防いできた勇者の盾も、あの斧を喰らえばひとたまりもないだろう。とにかく攻撃はかわすようつとめた。
 やがてチャットの助言通りに隙を見つけた彼は、まっすぐ上に跳んだ。
 体重を感じさせない軽やかな動作。空中でアイアンナックの兜に一撃を加えると、相手の頭上を飛び越えた。背中側に着地し、ガラ空きの胴体を思いっきり薙ぐ。手応えがあった。大きな音を立てて、鎧の魔物は崩れ落ちる。

『兜割りですね』アリスが驚いたように言った。

 相変わらずの技の切れだ。茶化す言葉も見つからず、チャットは黙りこんでしまった。
 アイアンナックを撃破すると、部屋の奥に降りていた幕が上がり、石碑が出現した。

「墓のようだな」

 リンクは剣を収め、そちらに歩いて行く。

『私の魂を解放してくれたのはお前か?』

 と。石碑の上に、立派なひげを生やしたポウが現れる。墓に葬られていた主だろう。

「そうだが」魂の解放。気になるフレーズだ。
『私はイカーナ王家に仕えていた、作曲家のフラットと申す者である。この地に残る王家ゆかりの曲は、私と兄のシャープが全て作曲したもの』

 そうしてフラットは天を仰いだ。

『おお……シャープ、わがいとしき兄よ。悪魔に魂を売り、私をこんな所に閉じ込めた張本人』

 それを聞いたリンクにひらめくものがあった。悪魔――もしかして、あの小鬼の事だろうか。

『死者をおそれぬ者よ。私の後ろに刻まれた曲をよくおぼえてほしい……。そしてどこかで兄に会ったら告げてほしい。
 わが歌がいざなう数千の雨粒は私のナミダ、大地にとどろくカミナリは私の怒りだと!』

 ありったけの思いを込めた叫びが空気を震わせた。

『……たのんだぞ』

 それっきり、フラットの姿は消え失せた。亡霊らしく一方的な会話だったが、これで手がかりは手に入った。
 リンクは墓に歩み寄る。石の表面にはフラットの言ったとおり、楽譜が刻まれていた。しかも、特殊な形式で記録されているようだ。

『な、なにこれ? アンタ読めるの』

 チャットは戸惑いの声を上げる。

「……いや、見たこともない形式だ。まずいな」

 敵に情報が奪われないよう、暗号化したということか。ひそかに焦っているリンクたちの前に、アリスがすっと進み出る。

『大丈夫です。ずいぶん古い形ですが、これは今の楽譜の原形ですから』

 彼女は難なく読み解いてしまった。頭の中でそのメロディを辿り、リンクははっとする。

(この歌は、まさか)

 それは、吹きすさぶ風と雨ですべてを吹き飛ばし、呪われた暗黒の魂を浄化するメロディー――嵐の歌。
 試しにオカリナで吹いてみると、地下だというのに雨が吹き込んできた。その効果は確かなようだ。

『呪いを解く歌かあ。案外、いい武器になるかもね』

 亡霊の巣くうイカーナ王国を攻略するにあたって、切り札になり得るだろう。
 チャットはリンクの顔色をうかがった。

『さて、もう夜も遅いけど……これからどうする?』
「仕方ない。墓守の小屋に押しかける」

 隊長のボウシを手に入れたことで、準備は整った。一足先にイカーナ入りしたゼロを追いかけたい気持ちは山々だが、ここは大人しくしておくべきだろう。亡霊たちの動きが活発な夜中に行動して、痛い目を見たくはない。
 じりじりと何かに追い詰められて行くような気分を味わいながら、リンクたちは墓穴を出た。





 翌日。今度こそポウマスターに許可を得て崖を越えた一行は、道を急いだ。
 狭い谷間には次から次へと魔物がわき出してくる。

『ネジロンよ。あまり近づかないほうがいいわ。コイツ火薬のニオイがキツイから!』

 土色の肌をした頭部だけの魔物を見て、チャットは『気色悪い』と嫌がった。アリスが一計を案じ、石コロのお面を被るようにしたところ、以降の戦闘は全て回避出来た。
 危険なネジロン地帯を抜けた先で彼らが出会ったのは、人間の男だった。

『なんか、胡散臭いわね』

 チャットの身も蓋もない感想に、リンクも同感だった。そこらをヒョコヒョコ歩き回っているが、何をしているのだろう。
 彼は、迂回しようとしたリンクたちを目ざとく見つけて近寄ってきた。

「おにいちゃんいい剣持ってるね。やっぱり、武器はそれっくらい立派じゃないとねえ。うんうん」

 と一人で頷いている。リンクは無視すべきかどうか迷った末に、

「このあたりの人間か?」

 仕方なく応じてしまう。冷淡なようでいて、完全に無愛想になりきれないところがある少年だ。

「うん、そんなところ。
 川向こうのイカーナの村だけど、最近おっかねえ死霊がわんさか出てねえ。なんでも、イカーナの王家の亡霊とかなんとか――よくわかんねえけどね。
 もう、住めやしねえんで引っ越してきたんだ。へへっ。今は、モノ好き親子が亡霊の研究とかしながら、住んでるだけさ」

 住民たちも逃げ出したとは。今までの三地方と違って、既に人が住めるような状況ではないようだ。
 妖精達はひそひそ話をかわす。

『亡霊研究家、ですか』
『どんな職業も成り立つのねえ』
『その親子が協力してくだされば、かなり心強いですね』

 と言うアリスへ軽く頷き、「話は終わった」とばかりにリンクは立ち去ろうとする、が。

「それにしても、いい剣だねえ……」

 男は少年の背にあるフェザーソードをジロジロ見ながら、にじり寄ってきた。

「ちょいと、見せてくんねえか?」

 胡乱な目で男を観察していたリンクは、ただ一言、

「嫌だ」

 と言い捨てた。

「あ、そう!」

 男はつまらなそうにそっぽを向いて、またフラフラと歩いて行った。近くに住まいがあるのだろうか。
 気を取り直して、三人は再びイカーナの地を目指す。川を越え、さらに東へと進むと、イカーナ村にたどり着いた。村と言ってもほとんど抜け殻だ。人の気配はなく、ついでにろくな植物も生えていないため、荒涼とした印象を与えた。
 村に入って一番に目についたのは、大きなラッパを屋根にのせた、異様な見た目の家だ。

『うわあ……すごい趣味』
『ですが、生活のぬくもりを感じますね』

 家には水車までついていた。肝心の水が流れていないので、止まったままだが。

「あれが亡霊研究家の家か」

 三人の意識はそちらに向いたが――

「待て。ギブドがいる」

 家の周囲には、「この世に未練を残した死体」とも噂される包帯男が徘徊していた。まるで、あやしげな儀式を行うように。

『雰囲気からしてやばいわよ』
『ひとまず、離れた方が良さそうですね』

 ギブドの悲鳴を聞いた者は、すべからく金縛りにあってしまう。囲まれたら、リンクでも太刀打ちできるか怪しい。アリスの提案を受け入れ、遠回りして進むことにした。

『シャープはどこにいるのかしら』

 チャットが呟いた。幽霊なのだから、素直に自分の墓にいて欲しいものだが、フラットの発言からすると墓地にはいないようだ。どこで呪いを振りまいているのだろう。
 気配を探るのは妖精の役目だ。特に魔法的なものに疎いリンクは、この点において彼女たちに頭が上がらない。
 索敵モードに入ったチャットは、ふと空中で静止した。

『なんだか殺気を感じるわ。目には見えないけど……』

 すぐさまリンクはあたりを睥睨し、

「そこか!」

 弱々しい太陽の光が作り出した家の影。そこに、持ってきていたデクの実を投げつけた。実が弾けて白光が視界を染め上げる。
 その光の中に、ひとつの影が浮かび上がった。

「……! きさま、なにヤツ!」

 誰何の声に答えず、リンクは問答無用で抜刀する。伏兵はすぐに動揺を収め、二本の剣を両手に持った。

『二刀流よ、気をつけて』

 視線が絡み合った。姿を現した伏兵は、ゴーマン兄弟がつけていた「ガロのお面」と、よく似た覆面をつけている。
 風を切って突っ込んでくる凶刃を、盾でガードした。スピードの割に力が乗っていない攻撃で、簡単に隙が生じる。
 その瞬間リンクが大きく踏み込んだ。金属同士がこすれ合う音。相手の得物は二本まとめて弾き飛ばされていた。
 伏兵は、尻餅をつく。

「ム、無念なり……テキながら、見事であった。最後に我が言葉、心して聞け」

 言葉を操るあたり、ただの魔物とは違うらしい。スタル・キータやその部下たちと似たような雰囲気を持っている。リンクは敵の一挙手一投足に注意を向けながら、耳を傾けた。

「このイカーナの丘には、水車のある家に住む親子以外は、人間の気配を感じぬ。
 信じる信じないはお前しだい。死してシカバネ残すまじ。それが我がガロたちのおきて」

 ガロと名乗った魔物はは、爆弾を取り出して自ら果てた。
 リンクはフェザーソードを鞘に収める。

「……チャット。この殺気、まだ感じるか」
『そうね、微量だけど、まだまだたくさんありそう』

 次の瞬間、彼は正義の味方らしからぬ笑みを浮かべる。

「たたき起こして、根こそぎ情報を頂くぞ」

 妖精はため息をついた。


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