![]() * 北地区の公園でベンチに座って、昼食のパンをかじっていると。 (あ、あの人だ) ルミナが把握している限り、リンク以外で唯一、繰り返しの影響を受けていない人物である。その青年は、ふわふわした銀髪をなびかせて、四六時中あちこち走りまわっていた。 「こんなに寝坊するなんて初めてだよーっ」 『今までも、のんびり起きてらっしゃいましたけどね……』 すれ違いざまに、愉快な会話が漏れ聞こえた。 大方かつてのルミナと同じく、カーニバル目当てでやってきた旅人なのだろう。妖精を連れているのはタルミナでも珍しい。 一度だけ、シャトーロマーニでも飲まないとやっていられないと感じたとき、彼をミルクバーに誘ったことがあった。今となっては謎の積極性を発揮したものだ、とルミナ自身かえりみている。 名前は知らないけれど、常に忙しそうにしているところをみると、彼には彼なりの考えがあるのだろう。 (がんばれ青年!) 心の中で応援しながら、最後のひとかけらまでしっかり嚥下した。ベンチから立って角を曲がり、大工がせわしく駆けずり回る南広場へと足を向ける。思えば、ここで事故に巻き込まれかけたことが、リンクと出会うきっかけだった。 当時のルミナはさながら夢遊病患者だった。月に押しつぶされると思った次の瞬間にはベッドの中、という非常識な事態が二度も繰り返され、すっかり参っていたのだ。おまけに楽しみにしていたカーニバルのライブは中止で、いっそのことあの月に全てを消して欲しいくらいだった。 現実感のないクロックタウンをふわふわと漂っていて、あわや木材の下敷きになるところを、リンクに助けられた。危なっかしくて見ていられなかったのだろう。彼と何か会話をして、白の上衣を貸したことだけはかろうじて覚えている。 ルミナはこぶしを強く握った。 (リンクは自分で時間を操って、しかもタルミナを救おうとしてるんだから。年上のわたしがへこたれるわけにはいかないよね) 足下にまとわりつくイヌを適当にあしらいながらぶらつくと、ゴーマン一座の仲間であるグル・グルを見かけた。自慢の手回しオルゴールを持ったまま、洗濯場の方へ向かっている。ん? とルミナは首をひねった。そんな場所に何の用だろう。彼を追いかけて、洗濯場へと駆け込む。 うち捨てられていた椅子にぐったりと腰掛けた彼は、いつもの妙なテンションがない。そういえばアカとアオが、グル・グルも悩みを抱えているのだ、と話していたような。 「あのー……グル・グルさん? どうしたの、こんなところで」 グル・グルはのろのろと顔を上げた。 「ルミナか。いやね、昔のことを思い出してたのさー」 伴奏はなくても節を付けてしゃべる癖は健在だ。妙なプロ意識である。 「昔のことって、一座に入る前の?」 「そう。長くなるけど、最後まで聞いてくれるかい」 「もちろんだよ」 話を聞くだけで胸のつかえが取れるならお安い御用だ。グル・グルは深呼吸した。 「……ボクはね昔、動物楽団にいたんですよ。イヌとかロバとかの」 初耳だった。興味深く耳を傾けると、グル・グルは絶妙にゆるさを醸し出すオルゴールを回した。 「なんでヒトがいるのか〜 なんでヒトがいるのか〜 それは、ヒトも動物だからさ〜」 始まった、グル・グルのオンステージだ。 「みんな、いいヤツだったよ。でもね、気に入らないことが一つあったんだ……それは」再びオルゴール。 「なんで、イヌがリーダーなのさ〜 なんで、イヌがリーダーなのさ〜 それは、ボクが悪いのか〜」 自分を差し置いてイヌが指揮を執っていたら、さすがに反感を覚えるだろう。 「そのイヌがさ、すごいヤツで、どんな動物相手でもりっぱな楽団にしちまうんだ。 だから、ボクは盗んだのさ〜 イヌのお面を盗んだのさ〜」 随分軽い調子だが、これは罪の告白に他ならない。思わずルミナは神妙な面持ちになっていた。 グル・グルはしみじみと感傷に浸った。 「リーダーのお面だからほしかったのさ……。でも、もういらないや。ルミナにあげるよ」 「ブレー面」だ、と言ってお面を手渡される。鳥の頭を模しており、目元を覆うような不可思議な形をしていた。両サイドには羽まで生えている。 「リーダーは教え上手でね。団員の成長、早かったな。あっという間に一人前さ」 「へえー。ありがとう、カーニバルでかぶろうかな」 年頃の乙女が身につけるには少し恥ずかしい形だけど、ありがたく受け取った。 ←*|#→ (99/132) ←戻る |