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喧嘩とピアス




本当に些細な事で、悟浄とななし1は口喧嘩をしてしまった。

煙草を口に咥えながら悟浄は歩く。
もちろん行くあてなんて無いのだが、あの部屋に居る事だけは気まずかった。
それは、たまたま悟空と三人の相部屋で、たまたま悟浄とななし1が二人っきりの時間だった。その出来事が起きるまではお互いの雰囲気も良くて、お互いにしょうもない話をしてはコーヒーを飲んでいただけだ。

「………〜〜〜ッチ、」

今考えれば、あの時手を出さなければこんな事にならなかったハズだ。それでも、あんな言い方をしなくてもいいだろう。でも、自分も大人気ないとは思う。自分だったらもっと上手く立ち回れたハズだ。
それでもやっぱり、自分も傷付いたし、ななし1の事も傷付けてしまった。
悟浄の頭には後悔と苛立ちが交差する。考えれば考えるほど、胃がムカムカする気分だった。



頭を冷やす為に街に出てはみたものの、今のところは全く効果がない。むしろ、色々と思考が巡ってしまい、逆効果なのではないか??と思うほどだ。
そんな日に限って、街中はカップルらしき男女がよく目立つ。

良い匂いに釣られて歩けば、そこはパン屋。
歩きながら窓から店内を見れば、釜戸から焼きたてのパンを持った職人。生憎今は空腹ではないし、興味がなかった。
隣の店はカフェ。ここもヤケに男女が目立つ。ニコニコと笑顔で話し合う男女を見れば、腸が煮えくり返る思いだ。
さらにその隣は靴屋。もしかしたら自分のサイズが有るかもしれない。ここは興味もあるので後で寄ろうと決めた。
次はジュエリーショップ。やはり幸せそうな男女が目立つ。
洋服屋。レディース物は自分に関係無し。


歩けば歩くほど治まらない苛立ちと戦う事になる。

元々の原因は、小一時間前の事である。


「ななし1〜、ナニ読んでんのっ??」
「きゃ…っ、悟浄…?!」

昼下がりの午後。宿の一室で読書をしていたななし1に、悟浄は後ろから絡む様に声をかけた。それに大きく肩を跳ねさせて驚いたななし1は、本を落としソファーから離れた。

「ちょ、急にビックリするじゃない!!」
「ワリイ、すげー本に夢中になってっから何読んでんのかと思ってよ。」
「もー、それなら普通に声かけてよ…、」

驚き、バクバクと鳴る胸を押さえたななし1が一息つく様に乱れた横髪を耳にかける。


「…………?」

ふと、いつもの感触と違う何かに気付いたななし1がぱちくりと瞬きをした。悟浄はソファーの背もたれに肘を付き、にんまりと笑っていたのだが、何だか様子がおかしいななし1の顔を見て首を傾げた。

「……どうした?」

「………ピアスが、ない…。」

自分の耳朶を触りながら床をキョロキョロと見渡した。無くなったのは、フックタイプのピアスである。悟浄の脅かしがあったものだから、咄嗟にソファーから離れた衝撃で外れてしまったのだ。

「マジかよ、どこいった??」

悟浄も床を見渡しながら、落ちていそうなななし1の側に近付いた。


――パキ

「……げ。」
「……え?」

嫌な音が二人の耳に届くと、悟浄は罰の悪そうな表情に変わっていく。
悟浄が恐る恐る踏み込んだ足を上げてみると、ソコにはひしゃげて割れてしまったピアス。
悟浄もななし1も、サァ、と顔色が青くなっていく。

「〜〜悟浄っ!!酷い…!!」
「ワリイ……いや、俺も探そうとしたワケよ、」
「何でもっと注意深く見ないの…!?」
「そっちで落としてココまで転がるって思わねーだろフツー!!」
「〜〜、もー、最悪…!」
「だから悪かったって……良いじゃねえか、新しいの買えばよ…?」
「〜〜、そんな問題じゃなくて!!コレは大事な物だったの!!」

そんなに怒ること無いだろう??そんなニュアンスで悟浄が発した言葉に、ななし1が目を見開いて大声を荒げた。

「悟浄は何も知らないからそーゆーこと言うんだ!!

「んなもん聞いてねぇのに分かるかよ!?」
「、悟浄なんて知らない…!!」

涙を瞳にたっぷりと貯めたななし1の顔は、先程までとは違い赤く色付いていた。

ここまでが、元々の原因だ。

その後、悟浄は気分が悪いと一言吐き捨てて街に出て、今に至る。

言い過ぎたとは思うのだが、あんなにもピアス一つでムキにならなくても。ボソリとゴチる悟浄だが、滅多な事では怒らないななし1が涙目になってまで怒る、あの姿が悟浄の脳裏から焼き付いて離れない。


「………………………。」


ふと通り過ぎた店に、何故だか後ろ髪が引かれる思いだった。後ろ足でのそのそと戻り、足を止めたのは通りすぎていたあの店。ショーウインドウに飾られたソレを見て、悟浄の触覚が何か暗示をするかの様にピク、と動いた。



――――――――――――



正直、許してもらえるとはあまり思わないが、このまま気まずい雰囲気なのは勘弁願いたい。

重たく感じる宿のドアを開くと、出ていく時とあまり代わり映えの無い光景が広がっている。
相変わらず悟空は三蔵達の部屋だし、ななし1は本を手にソファーでうとうとしていた。

そんな彼女は悟浄の帰宅に気付くと意識がはっきりとしたのか、小さくぶっきらぼうな声で、おかえり。とだけ言う。
悟浄はそれに罰が悪そうにおお、とだけ答えると、テーブルの椅子に座るのだった。

「………………。」
「…………、」

特に会話の無い時間が刻々と過ぎていく。
悟浄としては早く謝って仲直りしたいのだが、己の変なプライドと空気の気まずさが声を掛けづらくしているのだった。
当然、時間が経てば経つほど気まずさは増すばかりだ。

「………、」

「………………っ、…、くしゅんっ…!」

そんな無言の中、ななし1が鼻下に指を置きくしゃみを一つした。
悟浄は一瞬狼狽えたものの、ベッドにある毛布をななし1の肩に被せた。
ななし1は少し驚いた様な顔で悟浄を見ると、小さな声でありがとう、とお礼を述べる。

「…悪かったな、ピアス壊しちまって…、」
「……別にいいよ、謝るところ、そこじゃないし。」

「…へ??」

悟浄は豆鉄砲を食らった鳩の様にキョトン、としていると、ななし1はため息をついてこう言うのだった。

「……悟浄が、一番似合う、って言ってくれてたから、大切にしてたのに…、」

「…へ??俺そんな事言ったか??」

「、覚えてないんだ…、」

ななし1はまたもため息をついて、過去の話を紡ぎ始める。
それは、初めて二人で街に出掛けた時の事である。

――――

その街は貿易が盛んで、どこもかしこも商人や街の住人でごった返していた。
そんな道を二人で歩く中、人混みに流されない様、おもむろに悟浄がななし1の肩を引き寄せる。
驚いたななし1だったが、普段はおちゃらけている様に見えていた悟浄の優しさが垣間見え、ななし1はその優しさに甘えるのだった。そのまま、悟浄はななし1の肩に腕を回したまま歩いていた。
とは言え、若干恥ずかしさが拭えないななし1は、手持ち無沙汰を紛らわす様に、耳に横髪を掛ける。その時にキラリ、と姿を現した、ななし1のピアス。

そんなななし1の仕草を一部始終見ていた悟浄が口を開く。

「その仕草そそられるよな〜、んで、そのピアス、ななし1にスゲー似合ってんな!」
「そ、そう…?、ありがとう…、」

照れて様に顔を赤らめたななし1は、やはり手持ち無沙汰を紛らわす様にピアスを指で弄るのだった。

「俺は好きだぜ、そのピアス。ななし1に一番似合ってるんじゃねえか?」

「嬉しい!!ありがと、悟浄、」

――――

悟浄は、あ〜、言ったなそんな事、と腕を組みながら当時の事を思い出した。
ななし1はその一言が嬉しくて、ずっと大切にしていたのだから、当然今の悟浄の態度にはムカッとしてしまう。

「…わり、今、思い出したわ、」
「…バカみたい、それでずっと大切にしてたのに、悟浄は覚えてすらいないなんて。」

クッション抱き、毛布を被ったままソファーで体育座り。
せっかく話しかける事が出来たのに、最速でななし1の機嫌を損ねた悟浄、ななし1の隣に座わり、罰が悪そうな顔で頬をポリポリと掻くしかない。
街に出て行く前と今とでは罰が悪い状況としては何も変わらないのだが、悟浄にはななし1と仲直りをするキッカケがまだあった。

「…隣に座らないで。」
「悪かった。」
「もういいよ。」
「悪かったって。」
「、だから、謝ってほしい訳じゃな…、ん!?」

ななし1は悟浄の言葉にみのむしの様な格好で答えるも、度重なる謝罪に余計虚しさと苛立ちが立ち込めてきて、つい強い口調で悟浄に当たる。
目付きを鋭くしたまま悟浄の方を向くと、目の前には悟浄の大きな手と、その手に収められた箱。

突然の事にななし1はピントが合わず、寄り目気味に目をぱちくりさせた。
そして悟浄に視線を向ければ、にわかに顔を赤く染めて照れている悟浄の姿。

「これ、開けろよ。」
「………、何コレ、」
「良いから、開けろよ。」

照れてはいるが、ぶっきらぼうな言い方をする悟浄にななし1は眉をひそめた。
何だその言い方はと文句の一つでも言いたくはなるが、どこか真剣そうな悟浄の瞳にただ言われるがままに箱を開けるななし1。

そこには、小柄ながらも存在感とキラリと輝くピアス。

「!!」
「…お前に似合うと思って買ってきたんだよ…。悪かったな、お気に入り壊しちまって、」

「……………」
「ナニ、貰ってくんねえの??」

「………ズルい」
「は……???」

「凄いムカついてるのに、嬉しいって思っちゃった…。悟浄、ズルい。」

顔が少し赤いななし1は、クッションに顔半分を埋め悟浄を見る。
少し呆気にとられた悟浄は、彼女の表情を見れば結果オーライと言わんばかりに口端をつり上げた。

「お褒めに預り光栄なこった。」
「……褒めてない、」

「んで、コレは受け取ってくれるんだろ?」

「………、」
「無言ってことは、OKって事だからな。」

ピアスを手に取り、ななし1の耳に付けようとすれば、ななし1は悟浄が付けやすい様に横髪を耳にかける。
何気無い仕草に、悟浄の心がざわついた。

「…やっぱりその仕草エロいよな。」
「ナニ言ってん、の、」
「ほら、反対の耳貸せ?」
「…ん、」

キャッチを器用に付けていく。ななし1の両方に付けられたピアス。自分では見ることが出来ないが、耳朶を触って感触を楽しんだ。後で鏡で見てみよう、そんな前向きな思考になれば、ななし1は悟浄を上目遣いで見つめる。

「…悟浄、」
「…ンだ?」
「……ありがと、ピアス。」
「おー、コレこそ大切にしろよ?」

ニヤリと笑う悟浄は、ななし1の背中に腕回して引き寄せる。
その力強さにバランスが保てず、体制を崩したななし1は悟浄の胸板に手を着いた。
普段は感じる事の無い、男の胸。細身でも感じる胸筋にななし1はたじろいだ。

そんなななし1の表情を目を細めて見ていた悟浄は、彼女の耳元に近付いた。
剥き出しになった耳に感じる熱とくすぐったさ。

「好きな女の為に買ったんだから、な??」

優しく囁かれた声と言葉にななし1は硬直した。
そっとななし1抱きしめる悟浄の腕は暖かく、キャパオーバー状態のななし1は、そのまま大人しく抱きしめられるしかないのだった。


END

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