好きと嫌いと紙一重
何でこうなったんだっけ……??
ななし1は腕を組んで、数週間前の記憶を辿っていく。
ーーーーー
「悪いねぇ、これ以上は進めねぇんだ。」
「いえ、仕方ないですから…」
そうだ、仕方なかったんだ。
とは言ったものの、ななし1は次の町まで馬車に揺られて行ける!!と思っただけに、落胆のため息を隠せなかった。
旅で襲い掛かるのは、決して妖怪だけではない。今回の様に、自然災害も行く手を阻むのだ。目の前の落石も、その一つ。
ななし1は手袋をはめると、目の前の岩山を、ロッククライミングの様に登って行った。岩を飛び越えて着地すれば、後は町まで歩くだけだ。
……とは言ったものの、まる1日以上歩かないと着かない町に、先が思いやられる気分だった。
しばらく歩いて森に入ると、怒声と叫び声みたいな声が聞こえて来て。
妖怪が人を襲っているのかとななし1が駆け寄れば、ソコに居たのは男四人。頭を痛そうに押さえてる二人と、ハリセン片手に怒ってる人と………笑ってる人。
まあ、ここまでは良かったんだ。
でも、これまたタイミング良く妖怪が襲ってきて、ヤバいと思ったら四人がボコスカ倒していくのだから、ななし1は開いた口が塞がらなかった。
最初はとてつもなく怪しい集団と思っていたのだけれど、今は違う。
彼等とは、ある程度目的地の街が一緒だったと言う事で、この数週間、共にジープに揺られているのだ。
ジープに乗ってから、もう、そんなに経つか。ななし1は月日が過ぎるのが異常に早く感じた。
それはおそらく、一名を除いて楽しいメンバーだからだ。
おじいちゃんみたいな三蔵さんに、元気で食いしん坊の悟空さん。
優しいお兄ちゃんみたいな八戒さんに、………、
下品で、女好きで、イヤなヤツ。それが悟浄。
これらは、ななし1が一緒に旅をして分かってきた彼等の姿だ。
何故、悟浄だけがこんなにも煙たがられているのか…??と言えば。
今も、とても腹立つコトが、起きているから。
ーーーーー
「お、ななし1コレ食わねぇなら、もらうぜー」
「あーッ!!ソレ、大事にとっておいたのに…!!」
大抵、悟浄がななし1を怒らせるからだ。
口を開けばセクハラ、下ネタ発言は当たり前。
恥ずかしがるななし1の表情を見ては、お約束の言葉を使って口説いてくる。
然り気無くされるボディタッチは、その辺の軽い女と一緒にされている気分でとても不愉快だ。
今日に関しては、ななし1が大切に残していたフルーツを悟浄が食べてしまったのだ。
町を出発して、お昼時。一行はジープを止め、町で買った弁当を食べていたのだが、そんな最中起きた事件。
「ワリぃワリぃ…!その代わり、コレやるからよ…っ??」
「いらないよ、そんな食べかけ!!!!」
「ははッ、やーっぱマズいよな、コレ!!」
代わりに悟浄から置かれたのは、食べかけの春巻き。ななし1は箸でそれをつまむと、悟浄の皿にポイと投げた。
ななし1には分かっている。コレだけは美味しくなかった。だから、悟浄も食べかけで残したんだと。
内容は違えど、いつも二人はこんなやり取りを繰り返している。
ななし1からすれば、怒って無駄なエネルギーなんか使いたくないし、出来る限り悟浄とは関わらない様にしているのだが。
それでも、毎回何かにつけてはちょっかいをかけてくる悟浄に腹が立つ。
(………ホント、こういうヤツ、苦手……!!!!!)
ななし1は怒鳴りたい気持ちを抑え、盛大なため息をついた。
ーーーーー
食事も終わり、さあ地図の確認をしようとした矢先、八戒が辺りを見渡した。
「………おや、三蔵と悟空は…?」
「……ったく、ドコほっつき歩いてンのよ、あの坊主とガキ猿はよ。」
二人の姿が見当たらないと、三人は辺りを見渡すも、それらしき人影はない。
このまま時間が経ち、ここで野宿は危ないと八戒が二人を探し始めたので、ななし1もジープを降りて一緒に探そうとするのだが。
「ななし1はここに居てください。あぁ、悟浄も女性一人は危ないので、動かないで下さいね!?」
「え、八戒……!?」
「おー、早く見つけて帰ってコイよー、」
早々と林の中に消えていく八戒を見て、ななし1は神に見捨てられた気分になった。
この状況でこの男と二人きりだなんて、最悪なシチュエーションだからだ。
何よりも、この男。二人きりになった方が、ちょっかい掛けてくる率が上がるのだ。
「んなトコで突っ立ってねーで、こっちに座ったらどーだ?」
「…言われなくても、そうするわよ。」
ストン、といつもは三蔵が座る助手席に腰掛けるななし1。出来れば悟浄と喋らない様に距離を置いたのだった。
そんな悟浄は、面白く無いのかバックミラー越しに見えるツン…とした表情の彼女を見ると、後部座席を悠々と使いながら煙草に火を点ける。
「……もー少し愛嬌がねぇと、お前モテねぇぞ??」
「……悟浄みたいに"モテない男"に言われる筋合いないわ。」
「はん、お前みたいに色気も何も無いヤツには、まだ分からねーんだよっ」
プカーっと煙草の煙を吐き出した悟浄が、ニヒルな顔でななし1に言う。
「分かる人なんて、存在するのかしらねー。」
「いるいる、男を見る目ねぇなー。」
「アナタほどでは、ありませんから。」
「ほんっっと、素っ気無ェなぁ。昔からダチとかいねータイプだろ。」
「……はぁ!?アンタみたいに中途半端な赤髪には、言われたくないっ!!」
「…っ!!!!!!」
「もう、私に構わないでよ………、、!?」
こんな言い合いしたって、イライラするだけだ。ななし1は手足を組むと、身体を捻って悟浄に振り返り、構わないでと言ったのだが。
言った口が、少し震えた。
心の傷を抉られた悟浄が、今までに見せた事の無い様な、悲痛な顔をしていたからだ。
「…っ、!」
ななし1はバッと、悟浄に背を向けた。
それは彼を傷付けてしまった罪悪感と、彼の顔を見たせいだ。
バックミラー越しに悟浄を見れば、顔は俯いていて、表情まで見ることが出来ない。謝ろうと気持ちが揺らげば、散々イヤな事をしてきたのは悟浄だろうと、ムキになってしまう自分が居る。
それでも、言い過ぎてしまった事が胸にトゲとなって、引っ掛かる。
「………、ごじょ」
「それだけか??」
「…え……?」
「言いたいのは、それだけかって聞いてんだ、こンの…!!」
「……!!」
怒鳴られる!!
ななし1は瞬時にそう思い、頭を庇う様に腕を上げ、固く目を瞑った。
しかし、後部座席で席を立ったであろう悟浄からは、拳なんか飛んで来ない。その代わり、横腹に感じた違和感。
「ちょっと…!?悟浄、やめて、くすぐっ…たい!!」
「その減らず口叩くの止めたら考えてやるよ!!」
「あははっ、まっ、はは、はっ…!!ダメだって、そこ…あはははっ…!!!!!」
助手席を包む形で両側から出て来た悟浄の手に、ななし1の横腹がくすぐられる。
思ってもなかった行動にななし1は驚いたが、こうも弱点を攻められては何も出来ない。横腹や首筋をくすぐられ、制止を求めるも、一切悟浄は聞く耳を持たない。
何故、この男はこうもイヤな事ばかりするのだろうか。優しくしてくれたって、良いじゃないか。
「ごじょ!!あはははっ、……やめて、…はは、やめて、よ…っ!!」
腹筋が痛い程笑い、呼吸すらままならないのに、彼は全く容赦しないのだ。
「ははっ…待って……って、言ってるじゃんかぁ……!!」
何が楽しくてこんな事をするのか。
放っておいてくれれば良いだけの話なのに。
考えれば考える程嫌がらせとしか思えない行為と、制止を聞いてすらくれない苛立ちに、ストレスの限界だと涙が溢れる。
それでも泣いている顔なんて死んでも見せたくなくて、ななし1は顔を手で押さえる様に隠した。
「…………おぃ、ななし1何で泣いてんだよ…!?」
肩の揺れと、小さく聞こえる嗚咽に、悟浄が手を回したり止める。この男、そういう所はヤケに敏感である。
悟浄は運転席と助手席の間から身を乗りだし、顔を隠すななし1の手を引き離す。彼女の目からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちて止まらない状態で。
そんなななし1は少し睨んだ様な顔で悟浄を見返した。
「っ、なんで、…いつも、イヤなこと、ばっかり…っ」
「ワリぃ…、そんなに、イヤな思いさせちまったか…??」
コクン、と頷いたななし1。
そんなななし1の涙にうろたえた悟浄は、誤解だったと言えど泣かせてしまった事実に険しい顔したが、ガシガシと頭を掻き、小さくため息をつく。
そして、スッとしゃがみこみ、ななし1の顔を横から見上げる様に見つめたのだ。優しく彼女の名前を呼べば、未だに涙を溢すななし1が悟浄を見る。
「…俺が、嫌なヤツにいちいち嫌がらせする様に思うか…?」
「……っ、わから、ない…」
「………そうか、少なくとも俺は、嫌いな奴にいちいちケンカ吹っ掛ける様なヤツじゃねぇ。」
これが、どういう意味か分かるか??そう言葉を続けた悟浄に、ななし1は首を横に振る。
やっぱりか…とため息を再度つく悟浄は、スゥ、と息を吸い込むと、ななし1の頬に手を添えて、いつも見せない表情でこう言うのだ。
「ななし1が可愛くて、好きだからヤッてんの。」
「!!??」
悟浄は、今度からは誤解されない様にするわ。と言うと、再び後部座席にダルンと腰かけた。
急な展開に顔が熱くなるのを感じたななし1が、自身の涙が止まっている事に気が付くのは、もう少し後だった。
end
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