幼馴染とトリップ編
その日も、いつもと変わらない1日だったはずだ。
「ななし2〜、今日は夕御飯食べていくでしょ??」
「うん、ありがとー、ななし1。」
「じゃあ、材料買いに行こ!!」
お互い休みの日は、大抵一緒にいた。
今日だって、ななし1とななし2は部屋で一緒に遊び、夕方になって地元のスーパーへと買い物に出掛けるはずだった。
上着を羽織るななし2を他所に、ななし1は先に出てると一言残して玄関に向かう。
財布に煙草、後はケータイはどこだっけ?自身がよく知るカバーの色を探しながら部屋をうろつくななし2は、後ろから何か物音がしたのに気付いた。
ここまでは、いつもと変わらない1日だったはずだ。
ーーー
それが今やどうだろうか。
唖然とするななし2は、逃げる事が出来ず目の前の光景を見つめる。
ななし1の部屋にじわじわと広がる、穴。
まるでタイルが剥がれ落ちるように、バリバリと音を立て空間を広がるソレに、ななし2の脳内が危険信号を出す。
こんな所に壁は無いはずだ。今の今まで普通に通っていた部屋の真ん中だ。
穴の中はまるで宇宙の様だ。天の川の様に光る何かは見えてはいるが、そもそもこれが何かすら分からない。
段々と大きくなるソレは、子供一人が入れる大きさにまで広がってしまった。
ジリ、とななし2はソレに背を向けず、ゆっくりと後ずさろうとする。
「…ななし2ー??まだ…って…!! ななし2…!!!!」
「………!!!!!!」
一向に部屋を出ないななし1が、ななし2の様子を見に来た瞬間。
まさに振り返ったななし2が穴に吸い込まれる寸前だった。
大きく口を開いた様なソレが、まるで深呼吸をするかの様で。
首根っこを引っ張られた猫の様にソレに吸い込まれるななし2の手を、無我夢中で引き戻そうとななし1が駆け寄る。
パシッとななし2の手を握るななし1。
だが、
「わぁぁぁあああああ!?!!???!」
「きゃあぁぁああああ!!!!!!!!!」
とてつもない力に踏ん張る事が出来ず、二人ともソレの中に取り込まれてしまった。
二人の悲鳴が、段々と小さくなっていく。
バリ…バリ…
しばらくして大きな口を開けたソレは、二人を飲み込んでしまったかの様に口を閉じた。
時空を歪めていた部屋は、バリバリと音を立てながら小さくなって消えていく。
部屋には、もう誰も居ない。
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ー
「っつ………ななし1…?」
硬い床は、地面であることにななし2はすぐ気付いた。
彼女の身体を煽る様に、吹き荒ぶ風が吹いていたからだ。
うつ伏せに倒れている身体は、頬や腕など所々小さい石が食い込んで痛い。冷たくも砂を舞い上げる風を吸い込んだななし2は、ゴホゴホと咳をする。
乗り物酔いをした様な気持ち悪さを感じながら、肘をついて辺りを見渡せば、同じく近くで倒れているななし1を見つけた。
「……っ!!………ななし1…!!ななし1!!!」
急いで駆け寄り、横たわるななし1の身体をゆさゆさと揺らす。
「……ぅ……ぁ、…ななし2……???」
やはりななし1も気分が悪いのか、目を細めて彼女を見た。
生きていた事にホッとしながら、ななし2はななし1の上半身を起こしてやる。
お互いの無事を確認し合い、まずはホッとした二人。
だが、それも束の間、二人は身を寄せあって周りを見渡す。
見渡す限り、荒野と岩しかない。道と言う道は、見当たらない。アメリカのロックキャニオンに似た景色に、二人して声が出なかった。
元々居た部屋では夕方だったはずだ。それが此処ではまるで正午とでも言わんばかりに太陽が高い位置にいるではないか。
時より吹く強い風が、二人の服と髪をバサバサと音立てる。
「………ななし2……何が……」
ななし1が口を開いた瞬間、二人の背後からジャリ、と音がした。
二人ともが恐る恐る振り返ると、10メートルも離れていない大きな岩に、人影が。
これでなんとか助かる!!とお互いが思ったのも束の間、二人の脳に再度危険信号が走る。
岩に立つ男は、日に焼けたのか少し色黒で、見たことが無い姿だ。
普通よりかなり尖った耳に、手に持ったランボーナイフ。岩を飛び降り、段々と近付いて来て見える男の顔は、まるで薬中の様に焦点が定まっていない。気がつけば男意外にも、仲間と思われる耳の尖った男達が、ゆっくりと周りを囲むように増えている。
飢えた野生動物が獲物を捕食するまでの過程の様に感じた。
ななし2は、ななし1の手を強く握り、駆け出すタイミングを見計らう。
ここまで男の人数が多くては勝算が低い事も頭では分かっている。男のナイフからして、下手をすれば先に待つのは"死"だ。ただ、今の彼女に出来ることは、これしか無かった。
「…ななし1、ポケットに何か入ってない?」
「ぇ、なんで…?」
「いいから!!早く!!」
「ぇっと、あっ、コレでいい…!?」
低めの声でななし2がななし1に言えば、ななし1は慌ててポケットを漁る。
コレでと言われたモノをななし2は隠す様に手に取り、今か今かとタイミングを見計らう。
ーーー
砂利音を経てながら、男達が近寄ってくる。
リーダー格であろう男が舌なめずりをしながら一歩ずつ近寄れば、ななし1とななし2も一歩ずつ後ろに下がる。
「お前ら、今日はツイてたなぁ。こんな所に女二人で居る方が悪いんだ。恨むんじゃねぇぞ??」
男が、ランボーナイフを振りかざす。
「っ…それっ!!!!」
「!?………何だ…!?」
「ななし1!!」
ななし2は手に握ったモノを上に投げると、ななし1の手を引っ張り、そのまま勢いよく荒野を走る。
何が投げられたかと上を見る男達の間をすり抜け、無我夢中で走った。
投げられたモノが、とある男の額にゴツンと当たった。ランボーナイフを持った男が何かと拾えば、手にしたのはスマートフォン。
初めて見るモノに何だこの板はと男は首を傾げるも、猫だましを喰らってしまった事に憤りを覚え、スマートフォンを足で思い切り踏み潰す。
「お前ら!!あの女共を逃がすなぁっ!!!」
「っ、やっべ!!追ってきた!!、ななし1、あの岩、曲がるよ!!!」
「ぅ……うんっ!!」
声を上げて追いかけてくる男達から振り切る様に、息を切らしながら走るななし1とななし2。
どうせこんな荒野じゃ体力が切れた方が負けになる。ななし2は何とか逃げ切る事が出来るよう、岩を曲がった先に、何かがある事に賭けをした。
ーーーーーー
向かい風が強く吹く中、岩を曲がろうとすると、ななし2の後ろを走るななし1が口を開いている。
「ねぇ、ななし2!!何か、聞こえる!!!」
「え!?なに!!?聞こえない!!!」
「何か!!!聞ーこーえーるー!!!」
「………えぇ!!??なに!!??」
「だーかーらー!!!!なーにーかー!!!聞ーこえ……危ないっ!!!!」
大声を出しながら走るのだが、ゴウゴウと吹く風の音が、二人の会話を遮ってしまう。必死に何かを訴えるななし1の顔を、ななし2は振り返りながら険しい顔で見る。
岩に差し掛かった時、ななし2の目の前に突如出てきたソレに、ななし1は思い切りななし2の腕を引っ張った。
ーーズシャーッ
「「っ!!!!」」
砂煙を上げながら現れたソレに、間一髪で二人は岩場に倒れ込んだ。
近くまで追い付いてきた男達が、何事かと足を止める。
「コイツら?あの変なヤツの正体って??」
「…それはどうか分かりませんが、一般人が襲われているのは間違いがない様ですね。」
「…ったく、どいつもこいつも飽きねぇな、モテモテじゃねーの、三蔵サマ。」
「うるせぇ。とっとと片付けるぞ。」
聞き覚えがある声が、上から響く。
砂煙の中、恐る恐る目を開けたななし1は、飛び出してきたソレを見ては目を見開いた。
「………え…っ!?!?」
そこにいたのは
三蔵一行。
漫画やアニメで見た彼等が、今、自分の目の前に居たのだから。
深緑の乗り物、ジープから降りてきた男、ななし1のよく知る男、八戒が、二人に駆け寄り、膝をつく。
「大丈夫ですか??妖怪は僕達が何とかしますから、貴女方はここを動かないでくださいね。」
「……は、はい…!」
ななし1は驚きを隠せないまま頷けば、信じられないと言わんばかりに口を両手で覆った。
ぅん、とななし2も身体を起こし現状を見れば、何事かと空いた口が塞がらない。
そんな二人の姿を見た八戒は、ニコリ、と彼女達に笑みを浮かべ、男達…もとい、妖怪達へ足を運んで行く。
ななし1とななし2は顔を見合わせると、今起きている現実に、言葉が出なかった。
ーーーーーー
ーーーー
彼等が妖怪達を倒すのに、そんなに時間はかからなかった。
次々と倒れていく妖怪達を見て、ななし2は一言中々グロいな、と手を口で抑えながら一人ゴチる。
この広い荒野で立っているのが四人だけになると、彼等はジープに戻って来た。
お礼を言おうと、ななし2は立ち上がると、未だに座り込んだままのななし1に手を差し伸べて立たせる。
「……あのっ、ありがとうございました、お陰で命拾いしました…!」
深々と頭を下げるななし2に、ななし1も習って軽く頭を下げる。
「いや、いーのいいの!!可愛い女の子に手を上げる奴は、この悟浄様が何時だって助けてやるから♪」
「うるせぇこのエロ河童!!」
ひょうきんに二人に近づく赤髪の男に、金髪の男が何処からともなく出てきたハリセンでスパァンと叩く。
「痛って〜!!何しやがんだ!この生臭坊主っ!!」
((……うわー、本当に三蔵と悟浄だ……))
「なぁ、二人とも、ケガしたりしてないか?」
如意棒を担いだ少年、悟空が二人に不思議そうに聞いてくる。服や顔に付いた砂埃を叩きながら身体を見ると、奇跡が起きたのではないかと言うくらい、二人とも無傷。
大丈夫だと伝えれば、悟空は良かったとニカッと笑顔で答えてくれた。
「…それにしても貴女方は、どうしてこんな所に?旅をしている様な格好でも無いですし…。」
先程の強い光との関係も気になります、と言う八戒の問いに、ななし2とななし1はドキッとして顔を見合わせる。何と説明すればいいか、少し目が泳ぐ二人だったが、問いに答えたのは意外な人物だった。
「それには、俺が答えよう。」
再度激しい風が吹いたと思えば、ななし1とななし2は再度目を見開く事になった。
急に突如と無く現れた、
観世音菩薩。
((と、次郎神だ…!!!))
不敵な笑みを浮かべながら歩いてくる菩薩に、一行も何事かと目を見開く。
三蔵は舌打ちすると、袖から煙草を取り出して火を点けた。
「相変わらず生意気な根性してんなぁ、三蔵よ。」
「…うるせぇババァ。とっとと説明しやがれ。」
対立する二人に居たたまれない空気を感じたのか、ななし1はななし2の袖を握る。
「結論から言うと、この女二人は異世界の人間だ。」
「「「は???」」」
「「!!!!!」」
「……どういう事だ?」
突然の物言いに、目を見開いて彼女達を見る三人。
図星を突かれ、まさかの展開に肩をビクつかせる二人。
唯一、三蔵だけが特に驚きもせず煙草の煙を深く吸い込んでは吐き出した。
「詳しい事は調べてるが、いわゆる"時空の歪み"ってのが発生してな。全く関係の無い人間がこの世界に迷い混んじまった。この女二人がその代償ってワケさ。」
「それがさっきの光の原因って事か。面倒くせぇ。」
三蔵は面倒な事が起きたとでも言わんばかりに淡々と話すも、そんな表情を見た菩薩は再度ニヤリと笑みを浮かべる。
「コイツら二人が元の世界に戻るには、5つの経文が必要になる事だけは分かった。それがありゃ"時空の歪み"の研究が出来るからよ、三蔵、コイツらも旅に連れて行け。」
「断る。」
間髪入れずに断る三蔵。
悟空と悟浄はいまいち状況が飲み込めず、要はと訳す八戒の言葉を聞いている。
唖然と話を聞くななし1の頭に、ななし2が少し口を近付けて言う。
「……私たちが"知ってる事"は黙ってた方が良い…。」
「うん…、分かった。」
顔だけは一行達の方を向きながら、二人はアイコンタクトを取り軽く頷く。ななし2はキリッと前を向くと、三蔵と菩薩の会話に割り込んだ。
ーー仮に、 観世音菩薩が"漫画"の事を知っていたとしても、私たちが "知らないフリ"をすればいいーー
「あの、私達はその経文…って言うのを集めれば、帰れるんですよね?…経文がどんな物なのか、教えて頂けませんか??」
「フッ……お前らの探す経文の一つは、このガキが身に着けてるコレだ。」
「おい、気安く触るなババァ…!」
知ってましたけどね。と内心思いながら、丸で初めて見ましたとでも言わん表情を浮かべるななし2。ななし1は最初こそ何でそんな知ってる事を聞くんだと言いたかったが、思えば此方が一方的に知っているだけで下手に話せば怪しまれてしまう事に気付き、ここは彼女に任せようと口をつぐんだ。
「………私達は…私達を知る人は、誰も居ません。文字も言葉も、この世界でどこまで通じるのかすら分かりません…。お金だって、今持っている物が使えるかすら分かりません…だから、助けて頂けないでしょうか…!!」
半心本音のななし2が、再度深々と頭を下げて三蔵に訴える。ソレを見たななし1も、一緒に頭をペコリと下げた。
これがダメなら一生このままか、とななし2息を飲んだ。
そんな姿を見た一行の三人は、
「なぁ三蔵!!二人も仲間が増えるんだぜ?!俺、すスゲー楽しみだ!!」
「そーそーっ!こんな美女を二人も連れて行けるんだからラッキーじゃねーの??」
「本来なら危険な旅路で難しいとは思うのですが…彼女達も困っている事ですし、良いですか?三蔵??」
意外とサラッと受け入れるものだから、拍子抜けしたななし2は、へ?、と頭を上げる。
三蔵を見れば、二本目の煙草に火を点けて吹かすところだ。ななし1が三蔵に答えを問おうとすると、大きなため息を付いた三蔵が二人を睨み付けてこう言った。
「戦えねぇならせめて俺の邪魔だけはするな。出来ねぇ奴は町だろうと道だろうと置いていく。いいな?」
「「、!!…はいっ!!」」
結局頼まれ事には甘いんだな。と不敵に笑う菩薩は、後は頼んだと言い残し、次郎神と共に天界へと姿を消して行く。
再び風が強く吹き、砂嵐が起これば、もうそこに二人の姿は無い。
ーーーーー
「俺は悟空!!んで、三蔵に悟浄に八戒!!よろしくな!!」
わくわくと瞳を輝かせて言う悟空が、一行の自己紹介を簡単に済ませていく。
八戒がよろしくお願いします、と優しく挨拶すれば、ななし1は顔を赤らめながらこちらこそ!と返事を返した。今度はこっちの自己紹介、とななし1は口を開く。
「私はななし1って言います!よろしくね!!…で、こっちはななし2………ってななし2??」
隣に立つななし2の背中を叩こうとすれば、その腕は空を切った。
見れば、ななし2は緊張の糸が切れたのか、その場にしゃがみ込んでハァァと大きなため息を付いている。
「どうしたのななし2??何とかなりそうだし、一緒に冒険?できるし、良かったじゃん!!」
「………お前、ホント楽観的ね………。」
首を傾げながらも、どこかウキウキしているななし1を横目に、再度ななし2は大きなため息を付く。
ななし1との口裏合わせはしっかり何処かでしないといけないし、ジープだって二人も乗れるキャパがないだろう。
恐らく宿に着いたら…いや、着く前に"こっちの世界"の事を聞かれるだろうし、そもそも妖怪が死ぬところなんかリアルで凄く怖かった。恐らく今は能天気にキャッキャしてるななし1も一週間は食欲を無くすに違いない。動けなくなって三蔵に置いて行かれるなんて真っ平ごめんだ。
そもそも元々居た世界の時間軸はどうなっているのかも心配だ。
たった1、2時間の事なのにとっても長く感じ、なこれから訪れるであろう質問攻めと蘇る恐怖に、ななし2はああ、と広い空を仰いだ。
(…………あー、これから大丈夫かな………マジで……。)
こうして 二人は、三蔵一行の仲間入りとなったのだった。
end
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