仕事を再開させた黄瀬は、最初こそ多少ぎこちなかったものの、やはり黒子が思っていた通りすぐに感覚を取り戻し、それまでのように完璧にこなしてみせた。

最初の一回だけ、黒子は黄瀬について仕事場に足を運んだ。
さすがに初回は緊張やら不安やらで何かと大変だろうからと、自分の気持ちを押し隠して申し出た黒子に、黄瀬は一瞬驚いたような素振りをみせ顔色を曇らせたが、すぐに笑みを浮かべて同伴を了承した。
最初の反応が気にかかり首を傾げていると、格好悪いところを見せるかもしれないと不安に思ったのだと黄瀬は苦笑した。
そうなのか、と深くは考えず納得して、そんなものは今更だと返し、「ひどっ!」とショックを受ける黄瀬がおかしくて微笑を浮かべた。

黄瀬にとっては数ヶ月ぶりとなる仕事場で、久しぶりですね、とスタッフの一人に声をかけられた黒子は、その瞬間、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
メイク中、黒子は黄瀬の傍で目立たないように身を潜めていたのだが、一旦始まってしまうと納得がいくものが撮れるまで終わらないのが撮影だ。
おまけに今回はいわば今の黄瀬にとっての初仕事。感覚を取り戻すまでには時間がかかるだろうと予測された。
撮影が始まり、残された黒子は一人ぽつんとスタジオの隅の方に存在を殺すようにして座っていた。
その黒子に、スタッフが目敏くも気付き声をかけてきたのだ。
改めて辺りを見回した黒子は、他にも数人見知ったスタッフがいることに気が付き、一気に居心地の悪い思いを味わうハメになった。
以前はよく黄瀬に連れられて仕事場まで来ていたのだが、あることをきっかけにぱたりと訪れることがなくなったため、スタジオに来るのは本当に久しぶりだった。
まさか、一回だけと決めたそこで知っている人間に会うとは思わず、自分の運の無さを嘆きたくなった。

『黒子っち、一緒に仕事場に来てくれないっスか?黒子っちに格好いいところ見せたいんス!』
『黒子っちが来てくれないなら、俺もう仕事には行かない』
『黒子っちといる時間が減っちゃうから、もう辞めちゃおうかな』
『俺から離れないでね、黒子っち』

ぞわぞわと肌が泡立ち、自身を抱き締めるように交差した腕に力がこもる。
どうかしましたか、と誰かに声をかけられたことでハッと我に返る。
そこにはさっき声をかけてきたスタッフが立っていて、次いで自分がどこにいるのかを思い出す。
大丈夫です、と返す前に撮影の区切りがついたらしく、カメラの前に立っていた黄瀬が駆け寄ってくる。

「俺、どうだった?格好よかったっスか?」
「…そうですね」

えへへ、とご機嫌に笑う黄瀬の横で、黒子は平静を装うことに必死だった。
思い出さないようにと心の奥に封じ込め、最近ではあまり思い出さなくなっていたのに、やはり環境が変わるとそうもいかないらしい。それは余程根深く黒子の中に刻まれているようだ。

『俺、格好よかった?惚れ直した?』
『俺だけ見ててよ、黒子っち』

耳に甦る言葉を打ち消そうとする黒子の横で、黒子と黄瀬を交互に見たスタッフが、相変わらず仲がいいんですね、と微笑ましそうに笑うのを聞いて、まだいたのかと失礼なことを思ってしまう。
余計なことを言いやしないかとひやりとする黒子を余所に、上司だろう人物に呼ばれたスタッフは会釈をしてあっさりと去って行った。
仲がいいなんて当たり前っスよね、と嬉しそうに笑う黄瀬もまた、衣装チェンジだとかで名残惜しそうにしながらも去って行き、黒子は再び一人になった。
それからひたすら心を落ち着けるように、何も考えないように努めていた黒子は、撮影が終わる頃には顔色が真っ青になっていて、それを自分のせいだと思ったのか、何度も申し訳なさそうに謝る黄瀬に支えられ家に帰るはめになった。
結果的に、心配していたようなこともなく、早くも仕事場に馴染んでいた黄瀬に、これでは自分がくる必要などなかったではないかと、黒子はただただ情けない気持ちで一杯だった。




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