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君に気づかされてからの物語【前編】(練白龍)


よく晴れたある土曜日。高校の同級生夫婦の結婚式に俺は参列していた。新郎・アリババは高等部からの学友で、新婦・モルジアナは高一の年明けの転校生。誰とでも仲良くなれて学年中の人気者のアリババを介して親しくなったモルジアナは、俺の初恋の女性だった。

初恋の女性に俺が告白したのは高一の終わりで、アリババと彼女が付き合いはじめたのは高二の夏休み明け。彼氏持ちになったモルジアナを諦めきれない俺は、二人の友人であり続けて結婚式にも招待されて。二次会も参加の意向を示していたが当日になってどうしても気が乗らず、参加費を払ってドタキャンしてきたところだ。

アプリで式場の前に手配したタクシーに乗って行き先を指定すると、JR新宿駅東口に向かって車が走り出す。自分以外の男と想い人が永遠の愛を誓う場面を見てきたのに、思いのほか心は晴れやか。

まっすぐ家に戻りたくなかった俺は、スラックスの右ポケットからスマートフォンを取り出す。タクシーの目的地の近くにある居酒屋に、通話相手の幼馴染を呼び出した。



新宿・歌舞伎町の居酒屋チェーン店に着くと、すでに幼馴染・名無しの権兵衛が奥のテーブル席にいる。テーブルにはいいちこのボトルとアイスペール、そして塩辛。心の中で俺が密かに名づけた"権兵衛の居酒屋三種の神器"だ。俺のスーツ姿を珍しがる幼馴染は少し酔いが回っているようで、ほんのりと頬を染める。

「結婚式…今日だった」

「そう」とだけ答えた権兵衛は自分のグラスに焼酎を注ぐ。脱いだジャケットを椅子にかけた俺が腰を下ろすタイミングで「ビールでいいよね」と確認した幼馴染は、俺の返答を待たずに卓上の呼び鈴を右手で押した。もちろん、権兵衛の確認への俺の答えは"イエス"。

ビールが運ばれるまでの間に二次会の件を話すと、相槌こそ返すが幼馴染の反応は決してよくない。新郎新婦と権兵衛は俺を介して数回会話した程度で、当然結婚式に招待される間柄ではなかった。おそらく高校卒業後は二人と会っていないはずで、同級生同士の学生結婚に興味がなくても無理はない。

そんなことを考えていると、黒いTシャツを着た店員が中ジョッキを片手にやってくる。店員が去るのを待って権兵衛の麦焼酎ロックとジョッキを軽くぶつけた。

「白龍もバカだね。ずっとモルジアナさんを待ってたんでしょう?」

権兵衛がそうこぼしたのは、ジョッキを俺が傾けている最中。少なからず図星で、俺の眉間に皺が寄っていく。

アリババと別れたモルジアナが俺の胸に飛び込めば、心変わりして俺を想ってくれれば。そう願いながらも二人の親密な関係を知る俺は何もできずに四年間を過ごした。その間、別の相手を作ろうともせずに待ち続け、ついに二人は夫婦になって。幼馴染の発言に急いでジョッキから口を離し、ビールの苦味を喉の奥に流し込む。

「それはおまえも同じだろう?」

俺の発言に権兵衛は大きく目を見開き、塩辛に向けていた視線を俺に向ける。人生の八割をともにする幼馴染は、ずっと前から叶わぬ初恋を引きずっているのだ。

俺たちの出会いは四歳のとき。権兵衛と同じ曜日、同じ時間に俺の五歳上の姉・白瑛がピアノ教室に通っていて。俺の姉を実姉のように慕う一人っ子の権兵衛と、姉にくっついて教室に来た俺が面識を持つのは当然だった。

そのピアノ教室に通ったのは姉だけではない。実は姉の上に兄が二人いて、彼らも同じ教室の生徒だった。権兵衛の初恋の相手は二番目の兄・白蓮。明るく人懐っこい性格で年上にも年下にも好かれた当時十七歳の次兄は、俺の幼馴染の心も射止めたのだ。

しかし、俺の生家が放火で全焼した際に二人の兄と父が帰らぬ人になっている。当時まだ次兄は十九歳だった。六歳で突然の別れを強いられた初恋の相手を、未だに権兵衛は思い続けている。そのせいで二十歳になった幼馴染に彼氏の一人もいないと聞けば、余計なお世話と知りつつも口を挟まずにはいられない。

「ほっといて!」

周囲の視線が俺たちの卓に集まるほど声を荒げた権兵衛は、罰が悪そうに右手でグラスを掴む。幼馴染の幸せを願っているのだから放っておけないと返せば、「わたしの幸せが何かも知らないくせに」と彼女は反発した。

仮に"次兄と結ばれる"以外の恋愛における幸せが権兵衛にあるとして、その正体はわからない。言葉を紡げないまま権兵衛の視線に俺が耐えていると「わたしだって諦める心積もりはできてるんだから」と彼女はつぶやく。

「デートするの…デート!マッチングアプリでマッチした人と!」

おしぼりの隣に置かれたスマホを操作し、マッチングアプリと思しき画面を権兵衛が俺に見せる。画面の中の男は黒い長髪で、表示したすべての写真でゴールドの太めのアクセサリーを複数身に着けていた。インカレサークルの副代表だの居酒屋のバイトリーダーだの、知らない男について話す権兵衛の笑顔に苛立ちが募る。

「やめとけ、こんな軽薄そうな男」

「人は見た目によらないんだよ。確かにチャラそうだけど結構かっこいいじゃん!…だいたい白龍には関係なくない?」

素性も知らないくせに他人を軽薄そうと下げたのは確かに俺が悪かった。かといって、なぜ権兵衛は会ったこともない男の肩を持つのか。何より関係ないと言いつつ男と会うと俺に一報を入れる幼馴染も、俺の不機嫌に拍車をかける一因だ。

「関係ないって、俺は」

「わたしの幼馴染。それ以上でも以下でもないんだから」

たとえ人生の八割をともにしようと、権兵衛にとっての俺はただの幼馴染。それ以外の何者でもないと面と向かって言われれば、反論の余地は残されていない。権兵衛に同調したものの、内心で俺は納得していなくて。胸の内に抱えた苛立ちをさらに肥大化させたまま、この日はお開きになった。



友人の結婚式から十日後。ホテルのバーでアルバイトしている俺は、課題を理由に普段より二時間早く退勤していた。月曜日とはいえ二十二時とこれから忙しくなる時間帯なのに、学業のために融通を利かせてくれるマスターには感謝してもしきれない。

「白龍くんっ!」

渋谷駅に向かって歩き出して数秒後に俺を呼び止めたのはアラジン。彼はアリババ同様に高等部からの学友で、高一の体育祭前は権兵衛にちょっかいをかけていた。今はもう権兵衛を恋愛対象として見ていないと本人は言うが、遊び人ではないが女好きのアラジンを見る限り決して安心はできない。

「権兵衛ちゃん、彼氏できたのかい?」

初耳の情報に詳細を問うと、男と手を繋いで道玄坂を上る権兵衛を見たとアラジン。人違いではないかと指摘しようとする俺を見透かした友人は「別の大学に行ったからって権兵衛ちゃんを僕が見間違うわけないさ」と付け足す。

アラジンが見た女性の服装は、SNSのストーリーに"親しい友達"限定で権兵衛が昨晩投稿したワンピースに酷似している。昔からパンツルックを好む幼馴染がコンサバティブなワンピースを投稿していたから、レディース服に興味のない俺の記憶にも残っていた。

「ふうん、じゃあ勝負服なんだね」

マッチングアプリで出会った男と会うと権兵衛が言っていたことを告げると、アラジンは納得したように頷く。付き合っているならまだしも、たかだかマッチング後の初顔合わせ程度で気張る必要はない。こめかみをひくつかせながら呟く俺に、怪訝そうにアラジンは首をかしげる。

「ええっ…でも手を繋いだまま権兵衛ちゃんとその男の人がホテル街に入ったのを見たよ」

「はあっ?…なぜそれを早く言わない?」

思わずアラジンの両肩を掴むと、彼は短く声をあげた。すぐ手を離して謝罪したあと、二人が歩いていた場所の詳細を問う。アラジンが口にしたのは渋谷周辺では名の知れたホテル街。この目で権兵衛を見るまでは信じたくないが、アラジンが嘘をついているとも思えなくて。喉元に迫る大きなため息を俺はぐっと堪える。

「わかった。礼は今度必ず」

右手を挙げてアラジンにそう告げた俺は、急いで道玄坂に向かう。一人取り残されたアラジンの呟きは、もちろん俺には聞こえなかった。

「…やっぱり白龍くんが好きなのは権兵衛ちゃんじゃないか」



ホテル街に着いたはいいが、ホテルの外観にたいした違いはないし、どこもかしこもカップルだらけ。ネオン街といえど二十三時を回っているうえに、権兵衛は普段と異なる系統の服に身を包んでいる。そうなれば、十六年来の幼馴染といえどなかなか見つからなかった。

「わたしたち付き合ってないし…っていうか今日会ったばかりだし」


決して聞き間違えるはずのない声に振り向くと、安っぽいホテルの前に一組の男女がいた。歌舞伎町の居酒屋で見せられた写真と同じゴールドのアクセサリーをつけた男に、巻き髪にワンピース、細くて高いヒールのパンプスが鼻につく女。権兵衛だった。

なるべく音を消して男の背後から二人に近づく最中、繋いだ手を離した男が権兵衛の肩を抱く。男に体重をかけられた幼馴染がふらつくと、抱き止めた男がどさくさに紛れて彼女に顔を近づけていた。視線を権兵衛に向けると、わずかながら抵抗していて。幼馴染の本音に気づけば考えるよりも先に身体が動いていた。

「やめろ」

背後から男の両肩を掴んで権兵衛から剥がし、奴を地面に転がす。支えを失った幼馴染を抱き止めると、彼女と視線がぶつかった。かなり飲んでいるのか顔は赤く、俺を呼ぶものの呂律は回っていない。初めて見る大粒のラメを乗せた目元に吸い込まれそうになりつつ、男の呻き声で俺は我に返る。

起き上がった男は「何だよこいつ」と俺を指しながら権兵衛を睨む。幼馴染の脚がしっかり地面を踏みしめているのを確認してから手を離しつつ、二度と彼女に近づくなと俺は告げた。

「ケッ、ホテル前までノコノコついてきてカマトトぶる女なんか、こっちから願い下げだよバーカ!」

捨て台詞を吐いた男は権兵衛を突き飛ばして逃走。アスファルトに尻餅をつく幼馴染に声をかけつつ、俺は彼女に右手を差し伸べた。俺の手を使って立ち上がり、ここに俺がいる理由を問う権兵衛の表情には安堵が色濃く浮かぶ。

「…そんなことより、あいつの言う通りだ!こんなところまでノコノコついてきて」

能天気な問いに思わず声を荒げれば、権兵衛の肩が震えた。無理矢理ホテルに連れ込まれそうになった被害者を責めたことに謝罪しつつも、引き続き視線で答えを求める。少し待って幼馴染が口にした言い訳は、飲み直そうと思ったこととホテル街の土地勘がなかったこと。

権兵衛も権兵衛だ。マッチングアプリ自体も初めてなのに、素性を知らない男と夜の飲み屋で二人きりなんて。あの男と会うことが決まってから今日まで、このことは俺以外の誰かにも話しているはずで。幼馴染に注意点を教える者はいなかったのか、と自分を棚に上げて嫌悪した。

身体目当てなのは見え見えだし、初対面の男への警戒心がなさすぎる。権兵衛をカマトト呼ばわりしたあの男のことだ、彼女が男慣れしていないのも見切っていたはず。それを指摘すれば、「なんで…いつも白龍はわたしの恋路を邪魔するの?」と権兵衛は声を震わせる。

思わず「は?」と反射神経で返すと、俺のせいでいつまで経っても恋ができないと幼馴染。権兵衛が恋しているのは蓮兄であり、俺は弟にすぎない。そもそも生きている俺が恋を遠ざける元凶なら、なぜ俺の学校に中学受験したのか。そんな疑問をぶつける間も与えず、震え声で権兵衛は呟く。

「叶いもしない恋を捨てられずにモルジアナさんばかり見てたじゃない」

「…は?」

「モルジアナさんが転校してきてからの三年間、わたしを白龍が見てくれたことなんて一度もなかった」

幼馴染の口から紡がれるアクロバットな展開に俺はついていけない。なぜここでモルジアナが出てくるのか。どうやら権兵衛は俯きながら泣いているようで、彼女の足元のアスファルトに黒い染みが落とされていく。身体の震えに合わせて幼馴染の瞼のラメが蛍光色のネオンを反射する。

「わたしには見向きもしないくせに、わたしの恋に口出ししないで!」

「…え?」

十秒近いの沈黙の後に我に返った権兵衛は、先ほどの男が去ったのと同じ道を駆けていった。幼馴染の発言を咀嚼しきれない俺はその場を動けず、ホテル街に取り残される。おそらく権兵衛は俺を好き。その事実に、やけに俺の心臓はうるさく速く音を立てた。



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