Short | ナノ


怪物さん(シャルルカン)


<いい?ゴンベエちゃん、伝説の天才"ヤムライハ"のようになりなさい>



これは物心のつく前から母に浴びせ続けられた呪い。"ヤムライハ"は同郷出身で二歳上の魔導士。マグノシュタット学院始まって以来の天才で、魔導国家の国民なら誰もが彼女を知っている。

わたしはといえば、ムスタシム王国時代から続く旧家に生まれた魔導士。家柄にこそ恵まれたものの、決して美人でもなければ魔法の天才でもない。魔導士の国ならどこにでもいる、普通の女の子だった。

平凡を具現化したようなわたしに、天才魔導士の再来を求め続けたのは母。ことあるごとに”ヤムライハならこんな失敗はしない”、”ヤムライハはもっと上を行く”と言われて。

母の言葉をバネに猛勉強を重ねたわたしは、マグノシュタット学院を首席で卒業。"ヤムライハに次ぐ逸材"と学院の先生方からも言葉をかけてもらったときは、今までの苦労が報われたようで涙が止まらなくなった。

卒業式が終わるなり、学友との懇談も断り、すぐわたしは帰路につく。学院の先生たちにも認めてもらえたことを母に伝え、一言でもいいから褒めてもらいたい気持ちでいっぱいだった。

「ゴンベエちゃん、シンドリア行の乗船券を取ったから」

帰宅したわたしの顔を見るなり、母が告げたのはシンドリア王国への留学。卒業後の進路に留学を希望していたのは事実だが、個人的にはレーム帝国を希望していた。母が南の新興国に留学先を決めた理由は、そこに"ヤムライハ"がいるから。天才魔導士の近くで多くを吸収し、彼女のようになるよう母は言う。

「留学費用は心配しなくていいから。必要があれば何でも言いなさい」

「…はい、ありがとうございます」

旧家に生まれて幼少期から裕福な生活を送っていた母と、母の家の使用人だった父。母方の実家からは大反対されたものの、わたしを身籠ったことで大恋愛を成就させたと聞いている。しかし、元々”主と使用人”の関係だったこともあって、父は母に頭が上がらなくて。

事あるごとに“ヤムライハ”と口にする母を表立って諫めることはなく、母のいないところでわたしを宥めるのが父の精一杯だった。その父も数年前に流行病で他界して、”ヤムライハ”のなり替わりを娘に求める母を咎めるものは誰もいない。

一人娘の母には祖父母も甘くて、わたしの出来が悪いのも「使用人の血のせい」、未だに「だからあの男との結婚には反対したのに」とわたしに面と向かって言う。母も母で、好き合って結婚したはずの父を悪く言われても、両親に何も言い返さないどころか同調するばかり。

首席で卒業しても、学友や先生に褒められても、まだ足りない。母に認めてもらえると期待していたわたしは、泣きべそをかきながら身支度した。



「ゴンベエちゃん、この魔導書の三百九十五ページなんだけど…」

数年後。シンドリアに留学したわたしは、真っ先にヤムライハ様の目に留まった。天才魔導士は噂に違わず魔法に長けているだけでなく、人格も優れていて。ムスタシムの良家出身という共通点もあり、わたしたちが仲よくなるには時間はかからなかった。

王の側近として働く以外では、基本的にヤムライハ様とわたしは行動をともにしている。「ヤムライハとゴンベエは本当の姉妹みたいだね」と、王の右腕のジャーファル様にも言われるくらいだ。

「ゴンベエチャン!おっはよ〜ォ!」

ヤムライハ様と並んで廊下を歩くわたしの背中に、勢いよく重みがのしかかった。体重だけでなく、幾重にも重ねづけされた金属の重みも背中に感じて。またこの時間が来た。嬉しさと悲しさが、わたしの心をいつもきつく絞めつける。

「あんた、ゴンベエちゃんから離れなさいよ!苦しそうにしてるでしょう?」

「おまえなんか呼んでねーよ!」

わたしの背中に体重をかけたままヤムライハ様と言い争いを始めるのは、シャルルカン様。暗黒大陸に近いエリオハプト王国出身で、天才魔導士と同じく王の側近の一人だ。そして、ムスタシムで魔法漬けだったわたしの初恋の人でもある。

「悪いな、ゴンベエチャン。重かったよなァ?」

「いえ…わたしは大丈夫です」

憧れの男性に話しかけられた嬉しさと恥ずかしさのあまり、わたしはシャルルカン様から目を逸らしてしまう。しかし、逆にそれが怒っていると思わせたようで、「ほら」とヤムライハ様がつぶやく。天才魔導士の言葉に焦ったシャルルカン様は、わたしへの謝罪を繰り返す。

「お気になさらないでください、シャルルカン様」

勇気を振り絞り、わたしは顔をシャルルカン様に向ける。蚊の鳴くようなつぶやきを聞き逃さなかった初恋の相手は、太陽のような笑顔で「よかった」と返す。

その笑顔がたまらなく好きで、わたしの心臓はきゅっと音を立てる。王宮食堂のテラス席で朝食中のマスルール様に気づくなり、後輩の元に行くと言ってシャルルカン様はわたしたちから離れた。

「あいつ…いつもゴンベエちゃんにちょっかい出して。何なの?」

わたしの背中をさすりながら、ヤムライハ様がわたしの顔を覗き込む。天才魔導士に謝意を告げ、わたしたちも早く朝食を取りに行こうと彼女を促した。



近年軍拡の一途をたどる東国の"マギ"がシンドリアを襲撃したのはこの日の昼。ヤムライハ様と王自慢の防御結界が破られた。再侵入を防ぐべく、わたしたち魔導士は一丸となって防御結界の研究を重ねている。紅茶で一息つく休憩中、隣のヤムライハ様がわたしに声をかけた。

「今ふと思ったんだけど。あいつ、ゴンベエちゃんのこと好きなのかな?」

天才魔導士の言葉に、どくりとわたしの心臓が脈を打つ。ヤムライハ様が"あいつ"と言う相手など、一人しかいない。耳にした言葉を信じたくないわたしは、あえてわからないふりをする。

「えっ…、"あいつ"って誰ですか?」

「"あいつ"は"あいつ"…シャルルカンのこと!」

ヤムライハ様から告げられたその名に、絶望が心を埋め尽くす。

「毎朝のようにゴンベエちゃんに抱きつくし、あれはきっとゴンベエちゃんが好きなんだよ」

新しい魔法式を見つけたときのように、実験が成功したときのように。ヤムライハ様は眩しい笑顔をわたしに向けていて。泣きたくなるのをぐっと堪え、わたしは鈍感なふりをする。

「そんなことないですよ〜」

「ゴンベエちゃん」

いつになく真剣な声色で、ヤムライハ様がわたしを呼ぶ。声色と遜色ないほど真剣な眼差しが、わたしに向けられていた。

「おちゃらけて軽そうに見えるかもしれないけど、あいつはいいやつだから。ゴンベエちゃんが嫌じゃなければ、あいつと幸せになってくれたら私は嬉しい」

天才魔導士から紡がれた言葉は、本心だろう。それがわかるから、悲しさと嫉妬と情けなさと、色々な感情が一気に雪崩れ込む。入り混じった感情がコントロールできず、堪えていた涙が決壊した。

「ちょ…ゴンベエちゃん?なんで泣くの?…そんなにあいつが嫌い?」

突然の涙に狼狽える天才魔導士に、わたしは首を横に振る。わたしの好きな人がヤムライハ様を好きで、それに彼女が気づいてないだけ。何も悪くないのに困らせたくない。とめどなく頬を伝う涙をなんとかせき止め、一人わたしは部屋で休ませてもらった。



ヤムライハ様はシャルルカン様を恋愛対象として見ていない。それくらい最初からわかっていた。信頼を置く仲間と愛弟子がくっつけば、天才魔導士が嬉しいのもわかる。しかし、わたしの想い人がヤムライハ様を思い続ける限り、それは永遠に叶わない。

シャルルカン様がわたしに毎朝抱きつくのも、ヤムライハ様の興味を引いたり彼女に嫉妬させたりしたいだけ。それでも、触れてくれるのが嬉しくて、わたしは抵抗できない。ヤムライハ様の反応に一瞬だけ顔を曇らせるシャルルカン様に傷つくのは、他でもないわたしなのに。

<いい?ゴンベエちゃん、伝説の天才"ヤムライハ"のようになりなさい>

ムスタシムで暮らす母の言葉が、脳でリフレインする。ヤムライハ様には及ばないものの、学院を首席で卒業した。自分でいうのもなんだが、シンドリア王宮の魔導士でもわたしは優秀な部類だ。

それでも、何一つわたしは満たされない。わたしはわたしであり、決して天才魔導士ではないから。どんなに"ヤムライハ様のように"なれても、彼女自身にはなれない。シャルルカン様がお慕いするのは天才魔導士。"ヤムライハ様のような"わたしではなかった。

「もう…いなくなればいいのに」

部屋に向かう廊下で、ぽつりとつぶやく。誰に対して口にしたわけではない。

「ゴンベエチャン、あんた何バカなこと言ってんだよ」

わたしの左腕を背後から掴んだのはシャルルカン様。顔を見ていなくても、褐色の肌と足元の金飾り、声で正体はわかる。蚊の鳴くような声でつぶやいた一言が想い人の耳に入ってしまった。気づいてほしいなんて思っていないのに、そんなときに限って気づかれてしまう。

消えてほしい対象は、シャルルカン様を好きなわたしや、彼じゃなきゃ絶対に嫌なわたし。決してシャルルカン様でもヤムライハ様でも母でも、他の誰かでもなかった。

ヤムライハ様のそばでシャルルカン様への慕情を抱えるのが辛いからって、二人から離れる選択肢は皆無。シンドリアで魔導士として生きる以上、八人将たる魔導士の存在は無視できない。

それに、わたしがシンドリアで働かずに研究に明け暮れられるのは母のお金があるから。”ヤムライハがいるから”とシンドリアに娘を留学させた母が、この国を去ることを許してくれるとは到底思えなかった。

「あいつと喧嘩したのか?」

今のシャルルカン様にはいつものおちゃらけた雰囲気はない。先ほどのヤムライハ様と一緒で、わたしに真剣に向き合ってくれている。俯いたまま首を横に振るわたしに目線の高さを合わせようと、シャルルカン様はその場にしゃがんだ。

「ちょ…ゴンベエチャン?なんで泣くの?…あいつに何か言われたか?」

泣き腫らした目に気づいてわたしに優しくする想い人に、余計に涙が溢れる。わたしだって、こんなことで好きな人を困らせたくなかった。涙の理由を話しても、ヤムライハ様を想うシャルルカン様の気持ちは変わらない。どうしようもないし、誰も悪くないのはわたしが一番よくわかっていた。

「何があったか知らないけど、俺の胸でよければ貸してやるから泣けよ」

返事を待たず、わたしの頭を胸元に引き寄せるシャルルカン様。彼の優しさに、胸いっぱいに悲しみが広がっていく。あなたが好きなんて言えないし、この気持ちをわかってなんて言わないから。

一人の女性としてわたしを特別視していないなら、そこらの女と同じようにわたしを扱ってほしい。"ヤムライハ様の愛弟子"であること以外、そこらの女とわたしに違いなんてないはず。

そう思いながらも、そこらの女と扱いが違う自分に喜ぶわたしは矛盾している。シャルルカン様が慕う女性の愛弟子というだけなのに。わたしがヤムライハ様と仲よくなければ、こうして胸でを貸してくれなかった。それももちろんわかっている。

たとえこの恋が叶わないとしても、あなたのいないわたしなんて本当は考えられないの。



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