Short | ナノ


at least in my dream(ジャーファル)


「ジャーファルさん!俺です、開けてくださいっ」



繁忙期でクソ忙しくしているある夜。政務室の扉の前から聞こえたのは、シャルルカンの声だった。ドンドンと扉から音が聞こえるものの、なぜかその音は手の高さより下から聞こえる。

とはいえ、扉を蹴るほどシャルルカンの足癖が悪くないのは私も知っていて。終業直後から飲みはじめた後輩は酔っ払っている。その結論に至った私は、羽根ペンを卓上に置いて重い腰を上げ、自ら扉を開けた。

「あんたね、扉を蹴るなん」

「ちょ、静かにしてくださいよ!ゴンベエさんが起きちゃうじゃないですかァ」

突然シャルルカンの口から飛び出した恋人の名に、私の口は動きを止める。困り顔の後輩をよく見れば、私の恋人で女官のゴンベエを背負っていて。重力に従ってシャルルカンの背に全体重を預けるゴンベエは、ほんのり頬を染めながら寝息を立てていた。

恋人の私と同等の職位である八人将に対して、敬語でゴンベエは接している。「ジャーファルさんの彼女なら、私たちと友達になってよ」とヤムライハやピスティに言われても、頑として断っているくらいで。そんな恋人が八人将の背中で眠るなんて、平時の彼女を知っていれば到底考えられなかった。

「シャルルカン…貴様、ゴンベエに何を?」

「違います、誤解ですって!」

問いを言い切らないうちに否定したシャルルカンは、背中で眠る恋人を気遣うよう自身の背に視線を向ける。後輩の心配をよそに、変わらず規則正しい呼吸を繰り返して眠っていた。

「ジャーファルさん、その…ゴンベエさんを降ろしたいんですけど」

いつまでも問うシャルルカンに恋人を背負わせるのは、私にとっても癪だ。政務室のソファーに連れて行っていいかと問う後輩を、二つ返事で政務室に招き入れた。

三人掛けソファーに横たわったゴンベエにブランケットをかけるシャルルカン曰く、私の恋人を運ぶことになったのは偶然。オルバたちを連れて市街地で夕食を摂っていたところ、女官に呼ばれたのがすべての始まりらしい。

「仲のいい女官での女子会だったらしいんですけど、ゴンベエさんが飲みすぎて潰れちゃったみたいで…」

「"女性しかいない食事会で王宮にゴンベエを連れて行ける人がいない"と彼女たちが困っていたところ、たまたま同じ店にいた君に白羽の矢が立った…と?」

私の問いに、コクコクとシャルルカンは頷く。そのまま数人の女官を列挙して「なんなら彼女たちに聞いてもいいっすよ」とまで言うのだから、シャルルカンの発言は嘘ではないのだろう。

「わかった、君を信じるよ。でも…動けなくなるまでゴンベエが酔い潰れるなんて珍しい」

「そっすよねェ。でも女子会メンバーが言うには…飲むペースも量も一切強要してなくて、グビグビ飲んでゴンベエさんが一人で潰れたみたいっすよ」

食事の場では相手のペースに合わせて酒を飲み、相手が潰れるまで付き合っても人前で自分が潰れることはないゴンベエ。少しでも酔いが回ったと悟れば、よほど立場のある相手に勧められない限りすぐに水に切り替えられる女性だ。そんな恋人にまつわる証言に、私の頭は疑問符でいっぱいになる。

とはいえ、これ以上シャルルカンに聞いても埒が明かないのは目に見えていて。オルバたちを店に待たせていると聞き、急いで戻るよう後輩に告げれば、彼は政務室をあとにしようとする。部屋の前でシャルルカンを見送ってから一つ伝えていないことを思い出した私は、慌てて彼を呼び止めた。

「何すか?急がないとオルバたちが」

「…ありがとう、ゴンベエを連れて来てくれて」



あくまで政務室は執務の場で、私の部屋ではない。酒の匂いを漂わせる恋人をいつまでも政務室に置くわけにはいかず、仕事を一時中断して私室までゴンベエを背負って歩く。交際一年近くで恋人を横抱きにしたことは幾度もあれど、背負うのは初めて。

住み込みで働く恋人の部屋は、緑射塔のはずれにある。私が相手するような食客は緑射塔の中央に住まうことが多く、恋人の居住エリアに私が足を運ぶことはほとんどない。

緑射塔の中央から遠ざかるにつれて、人気はなくなっていく。南国とはいえ夜はそれなりに気温が下がり、廊下の開いた窓から抜ける澄んだ冷気が頬を伝う。唯一聞こえる右耳の近くの規則正しい呼吸に意識を攫われそうになるのを、ぐっと私は堪えた。

目的地に着いて軽く扉のノブを捻ったものの、予想通り施錠されていて。鍵が入った巾着を探し出そうと左手をゴンベエの帯の辺りに這わすと、くぐもった声で彼女は抵抗を見せる。

「ダメ…で…す」

左手に巾着越しの鍵を探り当て、感覚だけを頼りに見えない巾着の紐を解く。巾着に親指と人差し指を入れて鍵を探す間に、巾着の内側から官服越しにゴンベエの腿を指の腹がなぞる。ぴくりと左脚を震わせたゴンベエは、耳元に顔がなければ聞こえなかったであろう声量で再び抵抗した。

「ジャーファ…ル様じゃな…きゃい、や…」

「…複雑だな」

私以外には触れられたくないと言ってくれる喜びと、自分以外を夢に見ている悲しみ、触れているのが私と気づいてくれないことへの怒り。相反する思いに頭を悩ませていると、運よく巾着の中で金属の質感を探し出せた。急いでそれを両指でつまんで取り出し、鍵穴に入れて錠の落ちる音を待つ。

そっと扉を開けて寝台脇の灯りを点け、起こさないよう細心の注意を払いながらゴンベエを寝台に横たわらせた。官服の下に着ているシャツの一番上のボタンだけを外し、横たわらせたときに官服にできた皺を伸ばす。

官服に触れても一切起きる気配のないゴンベエは、相変わらず規則正しく呼吸しながらすやすや眠っていて。灯りで起こしたら悪いと思い、そのまま掛布団をかけて政務室に戻ろうとしたときだった。

「…行かないでください」

寝言にしては妙にはっきりした声とともに、官服越しに私の左腕を掴むゴンベエ。突然のことに戸惑っていると、ぐっと左腕を引っ張られ、ゴンベエが眠る寝台の脇に引き寄せられた。

「ゴンベエ…?」

現実世界で恋人が引き寄せているのは私。しかし、夢の中でゴンベエが引き寄せている対象は必ずしも私ではない。現に先ほどは私以外の誰かを夢に見ていたわけで。もっとも、先ほどと今でゴンベエの夢に登場する相手が同一人物かはわからないが。

「夢の中でくらい…ジャーファル様もわたしを最優先にして…ください」

「!」

思いがけない恋人の言葉に、その手を解いて政務室に戻ろうとしていた思考回路が完全に停止した。離れるどころかゴンベエの言葉を聞き漏らさぬよう、夢の中の恋人に耳元で問いかける。

「どういうこと?」

「…だって、現実のわたしは…シンドバッド様には敵いませんから。夢の中でくらい…好きな人の一番になってもいいでしょう?」

寝ぼけているのか定かでないものの、やけにはっきりとした口調でゴンベエはそう口にした。そのまま泣きはじめるように恋人は肩を震わせるが、一向に涙は出てこない。

泣いているのは夢の中だけと安堵したのは一瞬で、夢だろうとゴンベエを泣かせているのが自分と気づけば、罪悪感が押し寄せてくる。やはり恋人の言う通り、私の最優先はシン。仕事かゴンベエかと言われればゴンベエと答えるものの、シンが最優先であることは今後も揺るがない。

「…そろそろ戻らないと」

掴まれていない右手をゴンベエの左手の指に絡めるように重ね、そっと唇を落とす。胃の奥から込み上げる罪悪感をごまかすような、触れるだけの口づけに後ろめたさを覚えつつ顔を離すと、眠っていたはずの恋人と視線がぶつかった。



「ジャーファル…様?どうして…」

「ゴンベエ…水いる?」

ゴンベエの問いには答えず、酔い潰れていた彼女の体調を気遣う。市街地で女子会をしていたところまでは記憶にあるようで、女官は小さく頷いた。部屋の簡易厨房で水を注いだグラスを手渡すと、小さな声で恋人は礼を口にする。しかし、自身の質問をかわした私に、ゴンベエの瞳は不安げに揺れていて。

「その…さっき、変なこと…お聞きしました?」

恋人の言う変なことは、十中八九先ほどの寝言。ばっちり聞いていたものの、正直に答えるかは迷って。少し考えていると、不自然な間に交際約一年の恋人は大きくため息をついた。

「聞かれてしまったんですね…」

ぽつりとつぶやいたゴンベエの目には、じんわりと涙が浮かんでいて。あの寝言を私が聞いたとて、さほど問題はないはず。そう思う私にとってゴンベエの涙は完全に想定外。何がそこまで恋人を追い詰めたかさっぱりわからない私は、考えるより先に彼女の発言を否定した。

「聞いてない!変なことなんて…何も聞いてないよ」

「うそ、それならさっきの間は何だったんですか?」

「…"恋人の最優先でいたい"って気持ちは、ゴンベエにとって"変なこと"なの?」

意を決して口にすれば、ふるふると首を横に振るゴンベエ。彼女の目にたまった涙は、頭の動きに合わせて目から零れて掛布団に染みを作る。

「やっぱり聞いてらしたんじゃないですか…!」

一歳年下の恋人は、目を赤くしたまま私に視線を向けていた。私に聞かれたくない話を聞かれ、多少なりとも傷ついているはずのゴンベエ。そんな彼女に対して不謹慎とは思いつつ、初めて見る恋人の泣き顔も綺麗で。

「夢の中でも…もうあんなことを願ったりしませんから。ですから…わたしを嫌いにならないでくだ…んっ」

今度は正真正銘"変なこと"を口にするゴンベエに最後まで言わせぬよう、慌てて口を塞ぐ。顔を離せば、豆鉄砲を食らったような表情で私をゴンベエが見つめていて。首を振った際に零れた涙が唇の端に付いていたのか、口内には軽い塩気。

「私は嬉しかったよ…"私の一番になりたい"ってゴンベエが思ってくれて。嫌いになれるはずがないでしょう?どうしてそんなことを言うの?」

「だって…美人でもスタイル抜群でも何でもなくて、特別整ったパーツがあるわけでもない。それに特出したスキルもない有象無象の女官の一人でしかない私をジャーファル様が好きになってくださったことが奇跡なのに…。"シンドバッド様の次でも女性の一番ならいい"と思っていたのに、お付き合いするうちにシンドバッド様の次では嫌だと思うようになって…。ただでさえジャーファル様はわたしと釣り合わない恋人なのに、"もっと"って欲張りになる自分が嫌で…。身の丈に合わないわがままを言う女性なんて、ジャーファル様に嫌われても仕方ないでしょう?」

一気に言いたいことを捲し立てる普段は口数の少ない恋人に、一瞬私はたじろぐ。それでも、ゴンベエの言葉を聞いていくうちに、どんどん私の頬は緩んでいった。

「やっと…ゴンベエの本音が聞けた気がする」

「えっ…?」

「有象無象だなんて言ってるけど、君は女官としてすごく優秀だ。目に見える"特出したスキル"はないかもしれないけど、道端の小石拾いのような…気づかれにくいけど快適に過ごすために不可欠なことを、いつも先回りして君はやってくれるから」

石鹸の補充やゴミ出し、タオル交換にそれこそ中庭の小石拾いだって。他の女官がやりたがらないことをゴンベエが率先してやってくれているのを、彼女を雇った直後から私は知っている。そんなゴンベエに私が惹かれるまで、時間はかからなかった。

「本当はピピリカや他の文官から女官に伝えればいいことも、君にはわざわざ私が会って伝えに行っていたんだよ。…だから、付き合う前から文官たちに私の好意はバレバレでね」

自分の一方通行とばかり思っていたらしいゴンベエは、まだ潤いの残る瞳を大きく開きながら頬を染める。あまりに可愛すぎる恋人に今すぐ唇を寄せたい気持ちを、ぎゅっと自身の手首の内側を抓りながら堪えた。

「付き合ったあとも"政務官と女官"の立場を気にして、なかなか本音を君は口にしてくれなかったでしょう?だから…私も気にしていたんだ、上司から告白されて断れなかっただけじゃないかって」

「そんなわけありません!私は…ずっとあなた様をお慕いしております」

交際約一年で初めてゴンベエの口から聞けた好意に、体温の上昇を感じる。思わず寝台に左膝を乗せて、恋人の右肩を顎に乗せるようにして正面から彼女を腕に閉じ込めた。きっと今の私の表情はニタニタしているし、ゴンベエに見られたら幻滅モノだ。

「やっと言ってくれた。…好きだよ、ゴンベエ」

「はい…私もジャーファル様が好きです」

抱き締めた折に整えた表情を崩さぬよう気をつけながら恋人と視線を交わし、再び唇を重ねる。少し重心を前にかければ、いともたやすくゴンベエは枕元に崩れ落ちた。

「ジャーファル様…お仕事は?さっきも"そろそろ戻らないと"って…」

「何を言ってるの?あんなに可愛い本音を聞けて、仕事なんてできるわけないでしょう?今の私の最優先は君だよ」

私の言葉に、ただでさえ赤みが退かないゴンベエの顔はさらに真っ赤になる。間もなくして再び潤った恋人の右目尻から零れた涙を舌先で掬えば、ぴくりとゴンベエは顔を震わせた。

両手の指を恋人の指に絡めるようにして重ね、彼女の腿を跨ぐように正対して。私の一挙手一投足を窺うゴンベエの左耳に唇を寄せ、囁くように、しかしはっきりと彼女の耳に届くように思いの丈を私は口にした。

「今はシンよりも何よりも、一番大切なのはゴンベエだからね」



[ << prev ] [ 11 / 44 ] [ next >> ]
[ Back ]
[ Bookmark ]



2020-2024 Kaburagi.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -