毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


密輸(073)


食堂のテラスで、紅茶とともにカップケーキを私は食す。国を一望できるテラスで昼下がりを一緒に過ごすのは、素敵な髭を蓄えたダンディーな殿方。

…だったら、どんなに幸せだったろう。残念ながら、目の前にいるのは八人将の剣術バカだ。国内での有事に備え、私たちは食堂で待機している。

その"有事"が起きるのは、20回に1回。暇を持て余すとはいえ、黒秤塔に籠るわけにはいかない。持参した分厚い魔導書をめくり、暇を潰す。

「おまえ、俺がいるのに話もせずに魔導書かよ」

「あんただって、私といるのに剣を振り回してばかりじゃない」

お約束とばかりに、私たちの口論が始まった。オロオロとしながら、周りの軍人や文官は私たちに視線を送るだけ。八人将同士の争いを仲裁する度胸はないのだろう。

「シャルルカン様!ヤムライハ様!」

そんなとき、テラスにいる私たちの元に、1人の軍人が飛んできた。

「どうしたんだ?この静かさなら、南海生物じゃねーだろうけど」

息を整えた彼曰く、不審な観光客が現れたという。"不審な観光客"は、観光目的の入国許可証を持った夫婦と思しき男女。シンドリアの法律で国内への持込を禁止された物を所持しているらしい。

シンドリアでは、観光目的の入国者全員に入国許可証の提示を求めている。それとともに、不作為に選んだ入国者に対して荷物検査を実施していた。

「そんなの、捨てさせるしかないでしょう?」

頑なに彼らは断り続けてる、と私の主張に軍人が返す。"不審な観光客"が持つ禁止物はそんなにヤバいものなのか?とバカが問うた。

「それが、生き物の臓器らしくて…」

彼の言葉に、一気に血腥い空気が漂いはじめる。互いに目配せをしたバカと私は、臓器の処理役を相手に押しつけあう。

「まだ港の駐在所に2人はいますが、どうすれば?」

助けを求める軍人の目に、私は魔導書を閉じた。剣術バカも、剣を鞘に戻している。どうやら、今日が20回のうちの1回らしい。

「さあ、駐在所に行くぞ」



港の駐在所にいたのは、夫婦に見える2人。ともに40代後半から50代に見える。名前を尋ねると、2人して同じ苗字を名乗った。

私たちが確認する限り、彼らの入国許可証は本物に見える。王の印もあるが、精巧な偽物の可能性は否定できない。最終的な真贋の判断は、ジャーファルさんに頼むしかなさそうだ。

「例のものは?」

バカの言葉に、黒い袋を男性が取り出した。中身を問うたのは私で、女性の答えは「パパゴラス鳥の内臓」。私たちに実物を確認する度胸はないし、見たところで本当にパパゴラス鳥の内臓かはわからない。そのため、おぞましい禁止物を早急にしまってもらった。

「シンドリアの法律では、鳥類の内臓の持込は認められていません」

知りませんでしたか?と彼らに確認する。もっとも、本当に禁じられているかは私も知らない。先ほどの軍人の受け売りだ。私の問いに、彼らは首を横に振った。

「とりあえず、王サマが戻るまで王宮で待っていただきます」

バカの言葉に、私も頷く。一昨日から王は"トランの民"の元にいて、帰国予定は今日の夕刻。こんなときに限って、王に帯同するのはジャーファルさんだ。彼らの帰りを待つべく、私たち5人は王宮に向かった。



「…2人とも、何してるんすか?」

"不審な観光客"を案内した大広間に現れたのは、マスルールくん。簡潔に事情を説明する背後で、彼を見た囚われの身の男女は盛り上がっていた。

「あれはファナリスじゃないか!」

「レームのアレキウス様以来だから、20年ぶり?」

知り合い?とマスルールくんにバカが尋ねるものの、短く否定される。

「あの人たちは"20年ぶり"って言ってるでしょう?ほんとバカね」

「念のための確認だろーが。バカはどっちだよ、バーカ」

食堂の続きとばかりに、私たちは口論を再開した。マスルールくんは制止に入るが、私たちは口を閉じることを知らない。「俺は止めましたからね」と、呆れた彼の瞳が私たちに訴える。

「観光客の前で、あんたらは何をやってるんですか!」

私たちの喧嘩を止めたのは、他でもないジャーファルさんの雷。

「見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

帰国したばかりのジャーファルさんが、男女に謝る。政務官に倣って、私たちも"不審な観光客"に頭を下げた。

「シンドリア王国にようこそ」

ジャーファルさんの背後から響く、王の声。だいたいの事情は聞いている、と言って2人に王は向きあう。先ほどの軍人から入国許可証を受け取っていたようで、それをジャーファルさんに王が手渡す。さっと確認して、本物だと政務官は口にした。

政務官の指示に従い、パパゴラス鳥の内臓が入った黒い袋を、もう一度男性に取り出してもらう。内臓と知っても怯まず開封するのは、さすが元暗殺者。ジャーファルさんに呼ばれたマスルールくんは、内臓らしき物の匂いを嗅ぐ。

「何かしらの処理が施されているので、匂いはしません」

男性曰く、血を洗ってから真空状態で長期保存用にしてるという。

「この国の法律をご存知ないのは仕方ないとして、なぜ内臓を?そもそも、シンドリアへの渡航目的は観光でしょう?」

"不審な観光客"にそう尋ねたのは王。

「この国で働く一人娘に会いに来ました。これは娘への手土産です」

パパゴラス鳥の内臓なんかを手土産にもらって喜ぶ娘など、どこにいるのだろう。彼らの娘は、よほどのオタク趣味で物好きに違いない。自分の魔法オタクぶりを棚に上げ、心の中で彼らの一人娘に私は毒づいた。

「…一人娘?」

彼らの言葉に真っ先に反応したのは、ジャーファルさん。右手の入国許可証に、彼は視線を落とした。何かを確認したジャーファルさんの右手は、プルプルと震え出す。

「もしかして」

「シンドバッド様、ジャーファルさん、お帰りなさーい!」

ジャーファルさんを大声で遮ったのは、ピスティ。彼女の背後には、ゴンベエちゃんもいる。王宮からかなり離れた場所にあるブティックに、非番のピスティとゴンベエちゃんは出かけていた。王宮内での待機番だった私は、彼女たちの誘いを断ったのだ。

「ピスティ」

窘めるように王が声をかけると、見知らぬ2人に気づいたピスティは大人しくなる。

「ゴンベエちゃん、2日ぶりのジャーファルさんだよっ」

一度注意されたにもかかわらず、背後にいたゴンベエちゃんを恋人の見える位置にピスティが押し出した。ジャーファルさんを一瞥したあと、押し出されたゴンベエちゃんは"不審な観光客"に気づく。口をわなわなさせるゴンベエちゃんは、大声を発した。

「…お父さん、お母さん?」



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