毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


説明(046)


「乾杯」



国王の音頭に合わせ、初日の晩餐会が始まった。皇女たちは夕刻に到着。すぐに国王が王宮内を案内し終えたと思えば、すぐに晩餐会が始まって。皇女たち一行もわたしたちシンドリア側も、一息つく間さえなかった。

国賓たちと国王、八人将が食事に舌鼓を打つなか、わたしはそっと席を立つ。わたしが担うのは、"婚約者"の任務だけではない。晩餐会に提供した料理の説明という"副料理長"としての任務も買って出ている。

「パパゴラス鳥の丸焼きは、珍味として国内外で人気を博しています。前日に生け捕りしたパパゴラス鳥を酒蒸しして臭みを取り、24時間かけてじっくり低温でローストしました。何もつけずに素材本来の味を堪能していただいても構いませんが、パパナップルのソースで召し上がるのがおすすめです」

王宮料理人でなければ、こんな説明を覚えられなかっただろう。普段から作っているうえに、他国の国賓を相手に過去にも同じ説明をしてきた。立て板に流れる水のごとく、わたしは言葉を紡ぐ。

とはいえ、なんだか気分が落ち着かない。普段わたしが晩餐会の会場に顔を出すのは、給仕や料理の説明の数分程度。着飾った姿で卓を囲み、同僚たちの料理を口にするなんて想像してもいなかった。テーブルマナーや皇族相手の振る舞いを叩き込んでくれたルルムちゃんには、感謝してもしきれない。

当たり前だが、この晩餐会の主役は皇女。彼女から離れた席に座るわたしは、料理の説明以外は黒子のように存在を消すのに努める。ジャーファル様との仲に触れられたくないのも、存在感を消したい理由だ。

主食のパパゴラス鳥の丸焼きを食べ終えた頃、部屋の扉が開く。入室した料理長は、皇女たちに挨拶してから料理の感想を伺いはじめた。

「大変おいしくいただきました。ゴンベエさんの説明がわかりやすくて。特にパパナップルのソースは、自国にお持ち帰りしたいくらいです」

思わぬ形で晩餐会の話題に引きずり出され、料理長とともに謝意を告げる。社交辞令だろうと何だろうと、仲間の料理を褒められるのは素直に嬉しい。同僚の料理人や女官も入室し、デザートのシンドリア名産フルーツの盛りあわせを各席に置いた。美しい飾り包丁が施されたフルーツに、皇女たちも声をあげる。

「すごく綺麗ですね」

「料理長の飾り包丁の腕前は、この国…いえ、世界一ですから」

そのまま本音を口にした。果物屋の息子として生を受けた王宮料理長は、店頭に出せない果物で幼少期から飾り包丁の練習をしていたと聞く。菓子職人として働き始めてから紆余曲折あって料理人となり、今に至るらしい。

初めて王宮料理長の飾り包丁を見たとき、その美しさに嫉妬で狂いそうになったのを今でもよく覚えていた。なんなら、今でも上司の才能にわたしは嫉妬している。

「料理長のデザートはどれも絶品なので、滞在中のお食事はデザートまでお楽しみください」



「今日はお疲れ様でした」

皇女一行を部屋に案内したあと、国王と八人将、わたしは情報共有のため会議室に集まった。情報共有を終えてジャーファル様が解散の合図を出すと、ぽつりぽつりと八人将が会議室を去る。

最終的に会議室に残ったのは、国王と政務官、わたしの3人。眠気を堪えるわたしは、だらんとソファーに体重を預けている。その一方で、ジャーファル様はきびきびと動いていて。普段政務室で籠りきりのわりに体力があるのだなと感心してしまう。

もう一方の国王は明日の皇女たちとの予定を詰めているようで、わたしと別のソファーで書類を眺めている。粗相できない仕事という事情もあろうが、真剣に仕事をする国王を見るのはなかなか貴重だ。

「ゴンベエさん」

頭上から降る声に顔を上げると、わたしにティーカップを差し出すジャーファル様。わたしが朝番のあと皇女たちを迎え、晩餐会まできっちり参加したのを知る政務官は、安眠効果で知られる紅茶を淹れてくれていた。

「ありがとうございます。…あれで大丈夫でしたか?」

ティーカップを受け取りながら尋ねれば、完璧だったと国王。だらけきった体勢を正し、1回息をかけて熱を冷ましてからティーカップを口に運ぶ。まろやかな茶葉の味わいと熱すぎない絶妙な温度が疲れた身体に沁みて、眠気を誘う。

「しかし…ゴンベエさんと私の関係を皇女は疑っていましたね」

ジャーファル様の言葉に、少し眠気が引っこんだ。わたしたちの関係を皇女が完全に信用していないのは国王や八人将も察していて、偽装婚約がバレる可能性を憂いていた。

「最初と晩餐会でしか皇女と顔を合わせていないゴンベエは知らないだろうが、皇女はジャーファルをますます気に入っていたよ」

国王の言葉に、理由もわからず苛立ちを覚える。皇女は超のつく美人。他人の美醜などさほど気に留めないわたしですら目を奪われる美貌だった。あんな美人に好意を示されれば、さすがのジャーファル様の心が動いても無理はない。早朝から働き通した疲労のせいか、根拠もなく悲観的な思考が心を埋めつくしていく。

「…ジャーファル様も、皇女を気に入られたんですか?」

「まさか」

気づくと意地の悪い発言をしていた。答えを聞きたいなんて微塵も思ってないのに。即答で否定するジャーファル様の顔にも、わかりやすく困惑が浮かぶ。偽装とはいえ婚約者を困らせたくないのに何やっているんだろう、とわたしは自己嫌悪に陥る。

「ジャーファルもゴンベエも、役に入りきってるな。ゴンベエが皇女に嫉妬するなんて」

顔を曇らせるわたしに感心した素振りを見せるのは国王。そんなつもりではない、と素直に言いたかった。しかし素直に話せば、ではどんなつもりかという問いが返ってくるのは確実で。そうなれば、かえって答えに詰まるのが目に見えている。本心ではないと否定するのはやめて、わたしは端的な謝罪を選んだ。

「困らせるようなことを言って…すいませんでした」

左隣のジャーファル様に謝罪すると、わたしの頭に彼の手が優しく触れた。紅茶を飲む前にソファーで横になった際にぐちゃぐちゃになった髪が、軽く整えられているのを感じる。疲労のせいか、頭上を動く手がとても気持ちいい。

「早朝は普段通りの勤務、昼は皇女に挨拶、夜は晩餐会。丸1日働いてゴンベエさんはお疲れでしょう?」

小さくわたしは頷く。疲れているのは同じはずなのに、微塵もそれを表に出さないどころか、わたしを気遣うジャーファル様。彼にはいくら感謝しても足りない。

「部屋まで私が運ぶので、ここで眠っても大丈夫ですよ」

ジャーファル様はそう微笑むが、そんなことまで彼にさせられなかった。担架で運ばれるならまだしも、彼に背負われるなんて到底耐えられない。ルルムちゃんの部屋で眠ってしまって、彼女に背負われたことならある。しかし、わたしはもう10歳の少女ではない。

しかもジャーファル様は男性だ。政務官にその気がないにしても、怪我や病気でもないのに恋仲でない異性に背負われることへの抵抗はある。

「明日は早いんですか?」

ジャーファル様の問いに、夜番で少しゆっくり寝られると返す。うつらうつらし始めるわたしに寝るよう告げたジャーファル様は、立ち上がってソファーの左側を空けようとする。2人掛けのソファーでわたしが横になるためだ。官服の大きな袖を咄嗟に掴んだわたしは、立ち上がる彼を制止した。

官服の大きな袖を咄嗟に掴んだわたしは、立ち上がる彼を制止していた。無意識のうちにあげた声は思っていたより大きく、そのせいで国王の視線まで集めてしまう。

思わぬ行動に、ジャーファル様はわたしを凝視する。わたしもまた政務官を見つめていた。ジャーファル様の官服を掴んだ理由は、自分でもわからない。こんなの、行かないでと言っているようなものだ。

「イチャイチャしてるところ悪いが…俺の存在を忘れてないか?」

少し離れたところから声をかける国王に、即座に否定の意を返す。ジャーファル様とわたしの声は、意図せず重なった。無意識だったと政務官に伝えると、彼は自然とわたしの左隣に座り直す。

「ゴンベエさん。それなら、ここに頭を乗せて寝てください」

そう言ってジャーファル様は自身の膝をポンポンと叩く。丁重に断ろうとしたが、政務官は半ば強引にわたしの頭を自身の膝に乗せた。ジャーファル様の左手はわたしの頭上に、身体が落ちないよう右手はわたしの腰に添えられる。

恥ずかしさから、最初は床を見つめてジャーファル様と目が合わないようにしていた。同じ姿勢に疲れて顔を上に向けると、わたしを見つめるジャーファル様とばっちり目が合って。ずっと見られていたと思うといたたまれず、もう一度床に視線を戻す。

ジャーファル様にも聞こえそうなくらい、心臓が大きな音を立てる。わたしの疲労や眠気なんて、膝枕された時点でとうに消えていた。しかし、わたしと目が合ってもジャーファル様は普段通り。わたしだけが緊張している事実に悲しさを覚える。

遊び疲れた子供を寝かせるように、わたしの頭上でジャーファル様は左手を動かす。その手つきが気持ちいい。膝から官服越しに伝う体温も手伝って、膝枕に慣れてきたわたしを眠気が襲う。

「…やっぱりイチャイチャしてる」

恨めしそうな国王の声が、小さく会議室に響いた。



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