毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


検証(182)


「では、到着次第連絡しますね」



夜番の休憩時間での通信を終え、テラスから食堂に戻る。通信の相手は、煌帝国の軍師殿。彼は自身の通信器を持っていないため、紅玉様の通信器からの着信だった。

煌帝国からシンドリアに向けて、先ほど食材を発送したらしい。現在、"煌帝国商会"の商館と転送魔法陣を各国に置く交渉の旅に、アリババ様が出ている。交渉の頓挫に備え、別の輸送手段の検証役を"一個人"として承っていた。

別の輸送手段の切り札は、非魔導士でも簡単な魔法を利用できる"八卦札"。今回の目的は、そのうち火魔法と水魔法の札の検証だ。煌帝国・シンドリア間の長距離輸送で効果を実証できれば、他国でも問題なく利用できるだろう。

ただし、まだ問題は残っている。シンドリア港での船と食材の確認方法だ。王宮に住む人間宛の貨物管理は、普段は王宮郵便局が一手に担う。しかし、今回は港で直接わたしが船を確認せねばならなかった。

他国の商会の特許取得前の技術を検証する今回は、船中の八卦札をシンドリアの者に見られるわけにはいかなくて。周囲に勘づかれずに船中を確認し、食材を王宮まで持ち帰らねばならない。つまり、わたしがやるのは密貿易。パパゴラス鳥の内臓を密輸しようとした両親を諫めた人間がすることではない。

そんなことを考えてると、もう一度通信器が鳴る。相手は紅玉様。休憩の終了時刻が10分後に迫るため、長話はできない。早く話を済ませようと、もう一度テラスにわたしは向かった。

「すいません、伝え忘れたことがありまして」

声の主は軍師殿。彼の口から出たのは、もっともわたしが知りたいことだった。

「深夜にシンドリアに到着するよう、船を運航させています。シンドリアの者に特許出願中の技術を知られたくないがための対策なので、お手数おかけしますがご協力ください」

軍師殿に了承の意を伝え、二度目の通信を終了させる。壁時計に目を向ければ、もう厨房に戻らないといけない時間。急いでわたしは厨房へ向かった。



煌帝国からの船便が到着したのは、軍師殿との通信から1週間ほど経った日。懐で光る赤い石に視線を移し、ゆっくりわたしは立ち上がる。禁城に軍師殿が来る前から、魔導研究施設の魔導士たちはさまざまな研究をしていた。そのうちの一つが、わたしの手にある赤い石。対になる道具の位置を追跡できる魔法道具だ。

シンドリアの結界と似た原理をこの石でも使っているらしい。旧世界でアリババ様の訃報をわたしに伝えるため、シンドリアに入国したかつての軍師殿。流刑地での3年間で、その魔法式を軍師殿は解明してしまったという。

シンドリアの結界はシン様と作った自慢の魔法、とかつてヤムちゃんが言っていたのに。ヤムちゃんは天才魔導士と呼ばれる人物で、決して結界は凡な魔法ではない。それを解明した軍師殿は、元"金属器使い"とはいえ非魔導士。この話を軍師殿に伺ったとき、彼の才能に腰を抜かしそうになったのを思い出す。

島暮らしで時間があったからこそできた、と軍師殿は謙遜していた。しかし、軍師殿のずば抜けて明晰な頭脳や莫大な知識量がなければ、実現不可能だったのは自明。

「…そろそろ行くか」

対の青い石との距離が10里を切ると、赤い石が点滅して報せてくれるのだ。軍師殿曰く、残り5里を切ると点滅のペースが落ち、残り1里未満では点滅が止まってずっと光り続けるらしい。運よく翌日は非番で、就寝時間を気にしなくて済む。夜番明けの湯浴みを済ませる前に、1人わたしは港に向かった。



提灯を片手に港に到着したわたしは、辺りを見渡す。新しい1日を迎えた港に人影はない。港への道中ずっと左手に握っていた赤い石は、ゆっくり点滅している。

船の到着が迫っているということは、もうじき検証結果が明らかになることであり、密貿易がばれるリスクも大きくなることで。ただ船の到着を待つしかできないのに、全身に緊張感が走る。

砂浜に腰を下ろして1人で海を眺めていると、遠くに光が見えた。だんだん海から見える光は大きくなっていく。港を照らす光が煌帝国の船から出ていると気づいたのは、懐の赤い石が点滅をやめたから。

船に向けて左手の赤い石を数回振ると、船からの光が消えた。これ以上灯りを伴って国土に近づけば、シンドリア側にばれる可能性がある。彼らの道標を作るべく、引き続き左手をかざして船の到着をわたしは待った。

「ゴンベエ・ナナシノ殿ですね」

船から出てきた乗組員の問いに、わたしは頷く。よく見ると、彼の腰巾着から白い光が漏れている。光の正体について問うと腰巾着を彼は開け、1枚の札を取り出した。

「これは光魔法の八卦札です。これで3型も検証できました」

「なるほど…」

よく聞くと、青い石はあくまで位置情報の発信に特化していて、対の赤い石と近づいたところで光らないらしい。青い石にも点滅機能を搭載するのが今後の課題という。

「城内で使う分にはいいんですが、商会として販売するにはコストがね…」

「そうですよね…あっ、それより荷物は?」

魔法道具や八卦札について話し込んでしまい、本来の目的を忘れていたことに気づく。わたしから本題を切り出すと、慌てて乗組員は船に戻った。

「これで全部です!」

「結構な量ですね…」

小型船だったため油断していたが、食材は船一杯に詰められている。もしかしたら王宮と港を2往復せねばならないかもしれない、と思いながら王宮から拝借した荷車に食材を積んでいく。食材の入った箱に触れるとひんやりしていて、2型魔法の効果は維持できているらしい。しかし、それと食材の鮮度の維持は別。

そう思いつつ最後の1箱を荷車に乗せ終え、わたしは胸を撫で下ろす。ぎりぎりとはいえ、2往復せずに済みそうなのだ。

「そういえば、この場で確認しないんですか?」

「ああ…普段から食材の確認は王宮で行うので、そのつもりでいました」

「しかし、これから王宮に持ち帰るのは大変でしょう?」

乗組員の言い分はもっとも。シンドリア王宮は国土の高台にある。港から重い荷物を持ち帰るのは、かなりの重労働だ。同年代の一般女性より力があると自負している。とはいえ、港から王宮に戻る頃には汗だくだろう。そう返すと、安心するようわたしに乗組員の彼は言った。

「これでも、私は力魔法が得意な7型魔導士なんです。警備員の視界に入らないギリギリのところまで、魔法で運びましょう」

願ってもない申し出に、二つ返事で彼に甘える。わたしが承諾するとすぐ、乗組員は懐から八卦札を何枚か取り出した。食材の入った箱に、ペタペタとそれを貼っていく。

「これは…?」

「7型の八卦札です!これなら荷車から降ろしたあとも軽々持ち運べますよ」

言われるがままに、箱を一つ手に取る。紙か何かのように軽く、とても食材が入っているとは思えない。ちらりと箱を開けてみれば、なかにはぎっしり詰められた野菜。本来なら持っているだけでも大変なほど重いはずで、八卦札のありがたみを感じずにはいられない。

「すごい…!」

わたしが感心する対象は、八卦札だけではなかった。こうなるのを見越していたであろう軍師殿にも、舌を巻かずにはいられない。一度シンドリアを訪ねた彼なら、港から王宮に食材を運ぶ大変さに気づいた可能性は十分考えられる。

「ありがとうございます。それでは…魔法で運んでいただく荷物を受け取りに、先に王宮の近くまで戻りますね」

挨拶を済ませて王宮まで走って戻ろうとするわたしに、その必要はないと彼は笑う。

「ゴンベエ殿も、まとめて魔法で送り届けますよ」

その意味がわからずにいると、宙に身体が浮きはじめた。ヤムちゃんの杖やジュダルの絨毯、健彦様や第二皇子の背中のどれとも異なる、ふわふわした感覚に包まれる。魔導士と目が合ったと思えば、短い杖を彼が一振り。食材を乗せた荷車とともに、ゆっくりと王宮の手前まで飛ばされた。



「あ、軍師殿ですか?」

煌帝国から送られた食材の鮮度を確認し、紅玉様の通信器に発信する。すでに日付が変わって1時間経つため、今連絡するか朝連絡するかで葛藤していた。しかし、確認したらすぐ連絡するよう軍師殿に言われていたため、最終的に就寝前の通信を選んだ。

「結論から言いますと、1型も2型も3型も、八卦札の効果はばっちりです!しかし…何といっても7型の八卦札ですよ!」

「…はあ」

7型の八卦札に感動したわたしは、本題そっちのけで感想を軍師殿に伝える。最初こそ真剣に、わたしの話に軍師殿は耳を傾けてくださっていた。しかし、わたしの話が長くなるにつれて相槌は雑になり、最終的に「もういいですか?」と話を切られてしまう。

「…あっ、ごめんなさい。本題に戻りますね。八卦札の枚数次第ですが、シンドリアで受け取った食材は新鮮でした。詳細な検証結果は後日お持ちいたします」

「安心しました。食材の品質確認ではゴンベエ以上に信用できる者がこの国にはいないので」

周囲に人がいないのか夜半で気が緩んでるのか、昔のように呼び捨てられる。懐かしさから、思わず"彼"をわたしも呼んでしまう。

「ゴンベエ、いえ、ゴンベエ殿…」

「…すいません、わたしもつい」

口では謝るものの、もう二度と元第二皇子の名を呼べない気がしてしまう。この機を逃せば二度と聞けないと思い、再会してからずっと気に留めていたことを軍師殿に尋ねる。

「軍師殿。…流刑地にいる弟君はお元気でしょうか?」

「ええ、変わらず元気ですよ。背も伸びました」

それを聞けただけでも、わたしには十分だった。きっと寝不足であろう軍師殿のためにも、すぐ通信を終了させる。新鮮な魚を酢漬けにしてから、湯浴みの準備に取りかかった。



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