毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


交換(番外編)


12月25日。西国では、"クリスマス"と呼ばれる日だ。南の新興国・シンドリア王国でも知られたこの日は、"南国のクリスマス"目当ての観光客も、国民と一緒になって楽しむ。

これは、ジャーファルとわたしが恋人として迎える、最初のクリスマスの話。



「わたしは"王宮の宴"があるから。いつも通り、仕事終わりに会う程度だと思うよ」

12月21日。王宮の中庭で、ホットレモネードを飲むシャルルカン様とスパルトス様に会う。ニタニタしながら24日の予定を尋ねる彼らに、そうわたしは答えた。

"王宮の宴"とは、シンドリア王宮が公式に催すクリスマスの宴。24日の昼から夜にかけて開かれる宴には、王宮の官職も市街地の民も観光客も、こぞって参加する。

もっとも、王宮料理人にとって12月24日は1年で最も忙しい日。厨房は戦場と化し、世間のお祭りムードとは程遠い。

昨年の"王宮の宴"終わりの疲労は、シンドリアで働いた1年間で群を抜いていた。正直なところ、"王宮の宴"のあとジャーファルと会う気力が残っている保証はどこにもない。

「せっかくゴンベエちゃんには彼氏がいるのに、もったいないよなァ」

「そんなこと言ったって、この仕事を選んだ時点でイベント事は諦めてるから」

本音を言えば、クリスマスくらいわたしだってジャーファルとゆっくり過ごしたかった。しかし、王宮料理人に休日はないし、わたしは出勤日。クリスマスも謝肉宴も誕生日も、非番とは無縁だ。

「偉そうにゴンベエ殿に言っておいて、シャルルカンはどうなんだ?ヤムライハを誘えそうなのか?」

珍しく興味津々な様子で、詳細をスパルトス様が問う。どうやらシャルルカン様は、24日のディナーデートにヤムちゃんを誘おうとしているらしい。

「誰があんなやつ…」

憎まれ口を叩くものの、彼の顔は真っ赤で説得力はゼロ。ニタニタしながらシャルルカン様を見れば、「早くジャーファルさんのところに行けばいいのに」と言われてしまう。

彼の言葉にわたしが席を立つと、スパルトス様が制止しようとした。決してシャルルカン様の言葉に気を悪くしたわけではないし、それくらいスパルトス様もわかっているはず。それでも引き止める素振りを見せてくれるスパルトス様の優しさは、八人将の良心だ。

「スパルトス様、ありがとう。これからジャーファルにあげるプレゼント買いに行くんだ。シャルルカン様、頑張ってヤムちゃんを誘うんだよ!」



王宮を出て真っ先に向かったのは、市街地の食器屋。ジャーファルへのクリスマスプレゼントは、コーヒーカップ二つとポットのセットに決めている。普段2人で通い詰めるコーヒー専門店も迷ったが、店員経由でジャーファルにバレる懸念から避けていた。

「これ…いいな」

わたしが手に取ったのは、銀色のコーヒーセット。シンプルながら形は美しく、コーヒーセットとしての機能性も抜群だ。しかし、あまりにシンプルすぎて、クリスマスプレゼントには地味な気もする。

他に視線を移すと、わたしの視界に三つ隣のコーヒーセットが飛び込んだ。螺鈿細工のような加工を施したそれは、角度によって見え方が異なる。華やかなコーヒーセットでコーヒーを淹れるのを想像しただけで、気持ちの昂りを感じた。

しかし、想像した持ち主は恋人ではなくわたし。恋人への贈り物を見繕いに来たにもかかわらず、自分用に欲しくなってしまったのだ。

今の部屋にあるコーヒーセットは、バルバッドから持ち寄ったもの。バルバッド入国後すぐに買ったもので、すっかり渋が沈着している。

煌帝国の介入以降どんどん生活が貧しくなり、買い替えるお金がなかった。シンドリアに来てからは他の料理道具の買い替えを優先していて。コーヒーセットは数少ないバルバッド時代から使い続けているものだった。

「ジャーファルの好みは…」

今食器屋にいる目的を思い出し、最初に見つけたシンプルなコーヒーセットに視線を戻す。政務官の好みに近いそれを手に取り、腕に抱えた。

念のため、螺鈿細工のコーヒーセットの値段もわたしは確認する。

「…買えなくはないけど」

残念ながら、両方購入できる額を持ち合わせていなかった。それを買うのであれば、部屋にお金を取りに戻らねばならない。あくまでジャーファルのコーヒーセットを買いに来ている、と自分に言い聞かせる。螺鈿細工のコーヒーセットを棚に戻し、恋人への贈り物をわたしは購入した。

自室に戻ってから螺鈿細工のコーヒーセットを買える額を用意し、わたしは食器屋に戻る。しかし、食器屋と王宮を往復する間に、何者かに目当ての品は購入されてしまった。

「嘘でしょう…?」

ショックだったものの、こういうのは運とタイミングがものを言うわけで。サンタクロースなんて所詮は絵本の中だけの登場人物なのだ、実在するわけがない。そう自分に言い聞かせるしかなかった。



12月24日。仕事を終えてわたしの部屋に2人で入ったのは、24日が終わる30分前だ。

「メリークリスマス」

カルーアで作ったカクテルで乾杯する。コーヒーリキュールに寄せてコーヒーと甘味料を調合したものを、ジャーファルの分には使用。普段なら酔わない強さのカクテルも、"王宮の宴"で疲労困憊のわたしの身体には心地よく巡った。

「…おいしい」

「喜んでもらえてよかった。ノンアルコールだけど、味はカルーアにかなり寄せてるから」

自作のカクテルに頬を緩める恋人に、胸が満たされる。日付が変わる前にプレゼントを渡そうと、机上の箱をわたしは取り出した。

「ジャーファル、クリスマスプレゼントです」

「ありがとう。ゴンベエ、開けてもいい?」

ジャーファルの言葉に頷き、丁寧に包装を解く彼を見つめる。コーヒーセットが姿を見せると、ジャーファルは予想外の反応を見せた。つぶらで黒目がちな瞳は、いつも以上に丸々としていて。黙ってそれを凝視する恋人に、気に入らなかったかとわたしは問う。

「いえ、わたしの好みです。部屋に飾ってもいいし、何より機能的でしょう?…ゴンベエ、私からのクリスマスプレゼントです」

今度はジャーファルからわたしに、クリスマスプレゼントが渡された。彼にわたしが渡したのと同じくらいの大きさの箱は、それより少し重い。ジャーファルに許可を得てから包装を解くと、わたしは言葉を失った。

「これ…」

手元にあるのは、螺鈿細工のような加工を施したコーヒーセット。数日前にわたしが目をつけたものの、王宮と食器屋の往復中に誰かに買われたそれだ。

「ゴンベエ?」

黙って凝視していれば、気に入らなかったかとわたしにジャーファルが問う。先ほどわたしが尋ねたのと、まったく同じことだ。それをわたしが話すと、ジャーファルは驚きと喜びを含む表情を浮かべた。

「一目見て、ゴンベエが好きそうだと思って。即決だった」

「ジャーファル…。ありがとう、大切にするね」

コーヒーセットを小机に置き、恋人に口づける。自ら調合した甘味料が、口内を充たす。我ながら調合は完璧で、アルコールらしい鼻に抜ける味も再現できている。唇を離すと、25日の始まりを告げる王宮の大鐘が聞こえた。

「ゴンベエ、メリークリスマス」

今度はジャーファルから、口づけられる。わたしの後頭部を彼が押さえるため、なかなか酸素を取り込めない。ようやく頭の自由が利いたと思えば、政務官はわたしを横抱きにする。

「ちょっ、"王宮の宴"明けで、わたしは…」

ジャーファルの腕で抵抗できるだけの体力は、今日のわたしに残っていない。身体の自由が利かないのであれば、口で反対するしかなくて。口で必死の抵抗を見せるわたしに、ジャーファルは満面の笑みで返した。

「何言ってるんです?まずは湯浴みでしょう?ゴンベエの恋人なんですから、それくらい弁えてますよ」



「ゴンベエ、おはよう」

「おはよう、ジャーファル」

12月25日。少し遅い時間に目を開けると、わたしを包む恋人に視界が満たされる。彼の腕に縄票はなく、鍛えられた筋肉と細さを両立させる腕を直に感じた。

頬に落とされるキスがくすぐったく、思わず身を捩る。年末の仕事で、12月に入ってからは2人とも慌ただしかった。数週間ぶりの同じ寝台で迎える朝こそが、最高のクリスマスプレゼントだ。

「食堂、行く?」

「…ん。でももうちょっとだけ、ゆっくりしたい」

少しわがままを言ってみれば、思いのほかあっさりジャーファルは怠惰を許してくれる。寝ぐせのついた髪を撫でてくれる手の先には、いつの間にか赤い縄。

「ごめんね…待たせて。もう準備してるし、早く食堂行きたいよね?」

「ううん、気にしないで。昨日も大変だったんでしょう?」

「そうだけど…明日からもゆっくりできるでしょう?だから、わたしは大丈夫だよ」

"王宮の宴"から年始まで、大半の官職は非番になる。ジャーファル自身は非番を取らないが、政務官の仕事はほとんどないらしい。

王宮料理人も、全体で非番にならない職種の一つ。とはいえ、帰省で王宮内の官職が減るため、王宮料理人もかなり暇になる。

「じゃあ、朝ご飯にしようよ」

「…起こして」

わがままを言ってみれば、わたしを抱き起こそうとジャーファルが覆いかぶさった。背中に布越しでもわかる硬い質感が這うと、ぐっと身体を引き寄せられる。今日からしばらくジャーファルとゆっくりできる嬉しさから、気怠さの残る腕を彼の背中に回した。



食堂で朝食を摂ったジャーファルとわたしは、急いで市街地にある馴染みのコーヒー専門店に足を運ぶ。昼からは、国王や八人将などごく少数で開催する宴が始まるから。

コーヒー専門店に入ったわたしたちは、新たにコーヒーカップを一つ購入した。オラミーのイラストが描かれた、可愛らしいコーヒーカップだ。わたし専用として、そのコーヒーカップは政務室の食器棚に置かれることになった。



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