毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


聖夜(番外編)


12月25日。西国では、"クリスマス"と呼ばれる日だ。南の新興国・シンドリア王国でも知られたこの日は、"南国のクリスマス"目当ての観光客も、国民と一緒になって楽しむ。

これは、シンドリアでゴンベエさんが迎える最初のクリスマスの話。



「あんたたち。"ゴンベエさんの手を煩わせたくない"と、こういうときくらい思わないんですか?」

「どうせ宴をやるなら、おいしい料理を食べたいじゃないですかァ」

12月21日。そう言うシャルルカンは、「ねぇ?」とピスティと顔を合わせる。シンや八人将、その家族など、内々で25日にクリスマスの宴を開く。そのときに出す料理について、今年の料理担当を務めるシャルルカンに私は尋ねた。

私の問いに対する彼の答えは、「ゴンベエちゃんに任せました」。職業料理人のゴンベエさんに、プライベートでも料理させるなんて。そうシャルルカンに私は詰め寄る。

「市街地で買っていいなら、シャルや私が行きますよ。でも、そうする予算はないんですよね〜?」

そう口にするのは、シャルルカンとともに王宮の中庭でアフターヌーンティーを嗜むピスティ。痛い点を指摘するピスティに、私は口を噤んだ。

シンのわがままで、豪華な7段ケーキを市街地のパティスリーに注文している。そのため、料理まで市販品を買う金銭的な余裕はなかった。

…いや、予算を捻出できないことはない。なぜなら25日の宴は私的な催しで、シンの私財によって賄われているから。つまり、シンが許せば予算はいくらでも増額可能。しかし、7段ケーキを予約した時点で、すでに予算は当初の3倍を超えている。予算は増やせるものの、それはあまりに非現実的だ。

「大丈夫ですよ、ジャーファル様。わたし、料理するの好きですから」

背後から私に話しかけるゴンベエさんの両手には、食材を詰め込んだ袋。ゴンベエさんに同行したヒナホホ殿の両手にも、大きな袋が並ぶ。

「ほらァ、ゴンベエちゃんもそう言ってますし」

一切悪びれる様子のない声が聞こえれば、ゴンベエさんに申し訳なくなった。せめてものお詫びに、とゴンベエさんの左手から野菜の袋を取る。

一瞬触れた手を握りたい衝動に駆られるものの、慌てて冷静を私は装う。申し訳なさそうな表情を浮かべるゴンベエさんに、気にしなくていいと笑顔で伝えた。

「私も手伝いますから、厨房に行きましょう」



予備の厨房に袋の山を置き、料理を手伝うと私は申し出る。しかし、「それはできない」と多忙な私を気遣うゴンベエさんは言った。

「ゴンベエさんは、王宮の宴の準備もあるでしょう?」

"王宮の宴"とは、シンドリア王宮で公式に催すクリスマスの宴。24日の昼から夜にかけて開かれる宴には、王宮の官職も市街地の民も観光客も、こぞって参加する。もっとも、この日のゴンベエさんたち王宮料理人は全員出勤だ。

「25日の宴は仕事ではありません。非番くらい、私たちを頼ってください」

「お気持ちは嬉しいんですが…。一度引き受けた約束ですし、反故にするのはシャルルカン様に失礼ですから」

ゴンベエさんの発言はもっともだ。しかし、すべてをゴンベエさんに任せるなんて、私が許せなくて。25日は暇だから、手伝わせてほしいと申し出る。

慌ただしく働いてもらった翌日にも、仕事に似たことをゴンベエさんにさせたくない。それ以上に、初めてシンドリアで過ごすクリスマスを楽しんでほしかった。自分の思いを伝えると、ようやくゴンベエさんは折れる。

「それじゃあ…。少しだけ、甘えてもいいですか?」



12月24日。"王宮の宴"の片づけを終え、ぐったりした様子で厨房から出てきたゴンベエさんを捕まえる。

「…ジャーファル様。申し訳ありませんが、今日は非常に疲れてて」

滅多に人前で弱音を吐かないゴンベエさんが言うのだから、よほど"王宮の宴"は多忙だったと推測した。疲労困憊のゴンベエさんを早く部屋に返すべく、すぐに本題を切り出す。

「これ、もらってください」

そう言って、ゴンベエさんの手のひらに小包を私は乗せる。異国での任務を終えた部下の文官が、土産に買ってきたチョコレート。

私の説明を聞き終えたゴンベエさんの表情は、ぱあっと明るくなった。普段はとてもしっかりしているのに、こういう子供のような顔を見せるなんて。新しいゴンベエさんの一面を知れた気がして、私まで表情が明るくなりそうだ。

「いいんですか?これだけで疲れが吹っ飛びそうです」

彼女の問いに私が頷くと、彼女は謝意を告げた。

「明日も手伝っていただくし、ジャーファル様にもらいっぱなしなのも悪いので、今度何かお礼させてくださいね」

そうゴンベエさんは言うが、好きで私が手伝ってるだけなのに。いつもなら遠慮が口をつくものの、"お礼"が楽しみで、つい私は頷いてしまった。

袋からチョコレートを1粒取り出したゴンベエさんは、1粒を私に手渡す。そのあと彼女も1粒口にし、満面の笑みを浮かべた。

「メリークリスマス、ジャーファル様。明日の宴の準備も頑張りましょうね」



12月25日。シンや八人将などごく少数の者で開催するクリスマスの宴が始まる。

参加者の持ち物は、たった二つ。プレゼント交換用のプレゼントと、ヒナホホ殿の子供たちへのプレゼントだ。

プレゼント交換に子供たちが入ると、プレゼントの選択肢が狭まる。わかりやすい例だと、煙草や酒は対象外になってしまう。そうでなくても、子供たちの喜びはプレゼントの多さに比例する。これが、子供たちへのプレゼントを別にした理由だ。

「やっぱりゴンベエちゃんの料理は最高だなァ」

「そのビーフシチュー、ジャーファル様が作ってくださったんだよ」

そう言って私に目配せをするゴンベエさんに、私は微笑み返す。朝から2人で予備の厨房に籠り、宴用の食事を作った。"王宮の宴"から年始まで、大半の官職は非番だ。政務官の仕事もほとんどないので、ゴンベエさんと厨房にいても支障はない。

簡単な食事程度なら1人で作れるものの、ゴンベエさんに褒められたのは予想外で。「ジャーファル様が王宮料理人ならよかったのに」とはお世辞だろうが、悪い気はしなかった。



「プレゼント交換、始めますよ〜!」

ピスティの合図にあわせて、円形に座る私たちはプレゼントを回す。比較的大きいプレゼントは、ヤムライハとスパルトス、シンが持ち寄ったもの。対照的に小さめのプレゼントを持ち寄ったのは、ヒナホホ殿にピスティ、ゴンベエさんだ。

プレゼントを回すのは、ヤムライハの風魔法でピスティの笛が鳴る間。適当なタイミングで魔法が止まるよう魔法式を組んだ、とヤムライハは言った。魔法は便利だと感心しながら、笛の音に合わせて無心でプレゼントを回す。

しばらくして、ぱたりと笛の音が止まった。そのとき私の手にあったのは、小さな箱。小さい箱のわりに重く、軽く振るとカタカタと音がした。

「めっちゃ嬉し〜い!誰のプレゼントかわからないけど、ありがとうございます」

繊細なレースのハンカチを手に、ピスティがはしゃぐ。どういたしまして、と返すのはサヘル殿だ。

「硝子細工のグラスとか、センスいいなァ」

「それ…俺が選んだやつですよ、先輩」

各自のプレゼントを開封し、思い思いのことを口に出す。私の選んだプレゼントは、どうやらサヘル殿に渡ったようだ。小さな箱の包みを私が解こうとしたとき、主の声がした。

「それは俺が選んだんだ。ゴンベエ、ちゃんと使ってくれよ」

「もちろんです!ありがとうございます」

ゴンベエさんの手には、湯浴み後に着るローブ。シンお気に入りの職人が編んだもので、シンドリアで入手可能な最高級品だ。

シンのプレゼントに喜ぶゴンベエさんに軽く落ち込みつつ、誰かからいただいた小箱の包みを解く。箱から出てきたのは、細やかな飾り彫りが施された懐中時計。

薄蓋を開けると写真や小物を入れられるスペースがある。クーフィーヤの洗濯中の、額飾りの収納場所によさそうだ。飾り彫りはアンティーク調で、真鍮色に輝いている。リューズを巻いてないからか、針は動かない。

「わたしの懐中時計、ジャーファル様に届いたんですね」

文字盤から視線を上げると、シンからのプレゼントを抱えるゴンベエさんがいた。ゴンベエさんが選んだと知り、急に懐中時計に愛着が湧きはじめる。

「ジャーファル様なら大切に長く使っていただけそうで、安心しました」

「私好みの時計です。さすがゴンベエさんですね」

そう私が口にすれば、頬を染めてゴンベエさんははにかむ。他の人にこのゴンベエさんを見られたくない気持ちから、衝動的に周囲の様子を確認した。

「…あっ、ジャーファル様。時計の時刻、今合わせますか?」

そう言って懐からゴンベエさんが取り出したのは、白銀色の懐中時計。表面の飾り彫りは真鍮色のそれと同じで、見間違いでなければ私と色違いだ。

ゴンベエさんの懐中時計に合わせて、時計の針を調節した。時計回りにリューズを巻けば、懐中時計に命が宿る。カチカチと秒針の動く音を聞きながら、改めて視線を彼女に移した。

「メリークリスマス、ゴンベエさん」



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