けんじゃの石


ダーハルーネの中央にある橋の上。
そこでイデアがベロニカに差し出したそれは、海のように青く輝く小さな石だった。
きょとんとした表情を浮かべると、ベロニカは頭を傾げる。
これは何、と言いたそうに。

その石は先程、ダーハルーネの老人から頂いたものだった。
いや、正確には海底王国ムウレアに沈んでいたそれを探してほしいと頼まれ見つけた物だが、老人は見つけた人の者だとそれを託してくれた。
その石は“けんじゃの石”と呼ばれ、天高く掲げるとまばゆき光を放ち、皆を癒してくれるものらしい。

ベロニカに持っていてほしいとイデアは告げると、彼女の手を取りそれを小さな手のひらにそっと乗せる。
自分よりも大きな手が自分の手に触れた事によって、微かにベロニカの鼓動が高鳴る。
受け取った石を早々に落としそうになったが、何とかそれを回避した。

「これ……あたしが持ってていいの?受け取ったのはイデアなんだしイデアが…それかセーニャに渡してもいいんじゃないかしら?」

皆を癒してくれるものじゃない、とベロニカは言の葉を続けた。
しかしイデアは顔を縦に振る事無く、横に振ってそれを否定した。
不思議そうに、微かに曇った表情を浮かべるベロニカに、イデアは石を渡した理由を紡ぎ始める。

ベロニカにその石で癒してほしい、と。
そして、以前彼女が彼に話した、癒しの魔法の件を話した。

ベロニカは以前、癒しの魔法が上手く使えない事にもどかしさを、悔しさを感じる事があるとイデアに話した事があるのだ。
彼女はその件に関して彼女なりの納得を改めてしたが、イデアはそれをずっと気にしていた。
そんな時起きた老人の好意、けんじゃの石との出会い。
イデアは、どうしてもベロニカに持っていてほしいと言いたそうにベロニカを見つめた。

「……わかったわ、あたしが持っとく」

イデアの視線に恥ずかしさで耐えられなくなったベロニカは、顔を背けながら小さくそう告げた。
頬が赤く染まっているのは風に当たりすぎたせいか、それとも傍に居る彼のせいか。
ベロニカは受け取ったけんじゃの石を見つめると、それを大事そうに胸に当てる。

持ってていいか、そう問いかけたベロニカだったが、彼女はイデアの気持ちを嬉しいと感じていた。
けんじゃの石の力でも、癒しの魔法には敵わない。
しかし、イデアが過去に話した事を気にしてくれていた事が嬉しく、その優しさに胸が暖かくなるのを感じていたのだった。

「……ありがと、イデア」

けんじゃの石を大事そうに黄色いバッグにしまうと、橋の手すりに両手を乗せる。
海を眺めながらそう言った彼女の声は、海の匂いが混じった風に飲み込まれそうだった。
か細い声をイデアはしっかりと耳で受け取る。
風に吹かれて海を眺めるベロニカの姿に、イデアはけんじゃの石でも癒しの魔法でも到底敵わない“癒し”を得るのだった。

2017/11/3

我が家の勇者はベロニカちゃんにけんじゃの石を持っててもらってまして。
それを渡す際こんな事があったらいいなぁと。


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