stand by 4
それから半年。
大尉は少佐に昇格し、大佐は大佐のまま相変わらずの日々。二人の散歩も「いつものこと」になり、外野から何やかやと言われなくなって久しい。というのも、二人はすっかり主人と飼い犬、もしくは恋人同士だと思われていて、連れ立って歩いていても何ら不思議はないというのが衆目の一致するところだった。ダルメシアンはやはり何も言わなかった。その方が都合がいいだろうと思ったからだ。

「今度の遠征、彼女と一緒なんだってなぁ」
「ええ、そうです」
「あらら、思ったより反応薄いのな。つまんねえ」
「いまだに面白がってるの、あなたくらいですよ」

グラサンノッポの中将がにやつくのは、少佐がジョアナ大佐の犬でも恋人でもないと知っているからだ。本部の廊下や港で行きあうたびに呼び止められ、あのときのようなお節介はそうないにしても、しきりに彼女の話題を口にしたがる。ほんとうなら、はいはいと適当にあしらって聞き流したいくらいだが、立場上そういうわけにもいくまい。相手は中将殿だ、いくら歳が近かろうがどんなに彼が馴れ馴れしかろうが、ふつうならこんなやり取りなどする間柄ではない。
支えてやんなさいよ、と意味深な言葉を残してひらひらと手を振りながら立ち去る中将に、あんたは一体何をしたいんだ、と問い掛けずにはいられなかった。もちろん心の中での話。代わりに出てくるのはため息ばかりだ。


出港して五日と数時間。
少佐が記憶しているどの戦闘よりもひどい戦が海上で始まってもう二時間は経つ。嵐で火薬は湿気り、灰色にけぶる甲板の上では数メートル先も見えず、敵も味方も入り乱れての混戦状態。敵船も軍艦も、艦から艦へ走り、跳び回っている間も気を抜けば足を踏み外しそうになるし、そうなれば海に落ちてひとたまりもないことは誰よりも彼自身が承知している。雨の所為で鼻の効きもよくはなく、肉弾戦を得意とする彼にはやりづらいことこの上ない。しかし、彼が「ひどい」と思うには別のところに理由があった。

彼女は、ジョアナ大佐は戦っていた。少佐がそれを見るのはこれがはじめてのことで、しかし言いようのない違和感と気味の悪さを感じずにはいられなかった。
大佐はひとりで鞭を振るい、ひとりで敵を拘束し、ひとりで声を張り上げていた。彼女の艦の兵士たちはみな揃って彼女から一定の距離をとり、次から次へと襲いくる海賊どもと相対していた。はじめはそれが、心得た部下たちが、彼女の間合いに入らぬようにしているものだと考えた。あの武器では確かに下手に近づけばこちらがやられてしまうだろうし、大佐の邪魔にもなるだろう。当然と言えば当然、しかし何かがおかしいと彼はすぐに気づいた。

またひとり、と目の端でその様子を捉える。適当な海賊をひとりだけ切り伏せ、縛り上げるついでにちらりと上官の様子を見やる者。すでに彼女の手で錠をかけられ放られた敵を回収するだけで、腰に下げた刀を一度も抜こうとしない者。まともに戦っている者は艦の上の兵士の半分にも満たない、彼女のチームはそのほとんどが機能していないように見えた。

そうしてその真意に彼が気づいたとき、彼は生まれてはじめて、目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚えた。気づいたときには少佐の周囲の敵はひとりも立ってはいなかった。最後のひとりを帆柱にヒビが入るほど強く叩きつけ、誰ひとり立ち入らない大佐の間合いに入り、向かってくる海賊どもをひとり残らずねじ伏せた。それなのにびゅうと風を切って振り下ろされる鞭。ダルメシアンはぐっと両脚に力を込めて大佐の前に飛び出し、そのしなる鞭を己の右腕で受け止めた。皮膚が裂けるのも構わず、掌を握りしめて鞭を掴み、ぐいと思い切り引いて大佐の動きを無理矢理に止める。ほんの数センチにまで詰められた距離と彼の怒りの形相に怯んだ大佐の手から、驚くほど簡単に鞭の持ち手が離れた。

「あんた…いつもこうなのか…」
「え…?」
「あんたの隊の連中は、いつも遠巻きにあんたを見ているだけで、誰も手を貸そうとはしないのか」
「……あの…」
「あんたは、あんたの崇拝者どもがああしてただ眺めて見ているだけなのを、放っておいたのかって聞いてんだよ!」

少佐、と後ろから怒鳴り声が聞こえても、ダルメシアンは大佐を睨みつけたまま振り返りもしなかった。彼女の副官から手首を掴まれてようやっと視線だけを向け、しかし牙を剥いて唸る彼の様子に相手はすぐにその手を離した。そうして力任せに鞭を振り落とし、こんな阿呆、支えられるかよ、と吐き捨て、ダルメシアンは自分の艦へと戻っていった。

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