私の女神
ウザくてたまらない、というのが彼に対しての第一印象だった。つまりは「最悪」の一言に尽きるが、それは出会ってからものの一分で確固たるものになった。
だが、それも致し方ないだろう。夜勤のあと、ほんとうなら八時くらいには家路につくはずなのに、具合の悪い子どものひとりが落ち着くまで付き添い、結局園を出たのがお昼近くのこと。もちろん子どもの為ならまったく苦にも思えないことだけれど、寝不足でぼんやりしながら前だけを見つめ、パーカーのポケットに両手を突っ込み、背中を丸めて道を行くイレーネに声を掛けたものがいた。それが彼だったのだ。

「いきなり失礼、ずいぶん顔色が悪いようですが」
「…ほっといて」
「いや、心配だ。どちらかに出掛けるところでしたら、よろしければ送っていきましょう」
「煩いわね…構わないでよ」
「でなければそこのカフェでお茶でもいかがですか、きっと気分もよくなります」

真正面から歩いてきた海兵じみた男が、すれ違ったときに唇をすぼめたのが横目に見えていた。恐らくそこらのごろつきが女たちをからかうように、もう少しで口笛を吹くところだったのをなんとか堪えたに違いない。しかしこの男の面倒だったところは、その代わりに踵を返して彼女の後ろを着いてきたことだろう。
心配しているようにはとても見えない緩みきった口元も気取った髭も髪型も、びしりと着こなしたダブルのスーツも何もかもが気に食わない。いつもなら軽くあしらっていただろうが、一瞬にして不機嫌さが最高潮に達したイレーネはぴたりと足を止め、くるりと振り返ると据わった両目で男を睨みつけた。

「あなた、名前と所属部隊は?」
「ん?ああ、これは失礼、私はステンレスと申します。地位は准将、今は第八艦隊で…」
「明日までには軍の意見箱に投書しとくわ、この間抜け野郎」

何を言われたかもわからず呆気に取られた男が腕を伸ばして止めるよりも先に、彼女はさっと横道に入って姿を消した。家に着いてベッドへ倒れ込み、しかし思い出しては苛々としてまったく寝付けず、目を閉じれば瞼に浮かぶあの男のにやけ顔に散々悪態をついた。
そうして結局はむくりと起き上がり、くしゃくしゃになった箱の最後の一本を取り出して火をつけ、青白い煙をせかせかとふかしながら膝を抱えた。数分後、灰皿に押し付けられた吸殻のフィルターは噛み跡だらけだった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -