夢ではなく
爆風で己の身体がまるで木の葉のように吹き飛ばされたところまでは覚えている。
そのまま四肢が千切れてばらばらになり、ああ、死んだなと思いながらペルはうっすらと目を開けた。
しかしそこには見慣れぬ天井があって、常から死後の世界など全く信じていない彼はただただ不思議な思いでそれを見上げていた。
死とは無に帰すること。天井だなんてあるはずがない。

「やあ、目が覚めたかね」

ぼやけたような低い声が聞こえ、上からの光を遮ってこちらを見下ろす男の顔がペルの視界に入った。
立派な髭を撫で付けたあとに包帯だらけの腕をとって脈を確かめている様とその風貌で、おそらくドクターなのだろうということがわかる。
ゆっくりとまばたきをし、自分が助かったのだと理解する。
無くなったと思った手足もどうやらちゃんと残っているらしい。

「ふむ、熱があるな…これだけの怪我をしてよく生きてたもんだよ」
「かっ…」
「ああ、多少喉が焼かれてるかもしらん。無理に喋りなさるな」

差し出された水をほんの少し口に含み、飲み下す。
食道から胃にかけてゆるゆると染み渡る感覚と、身体の筋の一本一本が硬くきしむような痛み。胸の辺りが特にひどく、とても起き上がれそうにない。

最後に見たのは呆気にとられた王女のすすけた顔と、その髪色と同じ空の青。
あれから一体どれほど時が経ったのか、街や民や王女がどうなったのか、一切がわからない。
可能な限り高く飛んだつもりだったが、ご無事なのだろうか。瓦礫に押し潰されたなんてことになってはいないだろうか。

握りしめた拳に力を込め、なんとか身を起こそうとする。
苦しそうに唸るペルを見て、医者は再び彼の顔を覗き込んだ。

「あんた、兵隊さんだろ。アルバーナは大丈夫だから、もうちょっと寝ていなさい」
「お…王…」
「国王様はご無事だそうだ。二年間消息不明だった王女も護衛隊長も戻られたらしい。反乱は終わったよ」

ひとを安心させる穏やかな医者の声で、ペルの全身から力が抜けた。
戻りつつある聴覚が懐かしい音を拾い、そちらの方へとゆっくり首をひねる。
それは雨が窓を打ち、砂の大地に静かに吸い込まれていく音だった。


砂漠のど真ん中にある診療所には彼と医者の二人しかおらず、だるさの抜けない身体をベッドに横たえたままペルはまどろんでいた。
結局雨の音を聞きながら気を失い、次に目が覚めたのはあれから三日も経ってからだった。
ずいぶんとうなされたらしいが、今は熱も引き怪我の痛みも和らいできている。
先ほど包帯を取り替えてくれた医者は、あと何日か養生すれば歩けるようになるだろうと言っていた。

意識を失っている間も現在も、ペルは現実かと見まがうような生々しい夢をいくつも見ていた。
まだほんの子どもだった時の思い出や、入隊したての頃のはなし。
隊長と王女がいなくなり、もう一人の副官と兵をまとめている様子。
反乱軍と国王軍の衝突のさ中、もうもうたる粉塵に突っ込みながら飛び回る隼。
身体に受けた銃弾、開いた時計塔、うずくまる王女の後ろ姿。
守らなければ。彼女が愛したこの国と街と民と友と王と、そしてその娘を…。

ざらざらとした雑音の中に聞きなれた声が聞こえた気がして、ペルは徐々に覚醒していった。
それはよく知る、しかし今や聞くことは叶わない女の声で、きっとまだ夢の中にいるのだろうと浮上しかけた意識がまた沈みかける。
…いや、あれは違う。

「…ビビ様……」

現実だと認識したペルは目を見開き、混沌とした夢の中から無理矢理意識を引き上げていった。
雑音混じりの王女の声が隣の部屋から聞こえてくる。
何かのスピーカー越しらしく途切れ途切れではあるが、間違いなくそれは王女の声だった。
以前に比べると少しだけ低く感じるその声は、誰かに向けて必死に想いを伝えていた。
この国を、愛しているから、と。

「っ…」
「おいおい、一体どうしたんだ…」

物音を聞き付けた医者が病室を覗くと、重症であるはずの患者が不自由な左手で着替えをしているところだった。
勝手に引き抜いたらしい管がいくつかベッドから垂れ下がっていて、巻かれた包帯を鬱陶しそうに引き剥がしている。
次に医者が目にしたのは、ひとの男ではなく大きな鳥が翼を広げている異様な光景だった。

「まさか、ファルコン…」
「翼もやられているのか…」
「いや、あんた…翼以前の問題だよ…」
「仕方ない…アルバーナはどちらの方角ですか?」

不自然に曲がった翼が徐々に消えてまたひとの形を取っていく。
驚き呆れる医者がふらつく男の身体を支えるが、彼は大丈夫の一点張りで差し出された腕をやんわりと押し戻した。
得体の知れない怪我人が国の守護神なのだと気づいても、その男が患者であることには変わりない。
どうやらここから立ち去ろうとしているらしいが、とても許可できる状態ではなかった。

「なあ、よしたほうがいいぞ…」
「大丈夫です」

結局何度引き留めても無駄だった。副官は意地でも都に帰るつもりらしい。
歩けばどれほど時間がかかるかわからない距離をそれでも歩いていくと言う。
何故かと問いかけた医者に、守護神は静かに微笑んでこう答えた。
どうしても、お顔を見たいのです。
誰の、とまでは聞かなかった。
例えそれが誰であったとしても、医者には彼を留めておくすべが思い付かなかったからだった。


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