to the eye(オニグモ)
ずいぶんわかりやすいやつだな、と積み上げられた資料を横目に新聞を広げる。つい今しがた退室した中尉の荒っぽい足音が遠ざかり、再び訪れた静寂の中に響くのは紙を捲る音と己の息遣い、それにわずかずつ短くなる吸いさしの、じりじりとくすぶる微かな音だけだ。

目は口ほどに物を言うというのはまさにあれだろう。非難、批判、抗議。中尉は一言も声を発しなかった。扉を叩き、分厚いファイルを置き、あとは敬礼をして立ち去った。一分とかからなかった。オニグモはそれを、やはり横目で見ただけだ。

もし誰か言うものがあれば、中尉の無二の親友が、あの四号艦の乗組員だったと知ったかもしれない。だった、そう、彼は海兵だった。今はもう居ない。
もしデスクの上の資料に目を通したのなら、一枚ずつてんでばらばらの経歴書に共通点を見出したかもしれない。ベルナール、准尉、二十八歳。ハーディ、一等兵、十九歳。ゴードン、曹長、二十四歳。それに、ベネット、中尉、三十一歳。彼らの華々しい、あるいは平凡な軍歴の最後には、皆一様に二週間前の日付が記載され締めくくられている。所々インクが滲んではいたが、中尉は当て付けのためにそれをそのままにしておいた。しかし彼の上官がそれに気づくことはない。

一向に長さの変わらない煙草の灯がもう少しで消えそうになるたび、思い出したように煙を吸い込む。興味深い記事などひとつもないのに、彼は新聞の文字を目で追うことをやめはしなかった。

同じように港を出て、同じようには帰ってこられなかった艦。無事帰港した艦から降り立った同僚たちの、いつも通りの平坦な眼差しに無意識ではあるが気が鎮まった。
長い付き合いの彼らが、ひとの正義にとやかく口出しするようなことはない。仮に彼らの誰かが己と同じようなことをしても、きっとこちらでもそうするだろう。間違った正義を背負っていたらここまで居残ることは出来ない。それを十分に理解しているからだ。

青臭い議論や問答は幾度となくしている。あるときは彼らと共に、あるときは己の内側だけで。それだけで夜を明かすこともできた。遥か遠く昔の話だ。
彼らと一緒のときは、殴り合うまではいかなくても胸ぐらを掴むくらいのことはしたような気もする。互いの意見が噛み合わない、こちらの思いが伝わらない、あちらの信念に同意できない。その正義は違う、あの正義には頷ける。いつも結局まとまった答えは出なかった。
しかしときを経て、それぞれがそれぞれの答えを見つけた。それを否定することなどもはや無い。

何処かの国での建国記念式典、西の海での大規模な祭り、貴族の御子息の絵画の特選、桜の開花予想。面白くもなんともない、彼が守るこの世の出来事。

だから彼は目を閉じ、新聞を畳んだ。数秒だけ暗闇に埋れ、次に瞼を開けたとき、彼は立ち上がってファイルを手にした。鍵付きのキャビネットの中には同じようなファイルがいくつもあるが、彼は今まで一度も、その中身を見たことはない。

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