青と春の結び目を解いて


「なぜだ !! なぜ田中さんはオレを撮らんのだ!!」
「やだなぁ、東堂くんも撮ってるって。ほら、これなんか凄くいいアングル」
「……う、うむ。確かに男前だな。そしてこのアングルはなかなか目の付け所がいい……って違う!」
「えーなにが。あ、ほら、こっちの新開くんと福富くんもなかなか自信作でね」
「おお確かに、これもなかなか……ってだから違う!」

 ぜえはあと荒い息で突っ込む東堂を前に、ちょこんと小首を傾げてみせる田中。
 毎度お馴染みのハイテンションなじゃれあいをゲンナリと見つめながら、荒北はふうと息を吐いた。
 おいコラ、人の机の上で写真広げてんじゃねーよ。
 ……なんて言ったところで無駄なことはわかっているので、思うだけにする。
 こういう諦めがまたこいつらを付け上がらせるだけなのだとわかっていても、理屈が通じないのだから仕方がない。

「そうでなくてだな、田中さん!」
「おやおや。では一体何だと言うのだね、東堂くん」
「オフショットが見事に荒北ばかりというのはどういうことだ! 女子なら、このオレこそを撮りたがるものだろう!!」
「えー、だってほら。東堂くんを盗み撮りとかした日には、ファンからどんな制裁を受けるやらで夜道が怖いったりゃありゃしないし」
「む。オレのファンにそんな不埒な真似をする輩がいるとは思いたくないぞ。だが田中さん、何かあったのなら遠慮なく言えよ」
 心当たりがあるのかないのか。神妙な顔を作り始めた東堂の眉間のシワを、田中は打って変わって明るい声で吹き飛ばす。
「大丈夫、大丈夫。少なくとも、こうして荒北くんを盗み撮りする限りはそういう危険はないし」
「ふむ。ならば心配いらんな。これからも精進しろよ!!」

 キランと歯を輝かせてエールを送る東堂に対して、任せて!とやる気満々の田中がハイタッチを決める。そこだけ見ればお気楽な青春友情モノのワンシーンと思えなくもないが、生憎それで済ませられる程には荒北は達観できてはいなかった。

「……いや、待てって。お前ら今、すっげぇ勢いで話の流れを捻じ曲げただろ! 特に田中、なんで前提が盗み撮りなんだっつの!」
「えーだって、撮らせてって言ったら荒北くんてば絶対嫌がるし。でもほら、なんだかんだでちゃんとバレるように撮ってる私って、良心的だと思うよー?」
「どっこが『良心的』だァ? そーいうとこが余計にタチわりィんだよ!!」

 ここだけの話。自転車競技部が放送部からの協力申請を受け入れた昨年の初夏は確かに、しがない一年部員の荒北にカメラを拒否出来るような自由はなかった。けれど、それはあくまで「自転車競技部」として活動している最中のことで、あくまで相手が「放送部員」であるという前提の上で、だ。
 隣の席の田中というただのクラスメイトを相手に、(放課後ならまだしも)いたずらに肖像権を侵害される義理はないということなど、一年前でもわかっていたことだった。

「えへへ。だって、カメラ越しに目が合う瞬間大好きなんだもん。鋭い視線にドキドキしちゃう」

 そして当然のことながら、自分の欲望が放送部の活動の一環という表現で許される範囲を軽々と逸脱していることなど、昨年の田中も十二分に自覚していた。
 だから彼女はあくまでも、撮っているよとアピールしながら荒北に向かってきたのだ。
 あくまでこれは趣味だから。今は嫌がってもいいところだよ。そう言外に含めながら、"荒北くんが本気で言うなら、いつだってフィルムを引っ張ってダメにしてもいいし、メモリも消す"と覚悟を決めながら、カメラを向けては「荒北くん」と呼びかけて手を振り続けた。
 普通なら、例えばそれはあくまでも彼女の中でだけで完結する決意であり、外部には伝わりようもないこだわりなのだけれど……幸か不幸か、荒北という男は大変に勘が鋭かった。
 本人の自覚の範囲さえ飛び越えて、荒北の野性的な勘は相手の本気と人間性を嗅ぎ分けてしまう。

 そして。上辺だけで睨んでも怒鳴っても威嚇してみても、一向に懲りる様子を見せない田中との日々もかれこれ一年と半年以上が過ぎようという最近では、その傾向はますます顕著になっていた。

 そう考えれば荒北にとっては不幸なことかもしれないが、つまり彼は彼女とこうして肩を並べ日々を送るうちに、彼女という人間の本気と潔さを見事なまでに感知し過ぎていた。それも、無自覚のうちに。
 「一人上手が起こす傍迷惑な悪ふざけ」と表層だけを見て邪険にするには、あまりにも手遅れだった。

 最早、本心からの拒絶などできやしないところまで許容してしまっているくせに……けれども、荒北の理性はそれに気が付かない振りを続けていた。彼には色恋にかまけていられるような暇はなかったし、加えて言えば……その一線を越えをさせないところが、つまり田中夏希という女の残念な部分だった。

「マジで、バッカじゃねェの!」
「やーん東堂くん助けてー。荒北くんが怒ったー!」
「そう言いながらカメラ構えんなって何度言えば……あークソ、だからおめェって奴はよォ!!」



 今日は東堂だが、他の日は新開だったり、はたまた二人ともだったり。
 日により多少の違いはあれど、大まかに見れば目立つ人種が集うことには変わりない。
 けれど、そんなメンバーと共に教室の隅でケラケラとじゃれあう元ヤンと怖いもの知らずの放送部員という異色コンビの姿は、クラスメイトたちにとってはすっかり見慣れた光景になっている。

 あいつら、またやってんなぁ。
 いくつかの呆れが滲む視線の先では、変わりそうで変わらない関係が今日も続いていく。



(タイトル:Janis)

   

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