20.少年とのひと時

 なんだか落ち着かない。
 それが、今の私の心情だった。
「ふぅ……」
 緊張した身体を落ち着かせるため、思わずため息を吐く。それでも、一向に落ち着かない。ただ――ひたすら、自身の胸が高鳴っていることはわかった。
 ――知らなかった。ヒーローである少年と共に歩くことに、こんなに緊張することがあるなんて。
 少年――ナランチャの横に並んで、私は歩いている。そうしていると、昨日の自分のことを思い出して、顔が熱くなっていくのを感じた。彼と遊びの約束をして舞い上がっていた、そんな自分に。
『もしかしてこれって、デート?』
 単に、意識しすぎなのかもしれない。急にこんな風に意識してしまって、戸惑っているだけなのかもしれない。
 そもそも私は、好きとか嫌いとかそういう次元を超越して――ナランチャに対し、強烈な憧れを抱いている。
 そうだ。だから私は、こうして緊張しているのだ。
 近い距離にいるようで、どこか遠くのもののように感じていたヒーローが――ひとりの少年として、私の隣にいるのだから。

「最近忙しくって、なかなか好きなことできなかっただろ? だから、ナマエと一緒に出かけることができて嬉しいぜ」
 緊張して固くなる私。それに気付いているのかいないのか、ナランチャは屈託のない笑みを見せた。それは私の緊張を徐々に溶かしていくくらいに、輝いていた。
 それに、ナランチャのくれた言葉も、素直に嬉しい――その気持ちを伝えたくて、私は口を動かした。
「うん、私も一緒。私も、ナランチャと一緒に出かけることができて、嬉しいよ」
 本心だった。私がこう伝えると、ナランチャは少し照れくさそうだった。
 ナランチャが見せてくれる笑顔が、どうしようもなく眩しくて――私は思わず、目を細めた。


 私たちは、二人一緒に家を出た後、街を眺めながらゆっくり歩いていた。空はどこまでも青く、街並みは輝いている。
 私のいちばん最初の記憶から、今の今までの一ヶ月ほど――私はこのイタリアの街、ネアポリスにずっと滞在している。だけど、最初に浮浪していた頃はもちろん、ギャングとなって働き始めてからも――街をゆっくり眺めることなんて、なかなかできなかった。
 だから今、憧れを抱くヒーローと共に、街を眺めながら歩くことに――私は、どこか新鮮で、心躍るような気分になっていた。
「そういえばよォ、ナマエ」
「な、何?」
 そうやって二人で歩いていると、ナランチャがじっと見つめてきた。まっすぐ見つめられ、なんだかドギマギしてしまう。
「あーっと……ちょっと、思っただけなんだけどさァ。今日、いつもと雰囲気違うな」
「えっと、何か変だった……?」
「全然そんなことねーよ! そうじゃなくって……なんだか、キラキラしてるなあーって思ったんだよ」
「あ、ありがとう」
 キラキラしてる。単純に照れくさかったが、ナランチャのその言葉だけで、私の心もキラキラしたように感じた。
「えっと。ホテルから取ってきた荷物の中に、お化粧道具が入ってたから。せっかくだし、使ってみたんだ」
 気づいてくれることを期待していたわけではない。ただ、自分の気分を盛り上げようと思って、なんとなくやってみただけだった。
「へー、そうだったのか。まあ、いつもキレイだけどな、ナマエは」
 だけど、ナランチャは気付いてくれた。そして、偽りのない、計算のない素直な言葉をかけてくれる。
 それがどうも嬉しくて、恥ずかしかった。

「ナランチャも!」
「え、オレ?」
「ナランチャも……すごくカッコ良いよ」
 恥ずかしさから逃れるように私が言うと、ナランチャは驚いたように目を見開いた。
 そう。彼も何だか、いつもと少し雰囲気が違ったのだ。今日のナランチャは、ギャングというよりは、十六歳の普通の少年のような服装をしていた。それこそ、男の子がデートする時に着るような服装というか――
 これが、私の緊張を助長させていたのだろうか。何か悩ましい気持ちになって、私はため息をついた。
 隣に立つ彼が、私のヒーローであることより――ひとりの少年であることの方が緊張するなんて、何だか奇妙かもしれないけど。
「へへへ、そうか? ありがとよーナマエ。いつもの服もいいけどさ、この服も結構気に入ってるんだ」
 ナランチャの屈託のない笑顔に、よく晴れた空、ゆっくり眺めることのできるイタリアの街並み。
 この景色を目に焼き付けて――今までの記憶の中で、最も美しいものの一つだと思った。


 私たちはこうして、街中をあてもなく歩いていた。
 目的なんてなくて、ただ、二人で話しながらのんびり歩くだけ。
 このひと時が、どうしようもなく幸せだった。
「ナマエはよ、好きな音楽とかないのか?」
「好きな音楽?」
 ナランチャに尋ねられて、思わず首を傾げる。自分自身のことなのに――何も、思い浮かばなかった。
 考えたこともなかった。私は――自分の好きな音楽すら、わからなかった。
「えっと、ナランチャはどうなの? たまに、家で音楽聞いてるみたいだけど。ヘッドホンで」
 答えることを放棄して、逆にナランチャに聞いてみる。彼は少しだけ考えて、それから答えた。
「え、オレか? そうだなあー、オレはアメリカのラップとか良く聞くぜ。トゥーパックとかな」
「ラップ……そういうのが好きなの?」
 そうそう、とナランチャはどこか嬉しそうに言う。そして、この曲が特に好きなんだと、いくつか教えてくれた。
 そんな彼の様子を見て、ぼんやり思った――自分の好きな曲を話すことは、楽しいことなのだろうか?
「ナマエはどうなんだよ? ナマエが好きな曲があるって言うなら、オレも聞いてみたいぜ!」
「え、うーん」
 ナランチャにもう一度尋ねられても、覚えていない、としか言えなかった。どうしても、わからなかったのだ。
 私が思い出せないと答えると、ナランチャは頭を掻いて言った。
「あー、そっかァ。本当に何も覚えてねーのか? なんかよ、覚えてるフレーズとかさ」
「うーん……」
 思い出せないものは、本当に思い出せないのだった。それでも何か思い出せないかと、眉間に力を入れて、考え込んでいると――ナランチャは、私の表情をほぐすように、笑って言った。
「ならよ、ナマエ!」
 やっぱり彼の笑顔は、どこまでもキラキラしていた。
「一緒にCDショップに行こうぜ――好きな曲、一緒に探そうぜ!」


「わあ」
 ナランチャに連れられ、CDショップの中に足を踏み入れた途端――CDの量に圧倒され、私は思わず感嘆した。どこを見ても、何を見ても、CDだ。
 そんな私を見て、ナランチャはニヤリと笑う。
「結構良いだろ? ここ。いろいろあるからさァー、もしかしたら、前にナマエが好きだった曲も見つかるかもな」
 ずらりと並ぶCDに、店内に流れる軽快な音楽。その光景はなんだか新鮮で、私はあたりを見回してしまっていた。
「まあ、前にナマエが好きだった曲はわかんなくてもよ。これから好きな曲を見つけていけば、それで良いと思うぜ」
「……私の、好きな曲」
 好きな曲を見つけて、それについて話すということ。
 さっきのナランチャを思い出して、思う――それはきっと、素敵なことなのだろう。
「見つかるといいな、私の好きな曲」
「ああ、きっと見つかるよ! だから一緒に探していこうぜ、ナマエ」
 私は頷いた。好きな曲を見つけて、真っ先にナランチャと話をしたい――そう思った。

 店内を二人で歩き、CDを物色してみる。当然ながら、色々な種類の音楽があった。イタリアの曲も、それ以外の国の曲も、歌詞のない曲も。
 私が以前好きだった曲は、日本語の歌なのだろうか? まず、それから探してみるべきだろうか。それとも別の曲? それとも――
 どうするべきなのか、私が迷っていると――ナランチャはふと、試聴用メディアに手を触れた。そして、彼は自分の耳元にヘッドホンをあてて、音楽を流す。見た所、どうやら英語の曲らしい。
「!」
 それはどうやら、ナランチャの好きなタイプの曲だったらしい。彼は目をつむり、リズムに乗って体を揺らし始めた。
「歌詞はわかるの? 英語の曲でしょ、それ」
「え?」
 私が聞いてみたけれど、ナランチャは音楽をヘッドホンで聞いていたためか、私の声をよく聞き取れなかったらしい。
 ちょっとだけ怪訝な顔をして、彼は耳からヘッドホンを外した。
「えーっと……英語の歌詞、わかるの?」
 もう一度聞いてみる。すると、彼は私のことをキョトンと見つめ、それから首を振った。
「んー、歌詞はよくわかんねえな。音楽はノリが大事だぜ!」
「そっか」
 彼の答えに、妙に納得した。
 歌詞がわかる、イタリアの曲。または、以前の私が好きだったかもしれない、日本の曲。私は今、あえてそれを探す必要はないかもしれない。
 気になった曲は、ジャンルに関係なく聞いてみよう。そう意気込み、本格的にCDを物色してみることにした。

「オレさぁー、車乗る時音楽かけるんだよ。今度ナマエを乗せてさ、一緒に聞きてーな」
「車の運転、できるの?」
 CDを見ていると、ナランチャが何気なく言った。驚いた――ナランチャが車を運転できるとは、なんとなく思っていなかったから。
「車の運転はできるぜ――ギャルンとエンジンかけてな! ただオレ十六だから、自分の車は持ってねーんだよなァ……」
「なるほどね……」
 それならいつか、ナランチャが自分の車を持つことがあった時――私は彼と、一緒に乗ることが出来るのだろうか。
 車の中で、一緒に音楽を聞くことができるのだろうか。
 想像してみようかと思ったけれど、何故か遠い未来のように感じられて――上手く、想像することができなかった。
「それより、ナマエもいろいろ聞いてみろよー。これなんかどうだ? なあ、ちょっと聞いてみようぜ!」
 そしてナランチャは、私にヘッドホンを渡してきた。最初聞いてみた曲はあまりピンと来なかったけれど、何曲か聞いてみたところで――リズム感とカッコ良さがあり、それでいてぐっと引き込まれるような、そんな曲があった。
「……この曲、結構好きかも」
「なになに? あ、これ」
 私が呟いた言葉に、ナランチャは反応する。そして私が聞いていた曲を目にし、驚いたように言った。
「うおお、これ、スヌープ・ドギー・ドッグのやつじゃあねーか! これ、オレが持ってるやつだよ!」
 彼の言葉に、私も驚いた。そしてナランチャは、楽しそうに続ける。
「へー、結構好みの音楽同じなんだなァーオレたち。なんだァー。家でもヘッドホンで聞いてないで、ナマエにも聞かせてやればよかったぜ。なあ、家帰ったらよ、今度は一緒に聞こうな!」
「……うん、もちろん!」
 これからは一緒に、好きな音楽を聞くことができるのだろうか。そう思うと、何だか嬉しかった。
 彼とはいつも一緒にいるから、無意識下で影響され、直接影響を受けていないはずの音楽も好みが似てきたのかもしれない。そう考えると、ナランチャの存在が、私の中でどんどん大きくなっているということだろうか――なんとなく、そう思った。


 気分的には、一日中CDショップで過ごしていても良かったのだけれど、そうもいかないようだった。
「ちょっとそこのお二人さん、そろそろお昼休みの時間だ。ご飯でも食べておいで」
 というのも、正午を回ってから一時間経った頃、お店の人に言われたのだ。
 その言葉がなんだか腑に落ちず、私は首を傾げる。だけどナランチャは、何の疑問も持たずに店を出ようとした。
「あー、もうそんな時間か。ナマエ、行こうぜ。CDは今度だな」
「……昼休み?」
「昼メシ時は、昼休みだぜ。どこの店だってそーだ。なあナマエ、何か食いに行こうぜ」
 私はなんとなく釈然としないまま、彼と共に店を出た。
 今までこの国で過ごしてきて、何となくはわかっていたけれど――本当に、飲食店以外の店は、どこの店でも昼休みになるのだな、と思った。
「私の中での『お店』は、お昼休みなんてないと思っていたんだけど」
「へー、日本ではそうなのか?」
「……あ、そっか。日本に居た時の記憶はないのに、私の常識は日本のものなんだ」
 今ナランチャと会話して、気がついた。そう、記憶喪失とは言え、私に染み込んでいる常識は、確かに日本のものなのだ。
 それが何か手掛かりになるのではないのだろうか? とは思ったものの、今考えても仕方のないことだとも思った。
「ま、とりあえずメシ食おーぜ。何か食いたいものとかあるか?」
「うーん……」
 何も考えていなかったけれど、ふと目に映った唐辛子の看板を見て、こう呟いた。
「たまにはカラいもの、とか?」
 そう言えば、私の記憶上――カラいものを食べた記憶が無い。カラいという概念は理解できるのに、思い出すことができない。この感覚がなんだか奇妙で、同時に未知のものへの好奇心が湧き上がってきた。
「カラいものかァ……」
 だけど、ナランチャはなんだか、少々歯切れが悪かった。その反応を見て、私は意外に思いながら聞く。
「もしかしてさ、カラいもの苦手だった?」
 私の言葉に、彼は少しの間黙っていたが、やがて言った。
「あ、いや、大丈夫だよ! そうだなァ……。そうだ。カラいものだったら、あそこのピッツェリアとかいいんじゃあねーか」


「ほら、このディアボラとかどうだ?」
「ディアボラ……」
 私たちはピッツァ専門店に入って、メニュー表を見ていた。
 どうやらディアボラとは、悪魔風という意味らしい。メニュー表を見る限り、サラミや唐辛子がトッピングされている、辛めのピッツァみたいだ。
「オレはキノコのマルガリータにしよっかなー。ナラの木の薪で焼いた、本物のマルガリータだぜ!」
「じゃあ私は……ディアボラに挑戦してみる」
 私が言うと、ナランチャはやや顔を引き攣らせた。
「マ、マジにそれ頼むのかよォ……結構カラいぜェーそれ」
「……頑張る」
 ということで、思い切って店員に注文することにした。その間、ナランチャは微妙な顔をしたままだった。

「カラっ」
 運ばれてきたディアボラを口に入れたのとほぼ同時に、私はこう口に出していた。
「だから言っただろー? 結構カラいってな」
 ナランチャは自分のマルガリータを口に入れながら、呆れ半分に言う。それを聞きながらも、私は挑戦を続けることにした。これはカラいものだと覚悟をして、二口目を口に入れてみる。
 熱さを感じる刺激と、風味が口いっぱいに広がった。……これは。
「でもこれ、おいしいよ。トマトソースとチーズ、それにカラみがうまい具合に絡み合ってて……ボーノ!」
 カラいというのは、こういうものだったか。口の中に走る熱い刺激が、なんだか病みつきになる。
「そう、なのか?」
 私が食べている姿が美味しそうに見えたのか、ナランチャは恐る恐る私の方に近づいてきた。
「食べてみる?」
「えっとォ……」
 ナランチャは迷っていたが、恐る恐る一口私のピッツァをつまんだ。そして、口に入れて咀嚼したところで、
「カラッ!」
 すぐに彼は、コップの水を含み、あっという間に飲み干してしまった。それから私に対し、どこか恨めしそうに言う。
「ナマエさァ……よくこんなもん食えるな……」
 ヒーヒー言いながら水を飲む彼を見て――ああ、彼はやっぱり、辛いものが苦手だったのか、と思った。
 そしてそれを確信した途端――なんだか本当に、ナランチャがただの少年に見えて――少し、かわいらしく思った。


 ピッツァを食べ終えたところで、私たちは店を出た。
「美味しかった!」
「そんなにあのディアボラ、気に入ったのか? まあ、ナマエが美味いって思ったならそれで良いけどよォ……」
 よほど、さっきのことが堪えたのだろうか――ナランチャは、顔を顰めていた。だけど、気を取り直して私に聞く。
「それよりよ、これから行きたいところとかあるか? また、好きな曲探しに行くか?」
「そうだね……じゃあ、さっきのCDショップまで、もう一回連れてってもらって良い?」
「任してくれッ」
 ナランチャは、屈託のない笑顔を見せた。だけど、その直後に、少しだけ顔を曇らせた。
「あ、けど……そういえばまだ、どこもかしこも昼休みだぜ」
 時計を確認する。昼休みは、あと二時間ほどあるらしい。
「そっか、そういえばそうだったね。なら、少し一緒に歩こう?」
「おう!」
 昼休みが終わる時間まで、腹ごなしがてら二人で歩くことにした。CDショップに行けないことは、それほど重要なことではない。ただ、二人でのんびりと会話できることが、何より嬉しかった。


「ねえ、ナランチャ。こうして見ると、スゴくキレイな街だよね、ここって」
「そうだなァ……きっと、そうなんだよな。ナマエ、気に入ったか?」
「もちろん」
「そうか……そうだ、夜になったら夜景見に行こうぜ! ネアポリスは、夜景も良いんだよ!」
「夜景……。そういえば、あんまり見ることなかったな」
「だろ? だから、日が沈んだら見に行こうぜ。ちょっと遠いけどさァ、オレ、結構良い場所知ってるんだよー」
「そうなんだ、楽しみだな。……でも、なんかイタリアって日が沈むの遅いような気がする。今時期でも、夜七時くらいまで太陽が出てるし。確か、サマータイムで、時間が一時間位遅れてるんだっけ?」
「そうだな。確かに、まだ日没までは時間あるな……っておいおい、もしかして日本にはサマータイムねーの?」
「えっと……記憶としては思い出せないけど。きっと、なかったと思う」
「ふーん、そういうもんか。けどその分、長い時間ナマエと一緒に居られて良いなッ」
「……家に帰っても、一緒にいられるでしょ」
「んー、それもそうか」
 夜景を楽しみにして、他愛もない話をして、二人の時間を過ごす。
 そんな心地の良い時間を過ごすことができれば、それで良かったのに。


 それが突然途切れたのは、本当に突然のことだった。
「失礼ですが――」
 突然。あまりに突然、全く知らない人物に声をかけられたのだ。
 声のする方を振り返ると、帽子をかぶった男の姿があった。男は私の方を見ながら、ただ質問をしてきた。
「現在、ナマエ・ミョウジと名乗っている人物は――あなたですか?」
 妙な尋ね方だ。訝しく思うが、男の質問に間違いはないので、顔を顰めつつも私は頷く。
「そうですけど。……どちら様? 何の用?」
 私が肯定したのを確認すると、男は安堵したように見えた。そして、彼は淡々と言う。
「あなたを探していました。少々お話を伺ってもよろしいですか?」
「え?」
 男の言ったことに、私の隣でナランチャは、怪訝な顔を見せた。
「おいナマエ、コイツ誰だ? 知り合いか?」
 こう聞かれても、分かるはずもない。私が首を振ると、ナランチャはさらに眉を顰めた。
 そんな私たちの様子に気づいたようで、男はゆっくりと、自分自身のことを答えた。よく見ると、彼の帽子には――『SPEED WAGON』と書いてあった。
「……申し遅れました。私、スピードワゴン財団の者です。空条博士からの司令で、あなたを探していました」
 彼の答えは、私自身の知りたいことを知ることにとって、私自身のことを知ることにとって――かなり、大事なことであった。
 最も今の私には、これが想像している以上に重要なことなんて、分かるはずもなかったのだけれど。

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