7.破壊と障害

 今までは、この館にいる人間たちと顔を合わせることはあまりなかったが、最近になって誰が常駐しているのか、段々と分かってきた。

 まず、ゲーマーで執事のダービー。彼には兄がいるらしいが、その兄と会ったことはない。
 エンヤ婆。ディオさんにスタンドを教えたこともあってか、彼女の知恵をディオさんは重宝しているように見える。
 そして、ヴァニラ・アイス。彼は最近ディオさんと出会ったばかりだが、誰よりもディオさんへの忠誠心があると評価され、また、彼のスタンド能力も凄まじいものであるそうだ。彼は私のことを(というかディオさん以外の全ての存在を)気に入っていないらしく、すれ違うといつも睨まれるし、その割に話しかけると無視される。
 それ以外の人に関しては、常駐しているというわけでもないらしい。よくディオさんの元へ挨拶しに来る人もいれば、たまにしかいない人もいるが、詳しくは知らない。
 だってディオさんは、私が外部の人間と出会うことを、あまりよく思っていないようだったから。その理由は、よく分からなかったけれど。


 ディオさんは今は留守だ。詳しくは知らないが、彼はたまにアメリカ等のこの国の外へ行き、スタンド使いの仲間を増やしているらしい。
 主人がいないのなら、彼の部屋でもきちんと掃除しておこう。そう思いながら廊下に出た、そのときだった。
「ウケッ! ウケケケケケケ」
 不気味で間抜けな声が響き、何かと思って辺りを見回すと、小柄で意地の悪い顔をした男がそこにいた。
「おまえがナマエとやらだなッ! オレと同じ、DIO様から血を貰って吸血鬼になった存在であるくせによォ〜〜てめー、調子乗りやがってッ」
「あなた……えっと……ヌケサク、でしたっけ」
 仕事の邪魔をされたことを、面倒に思いながら応答する。
 そういえば、この男も館に常駐しているらしかった。ディオさんの部下の中でも、特に軽んじられている男だ。スタンド使いではないらしい。
 どういう意図で彼がこの館に残されているのかは、よくわからないが。

 彼は、ヴァニラ・アイスあたりからヌケサクと呼ばれていることを見たことがある。本名は知らない。まさかヌケサクが本名ということもないだろう。
 ヌケサクはいきり立ち、懐からナイフを取り出したと思ったら、私に向かって突きつけた。
「テメー、そのあだ名で呼ぶんじゃあね――ッ! 聞いて驚け、ナマエ! 俺様の名前は――」
「おい、ヌケサク。ナマエ様に手を出すことは、このおれがッ! 許さんぞッ!」
 突如。
 ヌケサクが名乗る前に、壁が真ん丸にぶち抜かれて、そしてヌケサクの腕が吹っ飛んだ。吸血鬼の男の鮮血が、辺りに飛び散る。
「う、うぎゃあああああああッ! 腕が! オレの腕がッ!」
 何が起きているのか全く分からず、私はただ、その成り行きを呆然と見守っていた。


 少し呆然とした後、ふと我に返る。そこには、ヴァニラ・アイスが立っていた。……この惨状は、彼が引き起こしたものだったようだ。
「あ、えっと……ありがとうございます、ヴァニラ・アイス」
 腕がふっ飛ばされて喚いているヌケサクを尻目に、私はヴァニラ・アイスに礼を言う。荒っぽい登場だったが、守られたと言って差し支えないだろう。……まさか、この男に守られる日が来るとは思っていなかった。
「……DIO様の命令だから従っているまでだ。礼を言われる理由はない。俺は、おまえなどには興味もないのだからな……」
 そう言いながら彼は立ち去った。その鋭い瞳からは、「興味ない」を通り越して憎しみを感じた。
 そういえば、確かに。エンヤ婆が言っていた。ディオさんは、私を丁重に扱わなかった者は殺すと命じていた、と。
 ……ヌケサクをどうするかは少し迷ったが、放置することにした。彼だって吸血鬼だ、腕が吹っ飛んだくらいでは大した問題ではないだろう。この館では人間の死体はよくあるものだし、死体の腕でも取り付ければいい。百年前、ディオさんが人間と犬の身体をくっつけていたことを思えば、それくらいは簡単だろう。
 とにかく、私も立ち去ることにした。ヌケサクに再び襲われても面倒だから。


 ディオさんの部屋を掃除しながらも、私は考え事をしていた。
 そういえば私は、今回、ディオさんに安全を保障してもらっていない。百年前は、それが保障されない限りは、彼に仕えることは決してできないと、そう思っていたが。
 だが、ディオさんが私を丁重に扱うよう部下に命じている限りは、彼の部下が私に手を出すことはない。私に憎しみを向けるヴァニラ・アイスですら。
 それに私は、吸血鬼となっている。スタンド能力も持っている。戦いが起きたとしても、自分の身くらいは守れるだろう。

 ――それよりも。
 気にかかることはあった。廊下に出て、壁の穴を見つめる。ヴァニラ・アイスが空けた穴は、完全に削り取られ、そして瓦礫も残っていない。……彼のスタンド能力は、強烈な破壊力をもって、この世の全てのものを飲み込んでしまう能力だろうか、と仮定する。ふっ飛ばされたはずのヌケサクの腕は、私が片付けることもなく、どこにも転がっていなかったから。
 ヴァニラ・アイスの力は強敵だ。おそらく、私がスタンドで姿を隠したとしても、そのまま削り取ってしまうだろう。私の能力は、この世から姿を消す能力ではないのだから。
 直感的に思った。
 ……彼は、危険だ。
 あのヴァニラ・アイスは、私の目的の――ディオさんのことも、ジョースターたちも死なせないという目的の最大の障害になるのではないか、と。
「……そうはさせない」
 今日、あの男のスタンド能力の一部を知ることができたのはたまたまだ。基本的にこの館にいる人間は、ディオさん以外の存在に、互いのスタンドを教えるような真似はしない。
 ならば、できる限りで館の人間のスタンド能力を探るしかない。それを把握しなければ、私の目的を果たすための計画を立てることもできないから。
 そして。使用人たる私が、主人と、かつての主人の子孫のことを守るのだ。
 主人のことを守るのも、使用人の役目なのだから。


 後日、私に危害を与えようとしたヌケサクが、館に戻ってきたディオさんに罰を受けたことは、私は知らない。

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