5.百年前の因縁

 ある日のこと。私はディオさんに呼び出され、彼の部屋へと訪れていた。紅茶を二杯、淹れて。
 ディオさんと寝所を共にしたことは、あの日以来なかった。あの日の真意がどうしても分からずやきもきとしていたが、そのことは顔には出さず、私はディオさんの言葉を待っていた。


「来たか……ナマエ」
 そしてディオさんは、私に一枚の写真を手渡した。そして、何気なく紅茶を口に運ぶ。
 一体、何だと言うのだろう。その写真を受け取って目に入れた瞬間、私は酷く驚いてしまった。

 明るい室内で、新聞を読んでいるところを撮られたと思わしき写真。被写体は、精悍な顔立ちの男だ。老いてはいるが、若々しさを感じる。
 そして、何より。その男の顔立ちは、私のよく知る人物にとてもよく似ていた。恐る恐る、私はその名を出した。
「もしかして、彼は……ジョジョさんの子孫、ですか?」
「そうだ」
 食い入るように写真を眺める。ディオさんは淡々と肯定しただけで、それ以上何も言わなかった。
 二十歳で死んでしまったジョジョさん――ジョナサン・ジョースター。その子孫の写真が、今、私の手の中にある。想像もしていなかった事態に、私は思わず興奮していた。
「ジョジョさんの子孫が……生きていたのですね」
 そして、感慨深くなりながら、呆然と呟いた。

 ジョジョさん。あのジョジョさんの子孫が、百年後の今も生きていた。ということは、エリナさんは新婚旅行の時点で身篭っていた、ということなのだろう。
 この世界では既に、ジョースターの血は絶たれていると思っていたが。そんなことはなかったのだ。
「彼の名はジョセフ・ジョースター……。ジョナサンの孫だ」
 ジョナサンの孫、ジョセフ。老人の姿ではあるが、見れば見るほどジョジョさんの面影がある。彼が歳を重ねれば、このような姿になったのだろうか、なんて思ってしまうほど。
 ジョセフ・ジョースターの写真を見ながら、私は、じっと考え込んでいた。


 私にはディオさんしかいないと思っていた。かつての主人、ジョジョさんはもういない。だから、百年後の世界でも、ディオさんのことをひとりにはしないと。そうするしかないのだと。そして、私はそうしたいのだと。
 今でもそうだ。ジョジョさんはかつての主人であり、今の主人はディオさんだけ。
 それでも。かつての主人と、その子孫の存在は、私にとって重要な存在であるのは確かだった。
 かつての主人の子孫が今もこの世に生きているという、確かな喜び。二君に仕えることこそできずとも、せめて彼らにはどこか遠くで幸せになってほしいと、そう思う。
 ……ジョジョさんの死に関与したのは、私でもあるけれど。せめて、遠くから願うことだけは、許してほしかった。


 私がジョジョさんの子孫について思いを巡らせていると、ディオさんはただ、不機嫌そうに言った。
「……わたしがジョースター家の子孫たちに気が付いているということは、ジョースター家の子孫共も、このDIOのことに気がついているということなのだ。少なくとも、このジョセフ・ジョースターはな……」
「……? どういうことです?」
 ディオさんの不可解な言葉に首を傾げる。彼は、淡々と説明してくれた。
「これはわたしのスタンドで念写したものなのだよ。いいや……正確に言えば、肉体であるジョナサンのスタンドだ」
 ディオさんのスタンド能力について、そういえば聞いていなかった。どうやら彼は、肉体のジョジョさんのスタンドも使えるらしい。
「わたしのスタンド能力は二つある……ひとつはこのDIOだけのもので、もうひとつはジョナサンの身体から発現した、これだ」
 そしてディオさんはカメラを手に取った。すると茨のようなものが身体から出てきて、パチパチという音がしながら写真がカメラから出てきた。
 そこには。再び、ジョセフ・ジョースターが写っている写真があった。


「どうやらジョナサンの孫も、ジョナサンと同じスタンドを持っているらしい。『見られた』感覚が、何度かあった。わたしが奴を見ていたように、奴もわたしのことを見ていたのだろう」
 その言葉に顔を上げる。ジョセフがディオさんの姿を見ていたとしたら、つまり。
「……ジョセフ・ジョースターは、ディオさんがジョジョさんの身体を持っていることを知っている、ということですか……?」
「そうなるだろう。特にジョセフはジョナサンの孫……ええと、そう、エリナ・ジョースターから直接このDIOのことを聞いていてもおかしくはない」
 その答えに、血の気が引くような思いになった。ジョジョさんの子孫は、ディオさんがジョジョさんの宿敵であることを知っている――
「その時、ディオさんと……この、ジョセフ・ジョースターは、どうするのでしょう?」
 半分答えは分かっていた。それでも私は、聞くしかなかった。
「当然! ジョースターの血統は絶たねばならん! 向こうもわたしに気が付き、わたしを倒しに来るだろう……ならば! わたしも、迎え撃ってやるしかあるまい」
 予想通りの答え。だがそれは、私にとっては辛い答えだった。

「協力してくれるな? ナマエ」
 そうやってディオさんは手を差し伸べる。
 その優しく甘い声色。全てを委ねたくなる大いなる言葉。
 その瞬間、私は分かってしまった。ディオさんが目覚めても数年、私を蘇らせなかった意味を。今になって私を蘇らせた意味を。
 百年前もディオさんの味方をした、忠実な使用人。ディオさんの血で蘇った存在は不死身となるから、矢で確実にスタンドを得ることができる。かつて三百年前の英雄を蘇らせた彼にとって、『ジョースターの血統を倒すべき仲間』として引き入れたかった『過去』は、今や私だけだったのだろう。彼に言わせれば、『未だジョースター卿への忠誠心に縛られている』この私を。
 ……彼が私を蘇らせた本当の意味など、今はどうだっていい。
 私は、それでも。ディオさんをひとりにはしない。


 ジョースター家とディオさんは、再び敵対する運命にある。それは、残酷だが事実だ。
 その時、私はどうすればいい?
 また、ただディオさんに味方して、かつての主人であったジョナサン・ジョースターの子孫を見殺しにして、
 ……そして、再びどちらも失うというのか?
 かつての日々を思い出す。私はジョジョさんを死なせる原因の一端を担った。その結果、ディオさんも船に沈み、ディオさんすら失った。そして、ディオさんを待ち続けながら、私は死んだ。
 また、同じことを繰り返すとでも言うのだろうか。本当にそれが、私の運命なのか、それでいいのだろうか。
 ……良い訳がない。他の道が、きっと何かあるはずだ。ディオさんをひとりにしない。それは、私もひとりにならないということだ。
 ディオさんに気付かれないように、私は、強く手を握りしめた。

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