13.魂の情報を賭けて

「あなたは、ダービーのお兄さん……ですか」
「そう、わたしの名はダニエル・J・ダービー。D'.A.R.B.Y。Dの上にダッシュが付く」
 ある日、館の来訪者を私は案内する。彼は館の執事、テレンス・D・ダービーの兄らしく、執事のダービーは兄を案内することを拒否したため、私が駆り出された。普段、外部の人間を館に案内するのは彼の役目だが、今日は兄と顔を合わせたくなかったようだ。
「……どちらもダービーと呼ぶのは紛らわしいですね。ダニエルと呼んでも良いですか?」
「構わんよ」
 この男は、あまり私に対して恭しく接して来ないようだ。館の執事のダービー……テレンスとは違って。最も、私としては、その方が気が楽ではある。使用人としての立場であるのに、他の者に恭しく接されるのは、未だに慣れていない。

 館の来訪者は、大抵ディオさんに用事がある。なので私は、粛々と彼を案内しようと思っていたのだが――
「あー、ミス・ナマエ。DIO様とのアポイントメントは、実はあと一時間後のことなのだ。あまりに早く訪ねるのも、無礼と言うものだろう?」
「……そうだったのですか?」
 それでは確かに、ディオさんのところに案内するには早すぎるだろう。
 しかし。ならば何故、彼はこんなに早く館を来訪したのか。
「この館の誰かに、用事でも?」
「いいや、他の者には用は無いな」
 そして、彼は意味深に私の目を見つめる。その視線に私は、思わず立ち止まってしまった。
「もしかして。私に何か用なのですか? ダニエル・J・ダービー……」
 一瞬の沈黙。その後、ダニエルはおもむろに口を開いた。
「ナマエ様。わたしと、ギャンブルを――『賭け』を行っていただきたい」


「……『賭け』、ですか」
 以前、テレンスが口にしていた。私相手に賭けを行うことはできそうにない、と。
「賭けというからには、何を賭ければいいのでしょう?」
 怪訝に思いながらも応答する。この男は一体、何をしたいのだろう?
「あえて、単刀直入に言おう……『魂』を! ナマエ様、わたしはあなたの魂が欲しい!」
「『魂』……」
 抽象的でよく分からない賭け。だが、引っかかることはあった。
 テレンスの『アトゥム神』は、質問すると『魂』が答える、というスタンド能力だった。
 今思えば、もしかして。『魂を賭ける』、それは単なる比喩ではなく、事実なのではないか。
 魂は存在する、と仮定したとして。それを賭け、奪われたら私は、一体どうなるというのか――
「もちろんわたしは、ナマエ様がDIO様の寵愛を受けていることを知っている。あなたのことを丁重に扱うようにと、DIO様が部下に命じていることも。だが!」
 そしてダニエルは鋭くこちらを見る。寵愛、と呼ばれるのは何かが違う気がしたが、それは今関係ないことなので、黙って話を聞いた。
「わたしは生粋のギャンブラーだ。DIO様に反逆する――とまでは言わないが。ナマエ様という極上の魂をチラつかされて『賭け』に乗らない者は、ギャンブラーとは呼べない」
 もしかして彼は――奪った私の魂を使って、ディオさんに対して何か仕掛けようとしているのではないだろうか。もしくは、私に対して賭けを行わなかった弟に反発でもしているのだろうか。それは分からないが。

「……ですが。私があなたと賭けをする理由がありません。もちろん、お客様をもてなすのも使用人の役目のひとつですが、それだけでは足りません」
 落ち着こうと、そう口にする。ディオさんが私を外部の人間と接触させたがらなかった理由が、分かってきた気がした。
 百年前から蘇った女。蘇らせた女。その私という存在は、ある種、切り札にもなり得るのかもしれない、と。
「では、わたしは情報を賭ける。これではどうかね?」
「……情報」
「ナマエ様。あなたはこの世に、DIO様の部下がどれほどいるか、ご存知ないのでは? その本体の名前とスタンド名を、知っている限り提供しましょう――わたしのスタンド能力についても、ね」
 確かに。私は情報が欲しい。ディオさんは私に、あまり話してはくれないが――知っておけることは、知っておきたい。
 だが。それに対して私が賭けるべきものは、魂。不死身とはいえ、吸血鬼にも魂があるらしいことは、テレンスとスタンドの練習をしたときに分かっている。テレンスは確かに、私の魂を読んでいた。見ていた。
 これは私の、太陽の元に引きずり出すこと以外での弱点とも言えるかもしれない。

 ……普通なら乗るべきではないだろう。確かに情報は欲しいのだが――ダニエルはギャンブルのプロと言っていいだろうが、私はそんな経験もない、ド素人だ。魂が奪われれば、私は動けなくなり、実質的に死ぬのだろう。
 ――だけど。私には気になることがあった。
「私が負ければ、魂が奪われる。その認識で良いですか?」
「ああ。ナマエ様、あなたの魂が敗北を認めた瞬間に、あなたの魂は私のものとなる」
 ……魂を奪うスタンド使い。魂を奪われそうになったその瞬間、私が『メルセゲル女神』で『魂』を隠してしまえば、彼は『魂』を奪えないのではないだろうか。
 私はそれを、確認したかった。自分の能力の限界を知るために。
 ならば。あえて負けるために動こう。
 それこそが、私の『賭け』だ。

「……いいでしょう。『魂』を賭けます」
「グッド! フフ……ナマエ様、思っていたよりあなたは、血気盛んなようだな」
 そういうわけではない。ダニエルは、私が現時点で乗ったことに意外性を感じていたらしいが(もしかしたら、もう少し私が賭けるのを渋っていれば、彼はもっと私に有益な情報を賭けてくれたのかもしれない)。
 私はただ、自分のスタンドについて確認したいことができただけだ。
 彼の持つ情報を得るのは、その次でいい。


 ということで、私たちはポーカー勝負を行っていたのだが――
 あえて負ける、とまで言わずとも。私が普通にゲームをしているだけで、もう負け一歩手前になっていた。どうやら彼は、本当に勝負強い男らしい。もしかしたら、イカサマも行っているのかもしれないが。
 そして、私とダービーが最後の手札を出したとき。
「勝ったッ! ナマエ様、あなたの魂はわたしのコレクションとなるッ」
 その言葉を聞いた瞬間。私は。
「『メルセゲル女神』!」
 ――姿を、魂を消した。


「なッ……!? ど、どこに行った? ナマエ様は! ナマエ様の魂はッ! どこに消えた? 『オシリス神』、ナマエ様の魂をコインにしろ――ッ」
 思った通りだ。私はダニエルと目を合わせないようにしながら、その場に立ち続ける。
 私のスタンドは、『メルセゲル女神』は。
 魂すら隠し、魂を抜き取るスタンドからすら身を隠す。
「まさか……私の『オシリス神』がナマエ様のスタンドに敗北して、わたしの、敗け……ハッ!」
 そして。ダニエルはその言葉を口にした。
 敗北。彼の敗け。それは、つまり。
 ――勝った。魂を賭けた、『私の賭け』に。私は、勝った。
 もちろん、かなりリスキーではあったが。

「……ええ、そうですね。確かに、ゲームのルール上は私の敗北でしょう。完敗と言ってもいいかもしれない」
 そして私は姿を現す。ダニエルが『敗北』を認めた以上、魂を隠さなくても、私の魂が奪われることはないだろうから。
「ですが。私が、最初から負けるためにゲームをしていたとなれば。負けた瞬間の私の魂を引きずり込もうとしていた『オシリス神』から、私は自分の魂すら隠すことができたとなれば。――それは、私の勝利と言って良いのでは? 少なくとも私の魂は、敗北を認めていません」
 ゲームでは、私の敗け。完全敗北。
 だが私は、『私の賭け』に勝った。『メルセゲル女神』は、魂を奪う『オシリス神』からすら魂を隠し、逃げ切ることができた。それだけで充分だった。


 ダニエルはしばらく放心していた。この結果が信じられなかったのかもしれない。
 だが。やがて、覚悟を決めたように話し始めた。
「いいでしょう、ナマエ様。勝負は勝負だ。わたしの持つ情報を、あなたに与えます――」
 そしてダニエルは話し出す。私が知らなかった、ディオさんの部下のスタンド使いについて。

 この世には、タロットカード、大アルカナの二十一枚のカードの暗示を受けたスタンドと。そして、(以前本で読んだ)エジプト九栄神の暗示を受けたスタンドが、やはりあるらしい。その全てではないが、ディオさんの部下のスタンド使いには、タロットと九栄神のカードの暗示を持つスタンド使いが多くいるのだと。
「わたしのスタンド『オシリス神』。弟のスタンド『アトゥム神』。両者共にエジプト九栄神の暗示を受けており、賭けに勝った者の魂を奪うことができる」
「テレンスも、そうなんですよね」
 そして彼は、知る限りのスタンドの本体の名前と、それぞれのスタンドの名を教えてくれた。スタンドの能力については、彼ら兄弟のものしか教えてくれなかったが、それでも充分だろう。
 その中で。私が知っている名前は、以下の通りだ。
 エンヤ婆。『ジャスティス』。
 ペット・ショップ。『ホルス神』。
 そしてディオさんのスタンドは、二十一番目のカード、世界。『ザ・ワールド』。能力不明。……仮に知っていたとしても、話せないだろうが。

 そして。彼の話を聞いているうちに、思い出したことがあった。
「……メルセゲルは、エジプト九栄神の中には入っていないんですよね」
「そうだな。そして、能力については、わたしも知らないが……あのヴァニラ・アイスも、タロットカードやエジプト九栄神とは異なるスタンドを持っているそうだ」
「そうですか……」
 あのヴァニラ・アイスも、エジプト九栄神とは異なるスタンドを持っている。そこに、何か意味があるのだろうか。


 私が黙りこくっていると、ダニエルは、ふと思い出したように言った。
「……タロットカードのスタンドと、エジプト九栄神のスタンドが、ジョースターとDIO様の数奇なる戦いを演出する。エンヤ婆はそう言っていた」
「エンヤ婆が、そんなことを?」
 それが、本当ならば。私の目的のための鍵となるのは、タロットカードでもエジプト九栄神でもない――ヴァニラ・アイスや、私のスタンド『メルセゲル女神』なのではないだろうか。
 私の目的は、ジョースターとDIOの戦いなどではなく。両者を失わない方法を探ることなのだから。

 メルセゲルに何ができる? 墓場の主、死者の守護神に何ができる?
 私には一体、何ができる?
 ディオさんもジョースターのことも、失わない道を探るために。

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