12.二枚のカード

「本当にいいんですか? ディオさん」
「構わん。早くしろ」
 ――あれからまた暫く経ち、事態が動くこともなく停滞していた、ある日の夜。薄暗い室内で、私とディオさんは向かい合っている。
 私の手の中にあるものは。大型の散弾銃。
 少し離れた位置で立つディオさんに、私は、静かに銃口を向けていた。


 一体何故、こんなことになっているのか。
 それは、休憩中の私に、ディオさんがこう声をかけてきたことが始まりだった。
「わたしのスタンド能力を試す。ナマエ、手伝え」
 有無を言わさぬ命令。それに従うこと自体はもちろん構わなかったが、命令の内容には面食らった。
 ディオさんは二つのスタンドを持っていて、そのうちの一つはジョジョさんのものであり、念写能力。だが、もうひとつの――ディオさん自身のスタンド能力を、私は知らない。
 私の目的、ジョジョさんの子孫のこともディオさんのことも、失わない方法を探すこと。そのためにディオさんの能力を知る必要があるとは思っていたが、どうにも隙がなかった。
 だが。これはチャンスだ。迷い無く私は頷く。知れることは知っておきたい。私にはそれが必要だから。


「合図も要らん。おまえのタイミングで姿を消し、おまえのタイミングで銃を発射しろ」
「……はい」
 頷きながら私は銃口の狙いを定めた。
 彼は、闇の中からの襲撃にでも備えているのだろうか? 確かに、スタンド能力を使用し、姿と気配を消した私から撃たれれば、闇討ちと同等かそれ以上の条件になるだろう。それで彼は、自らのスタンド能力を試したいようだ。
「『メルセゲル女神』ッ!」
 そして私は姿を、気配を消す。そして、最初にいた位置からそっと移動した。私の能力は、魂すら隠す――いくらディオさんとはいえ、私がどこにいるかなんて分からないだろう。
 ディオさんは佇んでいる。美しく、金の髪が靡く。その背中に弾を撃ち込むことに、背徳すら感じる。
 だがディオさんは吸血鬼だ。仮に弾が全て彼の身体に当たったとして、何も問題はないだろう。最も、彼の身体能力ならば、全て避けることは簡単だろうが。
 だから私は命令をこなす。着実に、淡々と。その結果もたらされる現象を、余すところなく観察しようとしながら。
 そして。私はディオさんの背後から、銃を撃った。


 耳障りな銃声。乱射された弾がディオさんに向かった瞬間、『それ』は出た。
 ――出た。ディオさんのスタンドだ。
 吸血鬼となった私の動体視力で、私はそれを観察する。四角いマスクを被ったような、大きな人型のスタンド。瞬間移動でもしたかような、圧倒的な素早さ。
 精悍な瞳でそれは、激しいパワーと精密なスピードをもって、全ての弾を叩き落としてしまった。

「……フン。他愛もないな」
 いとも容易く、ディオさんは全ての銃弾を躱した。普通の人間であればひとたまりもないような、殺傷力を持った武器の攻撃を。……そういえば、ディオさんは石仮面を被ったまさにその時に、銃弾を一身に浴びていたのだった。
 ディオさんと目を合わせ、私は『姿と気配を消す能力』を解除する。
「凄まじいパワーとスピード、ですね……」
 そして、思わずそう零す。もし、私のスタンド『メルセゲル女神』とディオさんのスタンドが直接殴り合ったとしても、とても叶わないだろう。メルセゲルは鋭い鎌を持っているが、それではハンデにすらならなそうだ。

 想像を超える彼のスタンド能力の一端に触れて思わず呆然としていると、ディオさんは、静かに言葉を発した。
「ナマエ。ひとつ、おまえのスタンドについて分かることがあった」
 自分のスタンドについて考えている余裕などとてもなかったので、その台詞には驚いた。私は今、ディオさんのスタンドのことしか考えられていなかったから。
「? ……なんでしょう?」
「おまえが身に付けているものは、ナマエ、おまえと共に見えなくなる。だがナマエから数メートル――だいたい五メートルといったところか――離れると、銃弾は目視できた」
 ……言われてみれば。ディオさんは銃弾が見えたからこそ、それを弾くことができたわけだ。つまり、私から五メートル離れたものは、『姿を消す能力』が解除されることとなる。
「つまり……私の射程距離は、五メートル?」
 確かに、『メルセゲル女神』は本体である私から、五メートル程度までしか離れられない。それが、そのまま私の能力に繋がっているようだ。
 仮に私が五メートル以上の長物を持って振り回したら、その先は姿が消えず、見えてしまうのではないだろうか。

「我がスタンドの能力は素晴らしい……だが。少々気になることができた。わたしはわたしで、自分のスタンド能力を研究することとしよう」
 彼の言葉に顔を上げる。……気になること、とはなんだろう。
「ナマエ。その能力を有効に使ってくれよ。わたしのために、な」
 見下ろされながら囁かれ、身体の芯が震える。
 ……私には一体、何ができるだろう。私は何度、それを自問自答しただろう。


「……あの、エンヤ婆。ディオさんのスタンドは、一体どのようなものなのでしょう?」
 ずっと控えていたが黙っていたエンヤ婆に、私は思わずそう聞いた。彼女はディオさんのスタンドを、しっかりと見ていた。
「酷く強大な力ですじゃ。この世の何よりも。パワーもスピードも、あれ以上のものを持つスタンドをわしは見たことが無いですじゃ。DIO様の悪運強き人生は、あのスタンドの影響なのじゃ」
「ああ……分かる気がします」
 ……確かに、百年前からのディオさんの数奇な人生を象徴するような。そんな存在感が、あのスタンドにはあった。

「じゃが……わしには分かる。DIO様のスタンドは、圧倒的なパワーと精密性、スピード……『それだけではない』ということを! DIO様も気付いていない、秘められた素晴らしき能力……それがあるはずじゃッ」
「秘められた、能力……」
 そういえばディオさんはさっき、「気になることができた」と言っていた。それは、もしかして……ディオさんもその「何か」に、気付きかけたということだろうか?
「そう、あれは……まさに世界を統べるべき能力! 故にそのスタンドの名は、『ザ・ワールド』ッ!」
 そしてエンヤ婆は一枚のカードを取り出す。タロットのカード……大アルカナ最後の番号、二十一番目のカード、『世界』を。
 世界。ディオさんのスタンドの名前は、『ザ・ワールド』。……それは、酷く納得させられるカードであった。


 世界を統べるべきカード。吸血鬼であるというだけでも反則級の強さを持っているのに、ディオさんが持つスタンドは、想像すらできないほどの強さを持っていた。
 ならば。メルセゲルのカードを持つ私に一体何ができるだろうかと、ますます思わされる。自らのスタンドのことを思い返しながら、私はただ、静かに考え込んでいた。

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