4.恐怖心の真相

 それから私は、屋敷に帰ることになった。
 ここまで来たらディオさんが心配だし、彼に付き添うつもりだったのだが、無理矢理帰されてしまったのだ。
「ひとりになりたい気分なんだ。――ナマエ。君には君の、仕事があるだろう?」
 そう言われてしまえば、私は従うしかない。……それならば、何故ディオさんが私を連れ出したのかは、分からないままなのだが。
 それに。酔った彼の言っていたことは何なのだろう。ディオさんは一体、何を考えているのだろう?
 何も分からない。頭痛を感じながらも私は、ひとりでジョースター邸に戻り、夜を待った。
 ディオさんはまだ帰らない。ジョジョさんも。ジョースター卿の具合だって、良くならないままだ。この館で一体、何が起きていると言うのだろうか。


 そして、次の日の早朝。
 ろくに眠れなかった私の部屋にノックが響く。こんな時間に誰が、一体なんの用だろう。
 軽く身支度を整えて応答すると、執事長であった。昨日のことを叱られるかと一瞬身構えたがそういうわけでもなく、ただ、伝言があっただけらしい。
 曰く。ジョジョさんが帰ってきた。彼は、屋敷にいる全員を集めようとしているらしい。だから準備が整ったら、なるべく早くエントランスへと来てほしい、とのことだった。
「……分かりました。すぐ行きます」
 それを伝えてくれた執事長にそう答えながら、私は、不安感がかつてないほど跳ね上がっていくのを感じていた。

 身支度を改めて整えながら、私は考える。
 ジョジョさんが無事に帰ってきたことは、嬉しい。なのに、この不安と恐怖は一体何なのだろう。そもそも彼は何をするために食屍鬼街へと向かったのか、それすら私は知らないままだ。
 ディオさんはどうなのだろう。まだ帰っていないのだろうか。ひとりでまだ、お酒を飲んでいるのだろうか。何が彼を、そんなに不安定にしているのだろう。
 二人の主人の姿が、私の脳裏にちらつく。その上で、今の私にできるのはなるべく早くエントランスに向かうこと、それだけだった。


「……みんな、集まったか」
 私がエントランスへと向かうと、既にこの屋敷にいる全員が集まっていた。急いだつもりだが、準備に時間がかかりすぎてしまっただろうか。少し恥ずかしい。
 そして、私は辺りを見渡す。ジョジョさんの傍にいる、帽子を被った見知らぬ金髪の男と東洋人と思わしき男。ジョースター卿に、この屋敷に住み込みで勤めている使用人たち。そして、ジョースター卿を庇うように立つ、警察と思われる男たち。
 一体何なのだろう、これは。これから、何が行われようというのだろうか。
 もう一度、注意深く周囲を見る。
 そして私は気が付いた。この場にいないのは――ディオさん、だけ?
 何がなんだか分からないまま、鳥肌が立つ。何だか落ち着かない。
 そんな中、ジョジョさんはゆっくりと話し始めた。
「みんな、聞いてほしい。……ぼくは、ディオが父さんに毒を盛ろうとしていた証拠を見つけたんだ」
 その言葉を聞いて、思わず固まってしまった。そして、私たち使用人の間にざわめきが起きる。当然だ、私たちの主人のひとりが、私たちの雇用主を殺そうとしていた、なんて突拍子もないことをいきなり聞かされたのだから。
 ジョジョさんのそばにいる見知らぬ男ふたりや、警察の間に動揺が走った形跡は見られない。彼らは知っていたということだろうか。私たちの知らないうちに、何かが起きていたことだけは確かなようだが。
 ジョースター卿は悲しそうな顔をしている。当然だ、実の息子と同じように愛情を注いだ養子であるディオさんに、最悪に近い形で裏切られたのだから。
 彼が死なずに済んだことだけが、最悪ではなかった。私は、そう思っていたけれど。

 そして、ざわめく私たちを前に、ジョジョさんはこれまでに起きたことを話し始めた。
 ジョジョさんが書庫で、ダリオ・ブランドー……ディオさんと血の繋がった死んだ父親から、ジョースター卿に宛てた手紙を見つけたこと。その中に、ブランドー氏の病気の症状が書いてあり、それがジョースター卿の病気の症状と全く同じであったこと。あの手紙を大急ぎで持ち出したと彼は言っていた。……書庫が荒れていたのはこのためか、と私はひとり納得する。
 そして、不信感を抱いていたその際に、ディオさんがジョースター卿の薬をすり替えていた場面を目撃したこと。少々揉め合い、ディオさんが無実と言うのなら彼の父ブランドー氏に潔白を誓ってくれと言ったところ、ディオさんは逆上したのだという。彼の様子が普通じゃないと感じ取ったジョジョさんは食屍鬼街に向かい、ディオさんが毒薬を買った東洋人を捕まえて連れて帰ってくることに成功したようだ。解毒薬も、すでにジョースター卿に飲ませたらしい。ちなみに金髪の男はスピードワゴンさんといい、食屍鬼街で出会ったがジョジョさんの人格に惚れ込んでくっついてきた、とスピードワゴンさん本人が言っていた。よく見ると、どうやら彼が東洋人の男のことを押さえ込んでいるようだ。
 ジョジョさんの近くにいた見知らぬ東洋人が、ディオさんが親殺しという罪人であるという証言者。
 その事実を噛み砕けないまま、私はその男のことを眺めていた。

 ディオさんは何を思い、養父に毒を与え続けたのだろう。私の恐ろしい主人は。私の漠然とした恐怖の正体は、これだったのだろうか。
 ――ナマエ。おまえは、おれが怖いか?
 怖いです、ディオさん。あなたが何を考えているのか、分からないから。
 私の恐怖は確かに正しかった。彼が薬を持っていたことへの不安感も。
 だから、どうだと言うのだろう。私には何もできなかった。どうすることもできないまま。
「ディオが帰ってきたら、ぼくがディオと二人で話してみるよ。だからみんなは、ここに控えていてほしい」
 ジョジョさんは、本当に残念そうに話している。その様子を見ながら、私は思った。
 そんなジョジョさんに、ディオさんは本心を話してくれるのだろうか。ディオさんはどうして、今まで育ててくれた養父を殺そうとしたのだろう。彼に何か恨みでもあるのか、財産目当てなのか。ディオさんが理由を語ったとして、私はそれを理解できるのだろうか。
 きっと、できないだろう。だって私は、彼のことが理解できないから怖いと思っているのだ。
 私の、主人のことを。


 私の主人は、ディオさんは、これからどうなるのだろう。まだ帰らない彼を私たちはじっと待っているが、そんな中で私は考える。
 警察に大人しく捕まってしまうのだろうか、それから私は、ディオさんのいないジョースター家に仕えることになるのだろうか。
 優しい主人たち。本物の紳士である彼ら。恐怖心を抱いたことなんて一度もない、穏やかな人たち。彼ら二人の主人に仕える未来を考えてみたが、何故か上手く想像できなかった。
 ただ、ディオさんへの恐怖心だけが、私を絡めとるように存在していた。

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