小説 | ナノ


▼ 02

ちなみに、上記の出来事は伝承のように広まり、周辺の国にエステル女王の人気がちらほらとゲルマニクスやゲルマニクスの領土に広まっていた。
ユーグには理解不能だったのだが。

「向こうも同盟を受け入れてくれるらしい。その事で来月、ウィンザー王国に行って会ってくる。その間は僕の弟が代理で政務の一部を頼んでいるから」
「わかった。」

オスカーは、狐の様に悪戯っぽく目を細めながらユーグの言葉に頷いた。
どこか楽しそうなオスカーに、ユーグはなんとなく、声を掛けた。


「…オスカー」
「何だ?」
「たまには休養をやる。1週間ほどの短い期間だが」
「え…?」

オスカーは、今ユーグが言った言葉の意味が分からずに聞き返した。

「今は、国も落ち着いているから。数日間なら慰安旅行とかで行ってもいいぞ。いつも頑張ってくれているからさ」
「急にどうしたんだ…?別に私は行きたい所なんか…」
「そうか?出身国であるウィンザー王国にでも行って来たらどうだ?」
「…ウィンザーに?」

いつも自分の隣で、何だかんだ言いながら働いてくれる幼馴染にちょっとしたサプライズをしたい、とユーグは思ったのだ。

しかし、オスカーはすぐに頷かなかった。少し悩んでいる様子だった。

「…嫌だったか?別に僕のウィンザー行きの日程とは違う日だぞ?」
「嫌ではない。ただ、今はあまり家を離れられない事情があるんだ」
「事情?」

オスカーは一瞬黙って、それから腕組をしながらユーグの目を見ながら口を開いた。

「孤児を引き取ったんだ。その子らの世話がな」
「こ、孤児?!」

ユーグは思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

オスカーは以前の戦争で他の将軍達よりもたくさん働き、敵国の皇女を一人暗殺したほど、暗躍した軍人だ。戦場では血も涙もない、とまで言われた冷血な男。

そんな彼が「孤児を引き取る」という聖人のような行動を取る事がまったく似合わなさそうなオスカーの理由に目玉が飛び出そうになった。


「孤児…何でまた。聖人君子にでもなるつもりか?」
「違う。…これにもちょっとした事情がな〜」
「何だ、事情って。もったいぶらずに教えろ」

『王』としてではなく、幼馴染の「ユーグ」として彼は聞いた。
オスカーは歯切れ悪そうに質問をかわし続けていたが、さすがに隠し切れないと思ったのかぽつりぽつりと話し出した。

「いや、私の屋敷の前で倒れてた子どもがいて。さすがに可哀想だったから風呂に入れてやってご飯を与えて」
「…」
「いろいろと世話を焼いて身の上話を聞いていたら…情が沸いた」
「おいおい…」

オスカーの世話焼きな性格は知っているユーグだったが。ここまでの世話焼きの度合いが凄いというのは知らなかった。

「まあ、女子だったし顔も綺麗だったからいいかな、と。年頃になったら城の舞踏会とかに連れて行ってやろうかなーと。その時はよろしくな」

オスカーが悪びれもなくニコニコしながら言う。
その様子に、ユーグは何故かうすら寒いものを感じる。

「下手すれば犯罪では…やめろよ、幼馴染が猥褻とかで捕まるのは…」
「失礼な。私の好みの女性はオルタンスだけだ。そのほかには興味ない。」

オスカーがムっとした顔で言い返す。

オルタンス、とはオスカーの幼馴染の女性。
正確には…彼の家に仕えていた女官の一人だった。

二人ともユーグでもわかるほどの、微笑ましい両思いだったのだが、オルタンスは病気で亡くなってしまっていた。
彼はその事をひどく悲しみ、オスカーはそれ以降誰とも女性に声も掛けないし恋愛すらしていないほどだった。


「まあ、あの子にもオルタンスの面影があったから、という理由もあったが」
「…え?」
「あ、勿論手なんか出さないぞ。19も離れている子供に手なんか出さん」
「出したら捕まえるぞ」
「しないしない。捕まえるのも処刑も勘弁してくれ」

オスカーの飄々とした態度に、若干ペースを崩されたユーグ。

「その子への世話は、まあうちの女官とかがしてくれるから数日間なら別にいいかもな。申し出、有難うな。ユーグ」
「嫌ならその孤児も連れて行けば…」
「いや、それは…いい」


胸ポケットに入れていた煙草のケースの中から一本の煙草を取り出して、火をつけるユーグ。煙が部屋に充満しないように、片手で後ろにある窓をそっと開けた。

「…その孤児、名前は」
「フリーデリケという名前だ」

見た目はまだしも、中身が武骨な男が付けたとは思えない綺麗な響きの名前だった。

「…へえ。綺麗な名前をつけたんだな」
「私が付けたわけではないぞ。その子が名乗った名前だ」
「…そうか」

オスカーにも煙草を一本渡してやると、オスカーは受け取ってその煙草に火をつけて吸い始めた。

「いつか、フリーデリケが許可したら、だけど…いずれは養子に迎えて私の娘として貴族として社交界に行かせてやろうとは思ってる」
「…」
「うちの家の跡継ぎには、兄の子供が継ぐから私の方はまったく気にしなくていいからな…」
「跡継ぎ、ね…」

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