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これは、少し前の話にさかのぼる。
まだ、エステルがトリアノンとの同盟を組む前…エステルがリュドミラ達と同盟を組むことになった時のゲルマニクスだ。
ゲルマニクスのサンスーシ宮殿の執務室。
ここの国の王であるユーグはコーヒーを飲みながら一通の手紙に目を通していた。
送り主は、自分の大叔父であるウィンザー王国の王であるゲオルク王からのものだ。読みにくい達筆の英文を読みながら、ユーグはため息を漏らした。
「相変わらず日和見な王だな」
手紙の内容は、ゲルマニクスと同盟を組みたいとの申し出だった。
ゲオルク王は、プロイセンの一部である「ブラウンシュヴァイク」の出身だった。その為、彼はゲルマニクス寄りの人間である。
以前の戦争では、敵対するトリアノン王国がゲルマニクスと同盟を結んだ為にエステルのシェーンブルーと同盟を仕方なく組むしかなかったような所があった。しかし、甥のユーグには「ウィンザー兵は特に戦闘には参加しない」という文を送るほどの、八方美人っぷりを見せていた。
ユーグはそのやり方に、この国と組まざるを得なかったエステルに一瞬同情を覚えたほどだった。
「ブラウンシュヴァイクを侵攻しようとしている事は前から気づいていたが…大叔父は相当、出身地であるブラウンシュヴァイクを愛していると見える」
実は、トリアノンがしれっとユーグと同盟を組んだ後にゲルマニクスの一部を割譲してもらおうとしていた事があった。さすがにそれは拒否したユーグだったが、その一件がトリアノンに対する不信感が出てきてしまったのだ。
その不信感により、速攻でトリアノンとの同盟を切り捨てたユーグは次の同盟相手に自分の血の繋がった大叔父と同盟を組まないかと打診していたのだ。
最初こそは渋っていたゲオルク王だったが、同盟を切り捨てたことを伝えた事への返事が今回の手紙だった。
「一度大叔父の使者か、本人と会わないといけないのだろうか…憂鬱だな」
ユーグが憂鬱になったのは、大叔父と会う必要があるからではない。
ただ単に、自分で一から設計して建てたこの宮殿から離れたくない事だ。まあ、大叔父と会うのも面倒だと内心思っているが…。
机に置いてあった無糖のコーヒーにもう一度を口付ける。
最初に飲んでいた時より、ぬるめの温度に変化しており…あまり美味しくない味になっていた。
淹れてもらったものはもう一時間も前なので仕方がない。
コーヒーを飲みながら、ユーグは一度だけ会ったゲオルク王のことを思い出す。争いごとが苦手そうな性格で、ユーグが他国を侵略して領地を広げた事に対してモゴモゴ言っていた。
「コーヒー新しく淹れ直してもらうか」
ユーグは呼び鈴を鳴らして、女官にコーヒーを新しく淹れ直してもらうように頼んだ。そして、参謀のオスカーを呼び出してもらった。
数分後、コーヒーの入ったカップを持ったオスカーが入ってきた。
「何か用か。私は忙しいんだけど」
「用がないなら呼び出してはいけないのか?仮にもお前は僕の部下だろ。つべこべ言うなオスカー」
オスカーが開いている片目を不機嫌そうに細めながらカップをユーグの机に置いた。相変わらず、「幼馴染」なのを逆手に取って不躾な奴だ。
「オスカー。ウィンザー王国と同盟を組もうと思っているんだがどう思う?」
ユーグは、ウィンザー王国出身のオスカーに尋ねた。
彼は、生まれと母方実家がウィンザー王国だ。ゲルマニクス人というより、嗜好とか性格はウィンザー寄りだ。
ユーグ自身もウィンザー王国の血が入っているのもあるが、年齢も近いしウィンザー人寄りの彼には王に就任後も相変わらずの参謀兼右腕のような存在だ。
「ふうん、ウィンザー王国とね」
「ああ。どう思う?」
「ユーグはそちらの方の血も入っているし。あの王様なら、ユーグにとやかく干渉してくることはないだろう?いいんじゃないか?」
「…そうだな」
トリアノンのメルキオール王も、もう亡くなったバヴィエーラのミゲル王もいろいろと干渉してきた。正直、あまり自分の考えに賛同できないのなら干渉せずに黙って見逃してほしかった。
シェーンブルーの動向を戦争中に探っていた彼は、ウィンザー王国がシェーンブルーに資金援助以外の事を行わなかったことを知っている。
その所為で、エステルがイシュトヴァーンを半年かけて説得し、『若き女王の為に』と、イシュトヴァーン人達が戦に参戦したという事が起こったわけで。
ゲルマニクスの人々もイシュトヴァーン人を「野蛮人」扱いしていたし、エスターライヒ家とイシュトヴァーンの諍いは有名だった。
それを覆した挙句にその王冠をエスターライヒ家のエステルが手にして、イシュトヴァーン女王になったという知らせを聞いた時に、ユーグは三度聞きくらいしたのだ。
より、彼女の本気度が見えた。
絶対に泣き寝入りなんかしない、アンタと何があっても戦うという。
強い意志を感じた。
その為に、過去の確執やいざこざを解決したという行動力は素直に評価できる。ただし、エステル本人には口が裂けても言いたくない。
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