▼ 04
「…美味しい」
「よかった。苺のお茶です。ロシアンティーは準備できなかったので、苺のお茶でごめんなさいね」
ロシアンティーとは、ジャムを舐めながら紅茶を飲むクレムリン独特の紅茶の飲み方だ。残念ながらそのジャムが合いそうなお茶がきれてしまったので、今回はフレーバーのお茶を用意したのだ。
「美味しいですね、リュドミラ陛下」
「とーっても美味しいわ。私はこれにミルク入れたいくらい」
「ミルクもあるのでどうぞご自由にお使いくださいませ」
二人ともニコニコと感想を言う。三人の嬉しそうな様子に、エステルは内心ほっと息をついた。
「話がそれてしまいましたが…。リュドミラ様。同盟に同意していただけた理由…もしよければ…教えていただけませんか?」
すると、リュドミラはきょとんとした表情になる。
意味がわからない、とばかりに顔をかしげる。
「?」
「その…理由が知りたくて。」
「言わなきゃダメ?」
「…無理には聞きませんけど」
隠しておきたいならそれでもいい。
けれど、できればお互い「同盟」を組むに当たって、できることなら相手のことをちゃんと信用したい。そのため、彼女の考えが知りたいのだ。
「…」
リュドミラはカテリーナの方をチラッと見る。
カテリーナは小さく頷く。するとエフセーイと呼ばれた男性が、リュドミラの代わりに口を開いた。
「シェーンブルーとクレムリンはエステル陛下のお父上であるバルタザール様、そしてリュドミラ様の母君であるエカテリーナ様の時に一度同盟を組まれました。その事はご存知でしょうか」
「ええ。存じております。父からも聞いていました」
実際エステルは「幼少の時に帝王学を学んでいない」ということにはなっているが、バルタザールから「雑談」という意味で少しだけクレムリンの事を聞いていた。
「今回も世代は変わりましたが、同盟を破棄する理由にはない…と判断しましたのでお受けいたしました」
すると、黙っていたリュドミラも口を開く。
「もう一つあるわ。面白そうだから、と思ったのよねえ」
「面白そう?」
リュドミラは飲み終わったカップのふちを指ですーっとなぞった。
爪が紫色に彩られており、キラキラと光る。爪も綺麗な形に整えられていて、どこもかしこも「大人の女」という言葉が似合う人だなと思う。
「ええ。面白そうじゃない?女同士手を組んで何か1つの事を成し遂げる、というのが。」
「…」
「貴女の皇帝戴冠のことも聞いたわ。散々邪魔されたんでしょう?本来なら女性が皇帝になる権利だってあるのよ。結果的に戴冠できたけどまだ外野でぴーぴー言ってる奴らを見返してやれたらな、と…ね?」
最後の「ね?」はエフセーイとカテリーナに向けられたものだった。
その意図をすぐさま察した2人は頷いた。
「あの時は、私側で戦に参戦してくださろうとしていたんですよね…」
「ふふ。間に合わなかったけれどね。あの赤毛男をこらしめてあげようじゃない?」
「それは、勿論です」
エステルはきっぱりと言う。
「ンフフ。私は個人的にあの男を気に入らないことはないんだけど…ただ、おいたがすぎるわよねえ」
リュドミラの良い方はまるで生意気な少年にお仕置きする、と言うような言い方だった。実際まだクレムリンとゲルマニクスの直接的な対立はないから、そう言えるのだろう。
エステルは相手のペースに飲み込まれ、崩れ落ちそうになりながらもなんとか返事を返す。
「ところで、エステル。」
「はい」
カテリーナは手を顎に当てて、再び顔を傾げる。
「今回の同盟は私と貴女だけが組む、ってことなのかしら?」
「それはまだ、考え中です。帝国内での団結も固めたいと思っているのでそちらの軍備とかも調整しようと思っています」
最初の戦は、帝国内の団結がめちゃめちゃで。
寝返ったところもあったくらいなので、今回は戦争が始まる前からしっかりと土台作りをしないといけない。
反省したからこそ、今度はいつ同じような状況になっても大丈夫なようにしておきたいと思った。
それに、トリアノンとの交渉がうまくいくとはエステルもまだ思っていない。時間がかかるだろうと思った事や、確実に同盟を締結してからリュドミラに話そうと思った。その為、同盟の件は伏せた。
「ふーん」
リュドミラは持っていた扇子を口元に当てる。
そうやってみると、彼女はトリアノンなどの宮廷によくいるような貴婦人の雰囲気に見える。上品というよりは、少々胸焼けするほどの色気が目に眩しい。
「大体、帝国内での結束が固まったら、いろいろとまた動く予定です」
「動く?」
「はい。また新たに同盟に加わる国も出てくるかもしれませんし…その時はまた会談を行ってもよろしいでしょうか。リュドミラ様」
「うーん。そうねえ…」
再びリュドミラはカテリーナの方を見る。
エステルはその視線に気づく。やはり重臣の1人だからか、かなりリュドミラからの信用が厚いのだと感じた。
「今日は顔合わせ程度で…、と思っていましたので。申し訳ありません」
「謝ることないわ。…いいわ。今度はシェーンブルーとクレムリンの間の場所がいいわ。あまり同じ場所だと面白みがないもの」
「…」
「それでもいいのなら」
リュドミラは意見を譲る気はないようだ。
「面白みがない」と言ってはいるが、クレムリンからシェーンブルーまでは距離があるため、中間地点というのも折衷案で丁度いいかもしれない。
正直、自分がクレムリンの極寒な所に耐えれるとは思わなかったので、諦める。エステルはため息をつきながらリュドミラの意見に同意した。
「わかりました。間…と申しますと??」
「エフセーイ、地図を出してくださる?」
「はい。陛下」
エフセーイは地図をすっとリュドミラに手渡した。
リュドミラはエステルの前に地図を置いた。
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