ピンポーン



インターフォンの呼び出し音が聞こえて目が覚めた。
意識が完全に覚醒してないみたいで自分の今の状況がわからずにいた。
頭の中を整理させるために体を起こして周りを窺う。


そっか、学校を抜け出して家に帰ってきたんだ。


記憶が戻ってきた途端、ロビン先生のことを思い出して気分が一気に沈む。

一生目が覚めなければよかったのに。
なにも考えなくていい世界に行きたい。

もう一度シーツにくるまって、目を閉じて眠ろうとするけどまったく睡魔が襲ってこない。
そうこうしてる間にもインターフォンは鳴り止まず、居留守を使うのをあきらめて玄関に向かった。

ガチャリ、とドアを開けたらビビがいて、

「ナミさん、忘れ物よ」

ビビが、学校に置き去りにしたあたしの鞄を差し出した。

「ごめん、重かったよね
わざわざありがとう」

「ナミさん、なんでもひとりで抱え込まないでって言ったはずよ
すごく心配したんだから」

「………うん、ほんとにごめん
とりあえず上がって」

荷物を運んでもらってそのまま帰ってもらうのはあまりにも失礼だからビビを家の中に招き入れた。

「ナミさんって一人暮らしだったよね?」

「うん、親は仕事で海外だから」

「それじゃあ家でちゃんとご飯食べてる?」

「うーん、まあね」

思わず苦笑い。
なんとなく思い出した時にしか食べていない。
空腹を忘れるくらい、家にいるときはほとんど寝てるから。
現実逃避に必死な自分にあきれるけど、こうしなきゃ苦しくて苦しくて。

「もうっ
どうせろくなもの食べてないんでしょう?」

ビビはサブバックから野菜や肉を取り出し始めて、どうやらスーパーで買い物をしてきたみたいで、次々と材料をキッチンのテーブルに並べた。

「ビビ、もしかして」

「キッチン借りるから
簡単なものしか作れないけど」

「そんな…そこまで迷惑かけられない」

「ナミさんが体壊して学校来なくなる方がもっと心配だよ
どんなことがあっても食事はちゃんとらないと生きていけないから
ナミさんは座ってて」

「いつもいつもありがとう」

「私が好きでやってるんだから気にしないで」

あたしに背を向けて黙々と料理をするビビの背中を見つめながら、なぜここまでしてくれるんだろうと純粋な疑問が浮かんだ。
いつもビビはあたしを守ってくれる。
逆にあたしはビビに何をしてあげられるんだろう。

「ビビ」

「どうしたの?」

「……ううん、やっぱりなんでもない」

あたしはビビに何を言おうとしたんだろう。
"感謝"なのか"謝罪"なのか。
たぶんどちらかじゃなくてどっちもなんだと思う。

ビビが作ってくれたオムライスを食べ終えた頃には、窓の外はすっかり暗くなっていて

「ごめん、ずいぶんと長居させちゃったね」

「ナミさんの家に来れて楽しかった
それじゃあそろそろ帰るね」

「あのさ、ビビ」

「どうかした?」

「えっと…明日は学校休みだし、もしよかったら今日はうちに泊まっていかない?」

今夜はなんだかひとりで夜を過ごしたくない、暗闇に飲み込まれてしまいそうで。

「わかったわ
今夜はずっとナミさんのそばにいる」


ビビの瞳の奥が何かに堪えるように揺れたような気がした













お風呂に入った後、髪を乾かしたり肌のお手入れをしたりした後、リビングに布団を2つ敷いてそれぞれ布団に潜った。

電気を消してビビと二人で他愛のない話をしていたら少しだけ心が落ち着いてきた。
うとうとと、久しぶりに安らかに眠れるかもしれないなあと思いながら、

「ビビがいてくれて、ほんとうに…よかっ、た」

そう呟いた後意識がゆっくりと穏やかに薄れていった。
















ふと真夜中に目を覚ますと、体に圧迫感があった。
寝返りをうってビビが寝ている布団の方へ向こうと思っても体が動かない。

「質問があるの」

「ビビ……?」

至近距離で声がして、やっと後ろからビビに抱きしめられていることに気づいた。
いつのまにあたしの布団に入ってきたの、と聞こうとしたら。

「ナミさんはロビン先生のどこが好きなの?」

「………え?」

急にそう問われて戸惑った。
ビビがなにを考えているのかわからない。
なんで今更そんなことをきくんだろう。

「………そんなの、わからないよ」

本当はたくさんあるけど、ひとつひとつ挙げていく度にあたしの心が悲鳴を上げてしまうからわざと誤魔化した。



「私はナミさんの全てが好き」


そっと消え入りそうな声でビビがそう言ったから、その「好き」が友情を指していないことに気づいた。
気づいてしまった。


「私はナミさんの全てを愛しく、恋しく…思う


すがりつくようにあたしを抱きしめるビビの腕に、このまま応えてしまおうかと心が揺れた。
だけどそれをしたらビビを、自分を裏切ってしまうことになるから。

「ビビ………ごめん
どうしても自分の気持ちに嘘はつけない」

「私はあの人よりもナミさんを幸せにする自信があるわ」

「あたしはビビが悲しんでる時はすぐに駆け付けてそばにいたいと思う。
でもそれは親友として、だから
この想いはロビン先生にしか埋められない」

泣きたいのはビビのはずなのにぼろぼろと涙が出てくる。
ビビも泣いてるんだろうか、後ろを振り向けない。

「……ずっと近くにいたのに」

震える声でビビがそう言った。

「今まで無神経でごめん
ビビの気持ち知らずにあたしは自分の想いばかりをビビに押し付けてた」


知らないうちにたくさん傷つけたよね。
たくさん甘えてごめん。



「私は今までナミさんを手にいれるために手段を選ばなかった
嘘をたくさんついて、都合の悪いものには目を反らしてきた
ナミさんが先生に想いを伝えようとした時だって、私はその前に先生に会ってこれ以上ナミさんに近付かないようにも言ったの」

全部あたしの知らないことで、全然気づかなかった。
ビビをそこまで追い詰めていたなんて。
あたしはなんてことをしてしまったんだろう。

「……………ごめん
ビビにそこまでさせてしまって」

「私が勝手にしたことなのにナミさん怒らないのね」


怒れないよ。
怒る資格なんてあたしにはない。


「忘れようと思ってもやっぱりだめだ
あたしは先生のことが好きみたい、とても」

「その気持ちは揺らがないのね?」

「……うん、きっと」

「わかったわ」

切なそうに絞り出すように言ったそのビビの一言に覚悟を感じた。
強く固いその意思は、あたしのために出してくれた答え。
ビビは、ビビは優しすぎる。

そしてビビがすっとあたしの背後から離れていった。
あたしの背中が少しだけ濡れているような気がして、
たまらなくなって振り向こうとしたら

「こっちをみないで
今私きっとひどい顔をしてるから……」

「………ビビ、ごめん」

「謝らないで
こういうことは誰が悪いとかそういう問題じゃないんだから」


わかっているけど、そんなに冷静に片付けられない。
誰かを想うことは、喜怒哀楽を伴うものだから。

「ナミさん、もう寝ましょう?
…………おやすみなさい」


目を閉じても眠れなくて、隣にいるビビの気配を感じながら過ごした。
大切な親友を失うかもしれない恐怖と、想いに応えることができなかったことへのいたたまれなさがあたしの体にのしかかってくる。


でも後悔はしてない。
全てを受け止めて前に進むしかないから。
ちゃんと伝えよう。
ロビン先生にあたしの全部を。



つぎに、目を覚ました…ら
もう一度最初、から…やりなおそう

窓から見える空が白んできた頃、ようやく泥のように眠ることができた。






朝日がさんさんと部屋全体を優しく包み込む時間帯になってようやく起きたら隣にはもうビビはいなくて、抜け殻になった布団が綺麗にたたまれてあった。















みんなの幸せを願うことは欲張りなことですか?
この願いは叶いませんか?






<あとがき>
待っていないかもしれないけれど、お待たせしました。
ああこの話も難産だった。
友達とか恋人とか、想いの形は違うけど、根っこの部分で相手を大切にする姿勢は変わらないんだと思う。
そんな話です。





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