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森の入口で案内役のハイラル兵と別れ、リンクルはひとり森の中へ向かった。地図の読み方はここに来るまでの間に何度も教わったし、地図を見て歩く練習までやったから、もう森で迷うこともないはず。コンパスを見れば方角もわかる。右が東で左が西。右はボウガンを持つ方で、左もボウガンを持つ方。……あれ?

「わかんなくなっちゃった」

慌ててリンクルは地図に目を落とす。前に使ったしわくちゃの地図ではなく、ハイラル兵がくれた新しい地図だ。どっち向きだったかな。こっちかな。リンクルは地図を回した。

「お姉さん、また迷子?」

不意にかけられた声に、リンクルは顔を上げた。緑の服を着た男の子。頭に着けた狐のお面も、以前見た時と変わらなかった。見知った幼い少年の姿に、リンクルの表情も自然と綻んだ。

「違うよ!きみに会いに来たんだよ!」
「……来てくれたんだ」

満面の笑みを浮かべて言えば、少年ははにかんだように笑った。

---

「ね、凄いでしょ?わたし、勇者なんだ!
」 「凄いね。魔王もやっつけたんだ」

ハイラル城での戦いを語る鼻高々のリンクルに、少年は賞賛の拍手を贈った。少年の前を歩くリンクルは、少年の暗い表情には気づかない。軽く手を叩いてから、リンクルは話を一旦やめた。リンクルは立ち止まって振り返る。

「うん! だからね、きみに会いに来たんだよ。約束したでしょ?」

リンクルは笑う。少年は一瞬嬉しそうに笑ったが、すぐにその笑顔が曇った。どうしたんだろう?都合の悪いことでもあるのかな?

「約束……。でももし、俺がもうここにいなかったらどうしてたの?」
「いなくなってたら、探してる人を見つけたってことでしょ?だったら何もダメなことないよ」
「……そっか」

即答したリンクルに、少年は少しだけ驚いた後、寂しそうに笑った。どうしてそんな笑い方をするのか、リンクルにはわからなかった。前に会った時は、楽しそうに笑っていたのに。

「一緒に探そう?ひとりよりふたりのほうがいいよ、きっと」

この子は寂しそうに笑うけど、それはきっとひとりだから。ふたりになればもう寂しくない。リンクルは少年に笑いかけた。そういえば、とリンクルは考える。わたしはこの子のことを何も知らない。名前も知らない。誰を探しているのか、どこから来たのかも。そもそも親はどこにいるんだろう?

「ねえ」

森の中をゆっくり歩きながら、隣にいる少年に問いかける。

「きみの名前、教えて?」

少年はリンクルを見上げると、悪戯っぽく笑ってから、左手の人差し指を唇にあてて首を横に振った。

「ナイショ?」
「うん、ナイショ」

リンクルが言うと、少年が頷く。リンクルは唇を尖らせた。子どもが名前を教えてくれない理由ってなんだろう?リンクルには思い浮かばなかった。

「えー?どうして?」
「どうしても」

少年は笑みを崩さない。リンクルはため息を吐いた。

「ここには俺とお姉さんしかいないし、別に名前がわからなくても困らないよ」
「うーん、そう……なのかな?」
「そうそう」

尚も不服そうなリンクルを少年は強引に説き伏せる。リンクルは立ち止まり、その分少年が前に出た。困らなくないような気もするけど。そこまで言いたくないなら仕方ないのかな。じゃあ、別の質問をしよう。

「きみが探してるのって、どんな人なの?」

少年はリンクルから視線を外し、間を置いてから答えた。

「……妖精だよ。青色の妖精」
「妖精?わたし、妖精って見たことないなあ」
「ほとんどいないから、仕方ないよ」

森の中で、緑色の服を着た幼い子供が妖精を探している。現実味の無い話のようにリンクルには感じられた。リンクルは森の中を見回してから、少年に目を向けた。しかし、リンクルの前を歩く少年の表情は見えなかった。

「どこにいるのかな?妖精の住処とか、あるのかな」

リンクルは少年の背中に問いかけた。会話が止まったら、少年が森の奥に独りで消えてしまうような気がした。少年は振り返らずに言う。

「……大体の妖精は、森に住んでるんだ」
「へえ!だからこの森で探してるんだね」
「うん」

色々なことを聞く度に、少年の声から元気が無くなっていくようだった。気に障ること聞いちゃったかな?リンクルは少年の隣まで早足で進んだ。何か、話を続けなくちゃ。

「その妖精は、きみのお友達?」
「……うん。大事な友達。ずっと前にいなくなった」

少年の顔には表情が無かった。

「どうして、いなくなっちゃったんだろう?」
「……わからない」

今度は少年が足を止めた。少年の視線は足元に落ちていた。踏み込んではいけないところなのかな。こんなに寂しがっているのに、どうして大事な友達はこの子を置いていったのだろう。わたしがこの子なら、どうしただろう?

「もし、わたしが大切な友達とはぐれちゃったら……。わたし、きっとその友達に出会った場所に戻るよ」
「……もう、戻れないから。帰れない」

僅かに震える声に、リンクルは少年が泣いているのだと思った。今日は悲しそうな声を聞いてばかりだ。励ましてあげないと。わたしには、難しいことはわからないけれど。リンクルは少年の肩に手を置いて、笑いかけた。

「……そっか。きみは……。ごめんね!色々聞いちゃって。言いたくないことなんて、誰にだってあるよね」
「……ごめんなさい。お姉さんは協力してくれてるのに」

下を向いたまま、少年は謝罪した。こんなに小さな身体に、どれ程の重いものを背負っているのか、リンクルには検討もつかなかった。だけど、わたしは勇者だから。みんな助けるって決めたんだ。

「気にしないで!」

リンクルは目一杯の笑顔を少年に向けた。少年は漸く顔を上げ、力無く笑った。

---

森の中を探検すること数時間。森を流れる綺麗な川や、おそらく何百年と生きている大木、木々の間に建てられた小さな廃墟……。様々なものを見つけた。どれもリンクルには興味深いもので、そういった場所に着く度にリンクルは喜んで調べて回った。しかし、目的の妖精の姿はどこにもない。リンクルは傾いた日を見上げながらぼやいた。

「うーん、見つからないね。妖精さん、いないのかな」

リンクルは少年の方へ振り返る。暫く沈黙していた少年は、リンクルを見上げ、また逸らしてから口を開いた。

「本当は、別の場所に行こうと思ってた」
「え?」

リンクルの思考が止まる。どういうこと?そんなリンクルの様子を知ってか知らずか、少年は地面に生える草に目をやりながら続けた。

「……あの子がここにいないことは、わかってたから」

その言葉に、リンクルは黙り込んだ。ここにいないとわかっている人をここで探していたなんて、それは無意味なことじゃないか?なのにこの子はそれをしていた。この子が森にいたことには、妖精探し以外の理由があったのだろうか。それとも、妖精探しそのものが、嘘?

「……じゃあ、どうしてここにいたの?」

リンクルは出来る限りの優しい声を作った。少年はか細い声で答えた。

「……約束、したから」
「わたしと?」
「うん。一緒に探そうって言ってくれたから……。だから待ってた」

少年の発言は、リンクルに更に衝撃を与えた。わたしと約束したから、この子は大切な友達探しを中断してまでここにいたのだろうか?

「……もしかして、余計なお世話だった?」

少年はハッと顔を上げて、慌てた様子でリンクルの言葉を否定した。

「そうじゃなくて……。えっと……。そう、お姉さんが危なっかしいから。俺を探して森で迷子になったら可哀想だと思って」

えへへ、と笑った少年に、リンクルも笑い返した。きっとこれは、嘘だろう。どこからどこまで嘘を吐いているのかはわからない。しかしリンクルは、敢えてそれを暴こうとは思わなかった。話したくなった時に話してくれたらいいだけだから。リンクルは普段の明るい調子で言った。

「えー!酷い!そんなことにはならないよ?地図の読み方だって、お城でしっかり教えてもらったもん」
「……なら、いらない心配だったね」
「もう!」

暫くふたりで笑いあってから、少年が静かに言った。

「振り回してごめんなさい」
「いいよ!森を探検するの、楽しかったよ」

実際リンクルは振り回されたとは思っていなかったし、迷う心配も無く深い森を歩いて回れたことは貴重な経験だと感じていた。それでも少年は申し訳なさそうに両手を組んだ。

「お姉さん、森の外まで送るよ」
「……きみは、どうするの?」

リンクルはこのまま少年と別れてしまったら、もう会えなくなるような気がした。

「他の場所に行くよ。友達を探さなきゃ」

薄く笑った少年に、リンクルは疑問をぶつけた。

「……いつまで探すの?」

途端に少年は表情を無くす。きっとこの質問は、この子だって自分に何度も問いかけているのだろう。何の手がかりもない友達を、宛もなく探し続けることには無理がある。それは普段楽天的なリンクルでもわかることだった。

「見つかるまで、探すの?」
「……わからない。だけど、目的を無くしたら……。立ち止まったら、きっともう何も出来なくなるだろうから」

わたしが思っていたより、ずっと深刻な話なんだ。リンクルも少年も、森の出口が見えるところまで何も言わずに歩いた。リンクルは立ち止まる。どうしようかな。このまま外に出るわけにはいかない。暫く先を歩いていた少年も、立ち止まって振り返った。少年は貼り付けたような笑顔をリンクルに向けて言った。

「出口、すぐそこだよ。もう道案内もいらないよね」
「……ごめんね。わたし、きみを助けたいんだ。でも、どうしたらいいのか、わからなくて」

リンクルが眉尻を下げて言った。少年はリンクルの近くまで来て、リンクルの手を取った。

「……ありがとう。でも、俺のことは気にしないで。独りでも大丈夫。ほら、早く森を出ないと真っ暗になるよ」
「……ごめんね」

少年はリンクルから手を離した。リンクルは少し躊躇ってから、少年の横を通り抜けた。足取りは重かった。森の出口はすぐそこだ。以前この森に来た際、出口を見つけた時はとても嬉しかった。だが、今は全くの逆。外に出る道はわかっていても、リンクルの心は迷子のままだった。

「……あのね」

少年の声が後ろから追いかけてきて、リンクルは振り返る。少年とリンクルの距離は、大きく開いていた。リンクルの目に、狐のお面が映る。少年は頭に付けていたお面を、今は顔に被っていた。お面で表情を覆い隠して、少年は押し黙った。リンクルも静かに言葉の続きを待つ。

「……お姉さんが……戻ってきてくれるって、期待してた。誰かが俺を覚えていてくれて、気にかけてくれて……。嬉しかった」
「……うん」
「ずっと独りだったから……。寂しかった、のかも」

狐の細い目が、リンクルを見上げる。リンクルは少年の傍へ歩み寄り、その目線に合わせて屈んだ。この子の事情を、全部理解したわけではない。それでも、わかったことはあった。この子がたぶん、望んでいることも。

「……やっぱりきみも、迷子だったんだね。でももう、大丈夫だよ」
「……うん。ありがとう……」

泣かないで。リンクルは幼い少年の頭を撫でる。少年は狐のお面を被ったまま、俯いて動かない。少年が握り締めている緑色の服の裾には、皺がついてしまっていた。ひとりぼっちは寂しいよね。ひとりだと暗いことばかり考えてしまうから。

「一緒に探そう?きみの大事な友達も、きみの帰る場所も。それから、新しい目的も」

少年が顔を上げた。お面のせいで表情はわからない。リンクルは泣いているんじゃないかと思った。

「……うん」
「じゃあ、決まりだね」

リンクルは立ち上がって、両手を叩く。コンパスを右手に持って、地図を左手に広げた。

「そうだ!ねえ、きみの名前、教えて?」

小さく頷いてから、少年は狐のお面を外した。少年は、泣いていなかった。

迷子がふたり。
続かない。

2016.2.29

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