07.

「よし、と」


保健室へ備品を運び終わり、私は一息つく。ふとベッドの方を見ると、こんもりとふくらんでいるのが見えた。彼女だ。私は眼鏡を外した。

そっと近づくと、規則的な寝息が聴こえてきた。ゆっくりとした、睡眠しているときの呼吸音。大丈夫、爆睡中だ。


(ごめんなさい、瀬川さん)


心の中で謝罪して、顔の横に投げ出された手の小指に巻き付く赤い糸に触る。くい、と引っ張るとこの間と同様それは簡単に解け、保健室を出ていく。あとはもう機械的な動作だった。たくさんあり過ぎる赤い糸を片端から引っ張っては放し、引っ張っては放し。赤い糸も解ければ彼女にはもう用は無いとばかりに持ち主の元へ還っていく。

どれが誰のだか、わからない。だから、私は昨日、少し試してみた。先の無い赤い糸の子の赤い糸を、こっそり引っ張ってみたのだ。すると、解けない。強めに引っ張るとその子は「痛っ」と小指をおさえ、訳も分からず顔を歪めた。つまり、赤い糸は本来の持ち主とは離れられないのだ。


迷いなく、彼女から赤い糸を解いていく。仮に彼女の赤い糸を掴んでしまっても、それは彼女から離れない。つまり簡単に解けるものは、彼女の本来の赤い糸ではないということ。とにかく一心不乱に、私は赤い糸を解いていった。












(…結局、半分も解いてあげられなかったなあ)


翌日。学園は少し騒がしかった。男子生徒の情けない声があちこちで、それと同じくらいの女子生徒の怒った声がこれもあちこちで聴こえる。それも昼休みの終わりごろには収束して、元通りになったカップルが、放課後にはたくさん下校していった。


途中で彼女が身じろぎしなければ、もう少し解けたかもしれない。私はため息を吐いた。あの膨大な赤い糸を解き続けたものの、尾浜君と久々知君の仲は相変わらずだ。ということは、久々知君の赤い糸はまだ彼女に繋がれている。これは、長い戦いになりそうだ。私は再度、ため息を吐いた。


保健室へ入ると、今日は彼女はいないようだった。彼女は委員会ですらひっぱりだこで、あっちこっちで誘いの声がかかる。彼女も彼女で決めかねているようで(あれは絶対ハーレム作って私たちに見せつけてるのよ!というのは私の友人の言だ)、時々勧誘から逃げるように、腹痛だのなんだの理由をつけて保健室にやって来る。別に私は仮病だろうと構いやしないので(さすがに急病人が来たら譲ってあげてくださいね、と前置きしてはおくがそんな人はめったに来ないので)、奥のベッドはほぼ彼女専用のようなものになっていた。彼女が来る日はまちまちで、その時に私が当番であるかどうかも相まって、なかなか出会う機会はない。


(はやく尾浜君の願いを叶えてあげたいけど…)


もうこうなったら、善法寺先輩が今彼女にメロメロなのを利用して、先輩の当番も肩代わりしてやろうか。そんなことを考えていると、急に保健室の扉が開いて、私は思わずびくっとした。


「…」


茶色の髪の、男子生徒。その飴色の瞳は、私に向けられている。その容姿には二人該当者がいるはずだ。隣のクラスの、不破君と鉢屋君。彼らは兄弟でもないのに双子のようにそっくりだ。尾浜君たちなら見分けられるのだろうが、生憎仲良くない私には見分けがつかない。


「…」

「…あの、何か?」


沈黙に耐えられなくなり、私は彼に声をかけた。気軽にどちらかの名前を呼ぶのも、間違っていたら失礼だし、何よりこんなに見つめられる理由がわからない。どうしたものか、と考えを巡らせていると、「あんた、」といきなり話しかけられた。


「あんた、俺に何かした?」

「?えと、初対面ですが」


意味がわからない。しかし、これではっきりした。彼は鉢屋君の方だ。不破君は穏やかな性格で、仮にも初対面の人間に「あんた」なんて言わないはず。しかし、「俺に何かした」とはどういう意味だろう。


「…」

「…あの、私貴方と話したことありましたっけ」

「いや」

「…」


ますますわからない。話したことがないのに彼に何かしてしまったのだろうか。なんだろう、私はこれは謝らないといけないのだろうか。

彼はしばらく、発言することを躊躇っているようだった。しかし意を決したように、彼は私を見て、こう言った。



「あんた、あの女から何か取ってただろう。この間、それを見てたらなんか…あの女への気持ちがだんだんおかしいんじゃないかって思って、それで」

あんたなら、なんか知ってるんじゃないかと思って。


「え、」


声が出ない。でも思ったことはただひとつ。どうしよう、バレた。





07.赤い糸遭難者は見た
(思わず眼鏡を外してみた)(鉢屋君の赤い糸、先が無い!)



[ 8/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -