10.

その日保健室を訪れたのは、彼女ではなく、


「お、おはま、くん?」

「早く、消毒!」


見るからに顔色の悪い尾浜君と、彼を支えるようにして付き添ってきた鉢屋君だった。






















私は眠る彼の顔を見て泣きそうになるのをぐっと堪えた。つらいのは私ではないからだ。


「兵助が、突き飛ばしたんだ」


鉢屋君が、絞り出すような掠れた声で言った。はっと私が彼の方を振り向くと、震えるほど拳を握りしめて、耐えるように俯いた。


「瀬川が勘右衛門に詰め寄ったんだ。クラスの中ではじめから瀬川に興味ないのが勘右衛門だけだったから、不振に思ったんだろう。こともあろうに、」

兵助をとりまきとして連れて。

鉢屋君は顔を上げた。その顔は無表情で、瞳には光がなかった。恋人だった友人同士が、まるでそんな事実がなかったように振る舞って、相手を傷つける場面を見るのは、どんな気分だろう。そして、自分と愛し合っていた相手が他の誰かを突然愛するようになる絶望は、どんなものだろう。
私はぞっとした。一体彼女は何を考えているのだろう。世の男が全員自分に好意をもつとでも考えているのだろうか?−−−いや、彼女ならそれは可能だったかもしれない。少なくとも今までは。無理矢理運命の相手から、しかもその人に自覚が全く無いまま心を奪い取る。赤い糸を幾重も幾重も、自分に巻き付けていく。

(もしかしたら、彼女も自覚が無いのかもしれない)

だとしたら、彼女も一概には加害者だとは言い切れないのだ。恋愛において失恋を知らない少女。異性に愛されることしか知らない。かわいそうな。

私は保健室のベッドに眠る尾浜君を見た。

・・・・・・・・・。



「鉢屋君」

「なんだよ・・・」

「手伝ってください」

「は?」


私は彼に頭を下げた。鉢屋君は突然のことに目を丸くした。でももう、なりふりは構っていられない。構わない。


「瀬川さんを、一人だけにして呼び出すことはできないかな?もう、これっきりにしよう?」

「・・・残りの赤い糸を、全部引き抜く気か」

「うん。瀬川さんの意識の有無は問わない。とにかく、彼女を一人だけにして連れてきてほしい。あとは、どうにかします」


鉢屋君はしばらく私の目を見ていた。そして、ため息を吐いた。


「・・・わかった。あんたに懸けるさ」

ただし、と彼は言った。


「失敗すれば、間違いなく俺たちは男子共の餌食だ。覚悟しとけよ」

「うん」


頷くと、「あんた、意外と根性あるんだな」と、彼は苦笑した。






10.赤い糸をかけた作戦
(私、尾浜君、鉢屋君ばーさす、学園の男子過半数!)

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