「ねーねーウォリック、これなんて読むの?」
「んぁ?あーこれは『禁欲主義』…って何読んでんの」


ウォリックは白金の髪を揺らす少年の持つ本を取り上げてソファに深く腰掛けた。
その横にぴったりと張り付くかのように少年は座り、ウォリックを見上げた。
何かを要求するかのようなその瞳は綺麗なエメラルドグリーンで引き寄せられる。


「きんよくしゅぎってどういう意味?」
「そ、それはだなぁ…ッ」
「ベネット、だ」
「ニック!」


幼さ故の無防備な顔に、引き寄せられるように服の中に手を入れる寸前で階段から顔を出したニコラスが呼びに来た。
ご飯という言葉に反応したベネットはウォリックから意図も簡単に離れてニコラスに飛びつく。
横にあった温もりがなくなり、寂しく思うのはベネットが便利屋に馴染んで来た証拠だ。
ベネットの母親をチャドさんからの依頼で殺したあの日から2ヶ月。
あの日からベネットはこの場所で生活をし、遅れていた読み書きを学んでいる。
そしてベネットはウォリック達を通りすがりに助けてくれた優しい2人だと信じ込んでいた。


「えっと、【美味しい!】」
「お、覚えたんか。偉いぞベネット」
「こ、子ども扱いするな!」
「ひと回りも離れてんのに無理だろー」
「…むー」
「何その顔!可愛い!」
「死ね!!」


食べ終わったベネットを、顔真っ赤にしちゃってーこの恥ずかしがり屋さんめ!と抱きしめて2階へとあがる。
そんな彼らに深いため息を付きながら片づけをするニコラスを1階に残した。
リリリリ、と鳴る電話の音に気付いて、ベネットをそっとソファに降ろす。
7日間ある1週間の何日かはベネットの嫌いな日だった。
そしてその日に鳴る電話が、楽しい午後が終わる合図だ。


「……お仕事?」
「んだ。わりーけど今日は1人で寝てな?」
「……ん」
「ニックの奴は居るはずだかんな。なんかあったらニックに言うんだぞ」
「…わかった」


ラフな格好をしていたウォリックは少しお洒落なシャツに着替え、髪を整えて事務所を出て行った。
あの電話が女の客で、どんな仕事をしに行ったかぐらい知っている。
だからこそ楽しくない。
朝から1回も鳴らなかった電話が、あと少しで自分の寝る時間という時に鳴ることも楽しくなかった。
ウォリックが事務所を出てから一人でシャワーを浴びて、ニコラスの元へ行こうと洗面所のドアノブを握る。
ウォリックが不在の時は必ずニコラスの元に寝ることを伝えている。
寝るためのベットはウォリックと同じベットで、寝ることを伝えればニコラスは一緒に部屋まで来てくれるから。
部屋まで来てベネットをシーツに包めば、夢に落ちるまで部屋に居てくれるのだ。


「……の……見る…か?」
「………」
「…その娼婦が…ベネットの母親だ」


さぁドアを開けるというとき、自分の名前が聞いたことのある人の声で聞こえた。
ニコラスの部屋に警察官のチャドが居て、何やらニコラスと話をしているようだった。
扉を少し開けて覗き見をしていれば、2人とも気付かないようで、話を続けた。


「だからお前らにベネットの母親を殺るよう依頼したんだ」


分かってんだろうな、とチャドがニコラスに冷たく言い放つ。
思わず握り閉めていたドアノブから力が抜けて、自然とドアが開き、2人がこちらに目を向けた。
チャドとニコラスはしまった、という顔をするのに気づいてベネットは2人の前を通り過ぎて階段を駆け上がりウォリックの部屋に駆け込んだ。


「……じゃぁ、」


なんで僕をここに置いてくれたのか。とベネットは扉に背を預けて空のベットを見る。




『…便利屋へようこそ、ベネット』




だからあの時、自分は名乗ってもいないのにウォリックは名前を呼んだのだ。
チャドの依頼だったから知っていた。
偶然居合わせて助けてくれたのではなく、依頼だったからあそこに居合わせて…
それでも、それでも、助けてくれたのはウォリック。
楽しい日常を与えてくれたのもウォリックだ。
ベネットはシーツを掴んで狭いウォリックの部屋の隅に丸くなった。
目を閉じて耳を澄ませばチャドが事務所を出ていき、ニコラスはチャドと別れた後にウォリックの部屋の扉を開けた。


「ベネット…」


ニコラスは声を出して膝に顔を埋めるベネットを呼んだ。
ゆっくりと近づいて頭に被るシーツを捲りあげて綺麗な金色の髪を撫でた。
ベネットは頭を上げて濡れた瞳でニコラスを見上げた。


い訳はしねぇ」
「…ニック…」
達は依頼だったか一緒にる訳じゃない」
「…ッ、…ひっく、」
確かに依頼であそこ居た」


それでもベネットの声が聞こえて、あいつはターゲットを見ずに、まずベネットを助けたんだ。
助けてからあの女が今回の的だった事に気が付いた。
依頼だったから助けた訳でもなく、助けたかったからここに置いたんだと普段より長く、そして優しく話した。


「ニック、ニックニック…ッ!」


ニコラスは両腕を伸ばして抱きついてきたベネットの衝撃に少しよろめきながらも受け止めて強く抱きしめた。
まだ完全に完治してないあの時怪我した両手をニコラスの首にしっかり巻きついてニコラスの耳の横で声を出して泣く。


「ウォ…リックの、所、行きたいよ…ッ」
「………ああ、わかった」
「ニック、大好き…」
「………行ぞ」













「……『ウォリック』…」
「…んぁ…起きたんか?」


懐かしい夢を見た。
前とは少し変わった部屋で、前と変わらないベットに同じ煙草の香り。
前より鍛えられてしっかりとした両腕に包まれたまま呟けば、ウォリックが起きた。
前とは変わったけど変わらないように呼ばれる名前が心地よく、額を胸に押し付ける。


「…『ベネット』?まだ眠ぃーのか?」
「…うん…『ウォリック』、」
「んだ?」


どんな隙間も埋めるくらい密着して抱き着けば、大きな手のひらが優しく頭を撫でる。
ゆっくりと顔を上げて、前はこんなになかった髭が目に入ってそれにキスする。


「…………『僕』のこと捨てないで、『ウォリック』」





誰よりも純愛




(それは『偽り』ではなく『本当』の気持ち)



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