「…女か?」


ニタァ、と知らない男の顔が目の前に現れた。
今は敵が船上でみんなが戦っているはず。
僕を知らない人だとすればこの人は敵。
男から少しでも距離を取ろうとしゃがみ込んだままジリジリと動く。


「おっとー、逃がしゃしねーぜ?」
「うぐッ…ぁ!」


男は素早く僕のすぐ傍まで来て首を押さえ床にねじ伏せた。
押さえる腕を引っ掻くも、首から離れることはなく、もう片方にもっていたナイフで僕の服を切り裂いた。


「はぁ?男かよお前…」
「ぐ、ぁッ…は、な…しッて」
「うっせーな!」
「う、ぐぁッ…!」


ゲラゲラと汚い笑いが頭の上から聞こえた。
何をされたのか分からないけど、体中が痛い。
食糧庫の隅で小さくなっていたはずが、部屋の中央に転がっている。
血のべったり付いたナイフを持った少し小柄な男は、とても楽しそうだ。


「おい、白ひげの所まで案内してもらおうか」
「…ッ、」


殴られて散らばった長い髪を鷲掴みにされ、無理やり立たされ声にならない悲鳴をあげた。
(僕を人質にして親父、さんを!)
動こうとしない僕にしびれを切らしてナイフの柄で殴る。
サッチにここで待ってろと言われた。
直ぐに片づけてくるから待ってろと言われた。
知らない間に敵の男が入ってきていてナイフを突き付けられて蹴られ殴られ切られた。
さすがに切られたことはなかったけど、そんなこと、慣れっこだった。
身体が痛いだけ。
すぐに傷は治るのだから耐えて耐えればいいだけだ。


「ッの、糞ガキ!さっさと立て!」
「はな、して!…ッうぐ」


黙って迫る衝撃に耐えていれば満足して痛いのもすぐ終わる。
(いつもなら、それで)
言い訳をすれば地面に放り投げられ、腹を蹴られ、頭を踏みつけられる。
投げられたとき、左腕から鈍い音がした。
そしてガコン、とポケットから何かが落ちた。


「ぐ、ぁ…ッ!!」
「…!てめぇなんだその眼…ッ」
「…僕の、スマホ…、」


男が僕を見て気持ち悪そうに1歩後ろに下がった。
地面を見れば、どうにかこの数日間付けていた黒のカラーコンタクトが1枚落ちている。
ぎりぎりと痛む腕を上げてコンタクトの外れた右目を押さえた。
額から流れ出た血がぬる、と押さえた手のひらにべったりと付いた。


「気持ちわりぃガキが!この野郎!!」
「…ッ!」


あぁ、これは蔑む目じゃない。
人を殺そうとする目だ。
何を言われても、僕は親父さんの所へこいつを連れて行くわけなかった。
得体の知れない自分を、この世界の人間でもなんでもない、役に立たない自分を受け入れてくれた親父さん。
そんな僕を世話してくれるマルコにサッチ、そして優しい隊長さんたちや隊員さんたち。
みんなのために、戦うことが出来ない自分がこの戦いで役に立てるとすれば、こいつをここに足止めしておくことだ。
宴のときに白ひげはこの海の四皇だ、親父は強いって言ってた。
それでも自分が人質になんてなったら相手の思うつぼだ。
自分でどうにかしなければ。


「もういい、使えるかと思ったが…ッ?」


目が、霞んで見えた。
痛くて動かない左腕をだらんとぶら下げながら、僕は立ち上がってナイフを構えた男の足元を見た。
血が、ぼたぼたと流れて服が汚れるのを感じる。


「てめぇにもう用はねぇ…!!」


男はナイフを振り上げて僕を刺し殺そうとする。
足元にあったスマートホンが重い男の足によって踏みつけられて見えなくなる。
僕はその瞬間、ナイフを振り上げる男を真っ直ぐ見た。
…また、死ぬのか。
ベランダから落ちて、死んだからここに来たんだと思う。
でもここで死んだら?
僕はどこに行くんだろう。


「ハルカ!!!」


金と燃える青の炎が見えた。





(でも、まだ死にたくないよ…ッ)






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