■日常/セネリド(零様)


 あからさまに不貞腐れた様子で部屋に入ってきたリッドはそんな自分を隠そうともせず、俺のベッドに転がった。
 床に座って、午後から魔物の討伐に行く為の準備をしていた俺はいきなりやってきて不機嫌なリッドに何事かと視線をやる。
 暫く様子を見ていたが、うー、とか、あー、とか唸り声を上げて頭を掻く姿に見兼ねて声を掛ける事にした。
「どうしたんだ、リッド。そんなにイライラしてるなんて珍しいな」
「あー…チェスターと喧嘩したんだよ」
「チェスターと?」
 思い出して更に苛立ちが増したのか、足元に畳んでおいてあった掛け布団を蹴っている。せっかくシャーリィが綺麗に整えてくれたベッドは、リッドが暴れた事によってもうぐちゃぐちゃだ。
「今日は二人で狩りに行くって言ってたじゃないか」
 そう、一昨日の夜、リッドはチェスターと狩りに行くと言っていたはずだ。
 コハクとコレットがコンフェイト大森林での落とし物の捜索依頼に行くついでに一緒に降りる予定だ、と。今日の昼頃に出発すると言っていたから、コンフェイト大森林には昼前に到着する予定なのだろう。
「んー…。そうだったんだけどな…」
 溜め息混じりに訳を話すリッドによれば、今日の朝チェスターと食堂に行くまでは普通だったらしい。問題は食堂に入った後である。
「じゃーん! アーチェ様特製おにぎりの完成〜!」
「げ!」
「お、アーチェ。はよー」
「おはよ、リッド!」
「呑気に挨拶してる場合か! 何やってんだよお前!」
「何って、チェスター達の為にお弁当作ったんじゃん」
 つまり、こうである。狩りの前日、チェスターはクレアに昼食の用意をしてもらうよう頼んだ。しかし今朝になりクレアが体調不良になる。それを見たアーチェが「アタシがお弁当作る!」と半ば強引に代役を買って出たらしい。
「だからって何でお前が作るんだよ!」
「作り過ぎちゃったから朝ご飯でも食べていってね!」
「話聞けよ!」
「まあまあ、いいじゃねーか。せっかく作ってくれたんだし。アーチェ、俺、7個」
「さすがリッド!」
「だから待てって!」
 その後も声を荒げるチェスターが「不味いなんてもんじゃないんだよ!」、「食い物じゃねぇ!」と文句を言い、それに腹を立てたアーチェと大層な喧嘩をしたらしい。
 その間にも黙々とおにぎりを食べるリッドをアーチェが良い男やら結婚するならこれくらい寛容な人が良いやらと爆弾を置いて去っていき、少なからず喧嘩の原因になったリッドに怒りの矛先が向いたのだ。
「普通に食えるのに文句ばっか言うチェスターが悪いだろ?」
「アーチェの料理が食えるのはリッドくらいだと思うけどな…」
「大体チェスターも好きなやつの料理なら不味くても食えよな」
「それが出来たら喧嘩になってないんじゃないのか?」
 話して少し冷静になったのか、「空気読まなかった俺も悪いけど…」と段々といじけ始めた。普段無いリッドのそんな姿を見れて、不謹慎にもチェスターに感謝した。
「なあ、このまま船居るのも嫌だし、セネルに着いていってもいいか?」
「何言ってるんだ。お前が狩りに行くって言うから俺も予定を入れたんだぞ。それに狩りに行くのをやめるならアンジュに他の依頼を受けるよう頼まれるんじゃないか? 最近魔物が大量発生して討伐の依頼が多いらしいぞ」
「それだとチェスターと一緒になるかもしんねーじゃん。あー、もう…」
 言葉が切れた後、気持ちが晴れないのか、リッドはまた唸り出した。このままだと俺が出発するまでぐだぐだと愚痴を聞かされるかもしれない。珍しいものは珍しいが、その相手をさせられるのは面倒だ。
「仲直りすればいいだろ」
「えー、何て言うんだよ」
「そんなの知るか」
「うわ、冷たいやつだな」
「狩り、行きたいんだろ?」
「んー…やっぱそうすっかな…」
 嫌そうにしながらも仲直りする気は最初からあったらしい。だらだらと腰を上げた。
「リッド」
「ん?」
 扉に向かうリッドを呼び止めて手招きする。俺の視線に合わせてしゃがみこんだものの、意味が分かって目前で躊躇する小さい頭を引き寄せて互いの唇を重ねた。
 ゆっくりと離した顔が赤く染まっているのを見て、今更こんな事で恥ずかしがるなよ、と言えばモゴモゴと口を動かしながら「うるせー」と悪態をついて出て行こうとする。
「頑張れよ、良い男」
「〜っ、からかうなよ」
 じゃあな、を扉越しに聞いて、それからまた部屋が静かになる。時計を確認して遅れてしまった準備の手を進めた。船はまもなくコンフェイト大森林に着くだろう。


日常

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