■貴方の為の物語(エスリド)


空が、回る。


「うわああああ」
「きゃっ」

派手な音を立てて地面に激突したオレは、打ち付けた腰を押さえながら身体を起こした。

「いてて・・・エステル、無事か?」
「はい・・・リッドが庇ってくれたのでわたしは大丈夫です」
「怪我は?」
「ありません」

お互い空から降ってきたってのに、大した怪我がなかったのは不幸中の幸いだ。

「・・・って、リッド!?その格好は・・・」
「へ?ってなんじゃこりゃ!?」

エステルに言われ自分の服装を見てみると、何故か所謂おとぎ話に出てくるタイプの、コッテコテのドレスに変わっていた。

「似合ってます!」
「いやいやいやおかしいだろ!つかエステルの服もいつもとちがくねぇか」
「ほ、本当です!」

よく見ると、エステルもいつものピンクの服ではなく、これまたベッタベタな童話の王子様の格好をしていた。
次から次へと・・・一体なんでこんなことになっちまったんだ。
オレ達はただ、バンエルティア号のエステルたちの部屋で、三時のおやつのユーリのミルクレープを待ってただけなのに・・・

「ここはどこなんでしょうか・・・なんとなく、見覚えがある気がするんですが・・・」
「えっ本当か?オレ見当もつかねぇんだけど・・・」
「はい、どことなくわたしが書いていた物語の世界に似ているような・・・」

そういや、エステルが執筆中の物語を見せてくれると、開いたページを覗き込んだところで記憶が途切れている。
その後は気が付いたらこの世界に居て、落下していて・・・

「まさかエステルの書いた本の中だってのか?んなのあり得るのかよ・・・」
「わかりません・・・・・・ああっ!リッド!危ないです!」

辻褄は合いそうだが到底受け入れ難い現実に頭を抱え天を仰いだ時、エステルの悲鳴が上がった。
今度は何だと反応する前に、仰いだ先の空から大量のハーピーが襲ってきた。

「うわああああっっ」
「リッド!」

多勢に無勢、大きな脚で身体を持ち上げられ、あれよあれよという間に足が地面から浮く。
バサバサと激しい羽ばたきに必死の抵抗も邪魔され、地上のエステルがどんどん小さくなっていった。

「エステルーー!」
「リッド!リッドーーーーー!」

突然連れていかれてしまったリッドにエステルは呆然とし、思わずその場に座り込んでしまう。

「-----------いえ!」

しかしエステルはすぐさまキッと前を見据えた。まだ確証は無いが、やはりこの世界は本当に自分の書いた物語の中である可能性が高い。
何故なら、展開の順番やその方法は滅茶苦茶だが、確かに姫が魔女に攫われる場面はあるのだ。
だとすればリッドが連れ去られた先は恐らく・・・と、エステルはゆっくりと視線を左にやる。
このパステルカラーの柔らかな背景の中に異彩を放つ、暗雲。
闇に覆われた、魔女の城だ。

「リッド、待っていてください!必ず助けに行きます!」

エステル王子は自身に喝を入れると、立ち上がって一路、城を目指して進み始めた。


「離せっ・・・離せよッ!!」
「無駄だ」

一方、状況把握もままならないまま連れ去られてきたリッドは、腰元で腕ごと縛り上げられ天井から吊るされている。
ジタバタと暴れるが一向に解けそうにない。

「ってかなんであんたがここに居るんだよ!」

倒した筈だろ!とリッドは鏡に向かって「この世で一番美しいのは誰だ?」と問い掛けている闇の女王に叫んだ。

「一番魔女っぽかったからだ」
「メタい!ぶっちゃけすぎ!」
「ついでにヴェスペリアの闘技場にも出ていたからな。エステルの方にも関連性を持たせられるとのことだ」
「あんたはそれでいいのかよ!?」

仮にもラスボスだろ!とリッドは突っ込むが、シゼルは鏡にご執心で驚くほどマイペースだった。
鏡から「一番美しいのは貴方だ」と試練で覚えのあるバリルの声が聞こえたのは空耳だろうか。
あ、なんかもうワケわかんなさすぎて胃が痛くなってきた。

「リッド!助けに来ました!」
「エステル!」

そこへ力強く音を立てて扉が開かれ、エステルが駆け込んでくる。
助かった!とリッドは安堵の声を上げた。威厳あるラスボスのキャラ崩壊に独り突っ込む虚しさ無意味さからこれで解放されると、その目尻には涙が浮かんでいた。

「来たな!実は私は一回秘奥義を喰らっただけで倒せるぞ!」
「どこのソードマスターだッッッ!!!」

リッドが怒り渾身の突っ込みを入れる傍ら、エステルは「わかりました!」と城までの道中のモンスターとの戦闘で溜めたOVLを開放する。

「邪と交わりし悪しき魂に清き聖断を!セイクリッドブレイム!!」

エステルの澄んだ声と共に辺りが聖なる光に包まれる。

「別れは終わりではない・・・とこしえに想うことこそ、共にあるということなのだ・・・」
「今更それっぽく名言言ったって意味ねーから!全部台無しだから!本編の感動もぶち壊しだからあああああああああ」

リッドの悲痛な叫びもどこ吹く風、シゼルは穏やかで優しく、晴れやかで清々しい笑みでスタッフから出演料を受け取って、鏡に声を当てていたバリルと一緒に帰宅、もとい退場していった。
全ての光が収まると、エステルとリッドは元の、バンエルティア号のエステルたちの部屋に居た。

「リッド!見てください!わたしたち元に戻ってます!」
「みてぇだな・・・マジでなんだったんだ・・・」

リッドは改めて椅子に座る気力すら残っておらず、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
暖簾に腕押し、糠に釘な問答を続けた所為で精神が酷く摩耗している。

「さっきのは夢だったんでしょうか・・・」

エステルは絨毯の床に落ちていた書きかけの書物を拾い上げ、そっと表紙を撫で付ける。

「さぁな・・・でも無事に戻ってこられてよかったぜ、ほんと・・・」

またあんな意味不明な事態に巻き込まれるのだけは勘弁だが、かといって今起きた現象の原因を追究する気にもなれなかった。
世の中には知らないでおいた方が良いことも沢山あるってもんだ。

「にしても、仮にあれがエステルが書いてた本の中だったとして、なんでエステルがお姫様じゃなかったんだろうな」

普通逆だろ、とリッドは疲労困憊を理由に立ち上がることを放棄したまま胡坐をかく。
見慣れた景色ほど今の自分に安心感を与えてくれるものはない。が、気持ちに少しの余裕が戻ったことで、今更じわじわと羞恥心が刺激されだした。
あの時は女装に気を取られている暇など皆目無かったが、考えてみるとかなり恥ずかしい格好をしていた気がする。

「あっそれは・・・」

手にした本の表紙に視線を落として、エステルは少し寂しげに心情を吐露した。

「わたし、今まで多くの人に守られてきて・・・ここに来てからもずっとみなさんに助けてもらって、支えてもらってばかりで、だから、なりたかったんだと思います」

守られるばかりでなく、誰かを守ることの出来る存在に

「んー・・・エステルだって頑張ってると思うけどなぁ・・・」

自分なりに出来ることをやろうとしてるだろと言うリッドに、エステルはハッとするとリッドの元へ駆け寄ってその手を取った。

「エ、エステル?」
「ありがとうございます、リッド」

急なエステルの行動にリッドはびっくりしていたが、エステルはそっと瞳を閉じて、胸の中の想いを巡らせた。

(きっと恥ずかしがるでしょうし、もしかしたら怒られてしまうかもしれませんからリッドには内緒ですが、あのお姫様のモデルはリッドなんです)
(さっきは衣装が似合っていて、つい嬉しくなってしまいました)
(いつも陰ながら色んな人を支えて、誰かの為に頑張り続けているリッド)
(だからわたしは貴方の、今度は)


貴方の為の物語を書きたい。


(そう、思ったんです)

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