■架空3(キルリ)


風が頬をなぶる。
まるで、全ては無意味なのだと言わんばかりに。
もがいてもがいて突き出した手の先にあっけなく示される、「限界高度」の冷たい文字。

わかっては、いたけれど。
あの時からずっと、先へは進めないまま。





「うぐっ・・・・・・!・・・っ、げほっげほっ」


ドスッと何かが何かにめり込む衝撃音に、うめき声。
続く咳き込みに、風に溶けた筈のリッドの意識が呼び戻される。
目を開けると飛んできたのは、ふとした偶然で再会した幼なじみの怒声だった。

「おま・・えはっ!何を考えているんだ!幾らゲームの中でも、ここでは痛覚が発生するんだぞ!?なのにあのまま地面に激突するつもりだったのか!?」

畳み掛けるような勢いの幼なじみ、キールの怒声にリッドはぼんやりと視線を返す。
キールが合間合間にせき込んでいるのは他でもない。
限界高度まで達し、飛行ゲージを使い果たしたリッドは、このゲームの重力システムに従って落下していった。
その最中で意識を手放しかけたリッドの身体を、落下速度を大して殺すこともなく真下に入って受け止めれば、咳き込みもしようという話だ。
勿論落下速度をどうにかして・・・出来れば良かったのだが、リッドの身体が大地に墜落するのが先になると予測、判断したキールは、文字通り身を挺した訳である。
当然ダメージ判定も出ているが、キールとリッドにある程度のレベル差があったため、また、武器やスキルを使用した攻撃でもなかったので、今すぐ行動不能になるほどのHPは削られていない。

リッドはゆっくりと、首だけを動かして辺りを見回す。
現在の飛行高度、空になった飛行ゲージ、そして自分を抱き抱えているキールの姿に漸く、自身の置かれた現状を、意識を失う直前の記憶と合致させ、認識するに至ったらしい。

「あぁ・・・悪ぃ、な」
「全く、お前はどうして・・・」

そこまで言って、ふとキールは言葉を切った。
助けられたことに対する礼と詫びが含まれたリッドの声には、覇気がない。
反省の色がない、というのではない。
ただその表情が、笑っているのにどうにも泣きそうで


『何故、飛ぶ』

キールは以前にも、リッドにそう尋ねたことがあった。
切った言葉の続きだ。
ゲームの空を飛翔しては必死に何かを求める姿に、聞かずにはいられなかったのだ。そんなにも、どうしてと
しかしリッドは、「現実では絶対に、一番出来ないことだから、思いっきりやらなきゃ損」と、他の一般プレイヤーと同じようなことを言って笑っただけだった。
その時も、キールはその笑顔に違和感を覚えた。
納得出来なかったのだ。嘘を吐いている、とまでは言わないが、本心は別のところにあるような気がしてならなかった。
今だってキールの腕の中からこの仮想の空を見上げる瞳には、もっと違う何かが映っているような・・・

「ぷっ」

キールの思考を遮るかのように、それまでどこかぼうっとしていたリッドが、小さく笑い声を上げた。

「なんだ」
「だっ・・っておまえ、現実じゃオレを抱えるなんて到底無理だよなって、思ったら・・」

これでも笑うのを堪えようと努めているようだが、全く意味を成していない。
意識がしっかりしてきたと思ったらこれか、折角助けてやったというのになんて態度だ。少しの間くらいはさっきみたいにしおらしくしていられないのか。
・・・まぁ、そんなリッドはらしくないが。

「言っておくがこのゲームにおいては僕の方がレベルもずっと上だし、パラメータの数値は更に」

憤慨したつもりはないが、一応釘を刺すつもりでキールが言い募ろうとする、その前にリッドは「へいへい」とそれらを受け流し、するりとキールの腕の中から抜け出た。
よく見ると、0になっていた飛行ゲージが時間経過と共に少量回復している。
あ、とキールが思った時には、リッドは自前の赤い羽でふわりと空中を浮遊していた。

「オレ、もう落ちるけど、お前どうする?」

言いながらリッドはメニューを操作し、ログアウト画面を呼び出す。
自分のウィンドウの時刻を確認したキールも、首を横に振って「僕ももう終わりにする」と答えた。これ以上は明日に差し支える。

「そっか、じゃあまたな」

軽く手を挙げ、別れを告げてログアウトしようとするリッドに、キールは思わず声を掛けた。

「何故、飛ぶ。リッド」

いや、掛けていた、という方が正しい。
引き留めるつもりも、尋ねるつもりもなかった筈なのだが、無意識に問い掛けが口から滑り出ていた。
フィールドはすっかり夜時間の仕様になっており、濃紺の空に浮かんだ大きな満月の青白い光が、リッドの姿を浮かび上がらせている。

「前にも言ったろ?絶対に出来ないんだから、思いっきりやらなきゃ損だって」

振り返り、なんでもないことのように言って、笑う。
その笑顔が、やはり仮面に思えてならなかった。
昔の面影は在る。だが確かに変わってしまった、その笑顔。

尋ねておきながらなんの反応も寄越さないキールに、リッドは訝しげな顔になって首を傾げると、もう一度じゃあなと言って今度こそログアウトボタンを押した。
月明かりにリッドの身体が、無数のデータの粒子となって消えていくのを、キールは神妙な面持ちで見送った。

このゲームを通して、初めてリッドの内面的な「何か」に、キールは触れた気がしていた。
過去、幼い頃、決して自分には見せることのなかったリッドの姿。その片鱗。
しかし今まで、正直な話リッドがその様な部分を持っている、自分と同じように何かを抱えているなんて、考えにも至らなかった。

(そんな僕に、一体何が出来る・・・)

そう思うと、リッドの必死に伸ばした手を取ることも、逆に追い求める背中を止めることも、キールには出来ないままでいた。

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