08
陽の落ちる寸前の屋上。
美しい深い紫の髪を風が遊ぶ。
「やぁ、久しぶりだね」
整った顔、きれいに微笑む唇。
あの頃と何ら変わりのない笑顔。
彼は屋上の柵に背中を預け、立っていた。
「久しぶり。?あずにゃん?」
私の言葉に美しく造られた顔が一瞬歪む。
「その呼び方、やめてはくれないのかい?」
「じゃぁ、そのしゃべり方やめて。変」
柚木の隣に並ぶように、屋上の柵によりかかる。
ふっと、困ったように笑う柚木。
それに答えるように挑戦的に笑う飛鳥。
「はは…かなわないなぁ」
普段彼が学校中にまき散らす笑顔が少し崩れる。
「だから、それヤダ。なんか変」
「わかったわかった。やめればいいんだろ」
絶対に崩れることのなかった彼の口調が崩れる。
でも、それが彼の本当の姿。
飛鳥は彼が本当の彼でいれる数少ない相手だった。
小さい沈黙が二人を包む。
「本当に、ひさしぶりだな」
「私が小学生の時以来くらい?」
「もう、そんなになるのか」
「あのころはまだ、お互いにピアノやってたからね…」
「あぁ。コンクールのたびに顔を合わせていたからな」
互いにまだ小学生、中学生と今よりもずいぶん幼かったことの話。
その頃にはすでに柚木の本性を飛鳥は知っていた。
「あずにゃん、今はフルートなんだね」
「だから、それやめろよ」
「いいじゃん。かわいいし。あのころは本当に猫みたいでかわいかったなぁ」
「仮にも年上の男に何言ってんだよ」
「だってあずにゃんだよ。ギャップ(笑)だよ。
わたしにとってキミ、ウケ要員だもん」
「お前も本当に変わってないな」
「梓馬もでしょ」
心地よい沈黙と微笑み。
「飛鳥」
「ん?」
記憶の中より少し大人になった彼女。
髪も伸びた。
目線もあわなくなった。
長いこと会っていなかったと、改めて実感する。
「お前、なんで音楽やめたんだ?」
「ん〜………」
くるっと体を反転させ、柵に手をかけ夕日を眺める飛鳥。
「だいぶ噂になっていたぞ。なにかあったんじゃないか、って」
「一身上の都合により…っじゃダメ?」
「一身上の都合って!ふははは、、いいんじゃない?飛鳥らしくて」
「なにそれ。こっちにもいろいろとあったんだよ」
顎を柵の上に乗せ、頬を膨らませる。
「はいはい。色々、ね」
「そっちこそ。いつの間にかフルートに転向してんじゃん」
「飽きたんだよ、こっちは」
なんて話を日が暮れるまでしつづけた。
自分を知ってくれている人がいることになぜだがひどく安心した。
久しぶりに、こんなに笑ったんだ。
「じゃぁ、また。お互いコンクールがんばろうね、あずにゃん」
「だからそれやめろよ。俺だって一応先輩だぞ」
「校内では間違ってもいうわけないじゃん。親衛隊怖いしね、柚木先輩」
また、おかしそうにケラケラと飛鳥が笑った。
「送ってこうか?」
「いい。大丈夫。蓮が終わるまで待ってるから」
「そう。じゃぁ、またね」
もう空の大半は深い紫だった。
(蓮!練習おわった?)
(あぁ。どこに行ってたんだ?)
(懐かしい人に会って、ね。)
13.05.29
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